第22話 混濁の黒(Black Conductor)

「ていやっー!」

 奈緒はギターの尻を振り下ろし、黒幸田のスタンドマイクへ叩きつけた。

 警鐘のごとく鳴り渡る反響音ハウリング。耳を塞ぐ買い物客。


 拡散する不協和音のまとめ役は、地を這うようなベースの躍動――

(抱きしめたい……! みんなの不快感レスポンス……!)

 弦をはじき鳴らすレイ。

 華麗なるスラップがそれら全てをかき集め、ステージ中央に像を創り出す。


「ぶち壊してやるよ、休日をまとった天使の仮面をな」

 右拳を引くグレンG。

 集約され、圧縮された歪みの塊を、満を持して叩き割る。

 それらはつまり、彼女たちの奏でるロックンロールであった。


喝男装崩落プリマ・ヴィスタ』!!!




 音像の波及。

 激しく揺れるステージ。

 その衝撃は大きく短い。

 3秒後。

 治まりがつくと同時、黒幸田の身を護っていた衣服が、粉々になって崩れ落ちた。

「ええっ!? なんで!?」

 首や手首のアクセサリーも、縦横無尽にはじけ飛ぶ。

「うあああああっ!?」

 やがて始まる下着の崩壊――。

「きゃあっ!?」

 ラグジュアリーな破裂音とともに砕け散るランジェリー。

 ブラの破片が舞い上がり、パンティのカケラが舞い落ちる。

「ボ、ボクの……お洋服が……!?」

 そして、黒幸田ルイ(26)の妖艶な身体プラトニック・ボディが、真っ昼間の中央ステージにて初お披露目となった。



『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』

 

 観客、昇天する。

 瞳に映ったスーパーモデルの肉体美が角膜を貫通して鼓膜を経由。

 理性を失ったすべての魂が、中央レジカウンターの最新型レジスターに搭載されている金銭吸収皿ブラックホールへと吸い込まれる。

 魂の抜けた観客たちのドミノ倒れは、ピアノの旋律を模したアウトロダクションそのものであった。


「美しいメロディだな。観客リスナー調律ファッションが功を奏しているのか……?」

 意味不明な感想を漏らしながら拳を下ろすグレンG。


「いいえ、それは違うわ。詐欺師の戯言たわごとを信じ込むような純粋な心イノセンスが、この綺麗な音色をはじき出しているのよ」

 よくわからない説法を垂れながらネックをスライドするレイ。


「そうよ。美しさに飾りなんていらない」

 ギターを半回転させてキャッチする奈緒。

 いわずもがな、それらは終演の合図であった。






「終わった……何もかも」

 床に膝をつく黒幸田。

 故意ではないにしろ、大衆に裸体を曝け出すという野蛮な行為は、広告塔モデルとしての役割を失ったことと同義であった。

「もうボクに服を売る資格はないね……」

 一筋の涙を流す黒幸田。

 アイシャドウまみれのそれは、無色透明などではない。

 罪と化粧に侵された、混濁の黒である。






 ――ダララララララッ!


 ――ダララララララッ!


 ――ダララララララララ~~~~ダンッ! ダダンッ!! 


 ――ダン! ダン! ダン!


 最後の力を振り絞り、ドラムロールをかます有間(65)。


 わずかな空白、その次の瞬間、ギターのエリィが口紅を落とす。

「GAME OVER」






 ――ウウウウウウウウウウウウ……


 客、通報していた。

 パトカーの無情なサイレンが、入口の自動ドアーを通過する。

 ガラスの向こうでは、真昼の太陽がギラギラと揺れていた。

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