第19話 そのファッションはベースレス(FASHION MUSIC at the Basement)

『クロコダイル・ティアーズ』


黒幸田くろこうだルイ(26)――ボーカル。ファッションモデルを兼業。

・エリィ・マーキー(22)――ギター。アメリカ国籍。女性。

有間ありま次郎じろう(65)――ドラム。チョイ悪老人。男性。



 オヤジがぺたぺたとホワイトボードに貼り付けたのは、ハイセンス・ファッショナブルな三人組の写真だった。

 それぞれが、最新流行のジャケットやアクセサリーを着飾っている。


「誰だこいつら?」

 グレンGが、腕をボッキボッキ鳴らしながら聞く。

 流行の最先端をゆく若者こそ、グレンGが最も嫌いな人種であった。


 オヤジ、答える。

「こいつらは、『クロコダイル・ティアーズ』――東京都ハラジュークを基点に活動するヴィジュアル系ロックバンドだ。ボーカルの黒幸田ルイがファッションモデルを兼業しているせいか、ハラジュークのギャルたちのあいだで大流行してやがる」


「てか、そのボーカル、やたらと美形だけど、男なの? 女なの?」

 顔をしかめながら奈緒が聞いた。

 目先の写真の人物は、長身に長髪、中性的な顔立ちに化粧を施しており、カジュアル・シックでタイトな黒スーツ&パンツスタイルも相まっているせいで、性別の判断がつかない。


「こいつは女だ。趣味だか商売だかしらねぇが、男みてぇな格好してやがる。だが問題はそこじゃねぇ、音楽スタイルだ。メンバー構成を見ればわかるが、こいつら、通ぶってで音を鳴らしてやがるのさ」



「なんですってぇ?」

 ベーシストであるレイが険しく反応する。

「ベースなしの演奏なんて、音がスッカスカで聴くに耐えないわ」


 そう。

 ベースとは、崇高たるバンド・サウンド構造の地盤。

 それがないとなれば、ギターとドラムが地に足つかず、その音楽は手抜き工事サグラダ・ファミリア状態に陥ってしまう。

 ベースは、その不安定な二層構造を優しく包み込むまとめ役――いわばバンドの母親的存在である。聞き手への愛情表現には欠かせない楽器なのだ。

 要するに、ベースレスのバンド演奏からは、思いやりの足りない一方通行な音楽ロックが生まれる。それらの持つメッセージ性は、となりの部屋から聞こえる赤ん坊の鳴き声のようなものであり、エンターテイメントの枠から外れてしまいがちである。

(※ベースレスのバンドは数多く実在します。この文言にそれらを否定する意図はありません)

 

「ああそうだ。こいつらがってるのは音楽じゃねぇ。ただの悪徳商法だ」

 オヤジは、『クロコダイル・ティアーズ』の罪状を告げた。

「こいつら、自らの身体ナリを広告代わりに、オリジナルブランドの服やアクセサリーを高額で売りさばいてやがる。これは、音楽活動を装った詐欺行為だ!」

 オヤジ、興奮のあまり、ホワイトボードをぶっ叩く。



「許せねぇ……」

 グレンG、同調するようにコーヒーカップを握りつぶす。

 音楽をファッション代わりにするバンドなど言語道断であった。

「会場へ案内しろ。おれが制裁を与える」



「そうくると思ったぜ」

 オヤジはにやりと笑いながら、一枚のチラシをバン!と貼り付けた。

そこには、大型の商業施設が写っている。


「ハラジュークの最新型ショッピングモール『VAVAババモールmrkⅡマークツー』だ。正午、この施設内で『クロコダイル・ティアーズ』のインストア・ライブが催される」


「上等じゃねぇか……! おれがぜんぶ壊してやる」

 あまりにも綺麗なその内装に、グレンGの破壊衝動が加速した。

 

「……店は壊さなくていい」

 オヤジ忠告する。

「その代わりに、こいつらのライブをめちゃくちゃにしてきてくれ」




「オーライ」

 速攻で快諾した三人は、それぞれの楽器を再び腕に抱える。


「そういえば、子猫ちゃんシャムの姿が見当たらないわね」

 レイがさらりと口にした。

 部屋にいたはずの新メンバーがいないのである。


「シャムなら、オヤジが説明を始めた瞬間にトイレに行ったぜ」

 グレンG答える。

 意外にも周りを見ているタイプ――ドラマーとはそういうポジションであった。


「最初から話を聞くつもりがないわけね……」

 やれやれといった素振りで奈緒が相槌を打つ。

「現場で全てを把握しようとするスタイル――あいつやっぱりロックだわ。メンバーに入れて正解だった」

 続けざまに賞賛の言葉を呟き、前を向く。

「行くわよ」




           ☆☆☆☆☆




 会議室の扉を開けた三人の前には、案の定シャムの姿があった。

 ――が、その光景は予想外のものであった。


「みゃ、みゃんにゅいいああ」

 シャム、あろうことか、受付の女性と唇を重ねていた。

 その接吻は、アイスクリームよりも濃厚なものであった――とだけ記すに留めておきたい。

「あっ……!」

 現場を目撃された受付の女性、困惑する。顔を真っ赤に腫らし、奥の控え室へと引っ込んだ。「しっ、失礼しましたあっ!」




「にゃ、にゃあああ……」

 シャム、失禁する。

 どうやら見られたくないところを見られてしまったらしい。

「このことは、内緒にしといておくれ……」


「誰にだよ!?」

 グレンG、一喝する。

「おまえらの性癖なんか眼中にねぇ!」

 そう。グレンGが興味を持つのは、楽器音だけである。

 奏者の見た目や趣味嗜好に対しては、なんの価値観も持っていない。

「そんなことより、さっさとライブ会場に行こうぜ」

 グレンGである。



「にゃ、にゃああああああ……」

 シャム、失禁する。

 グレンGのストレートな感情表現が、その股間にダイレクトな刺激を与えた。

「でも、ボク、服がにゃい……」

 シャム、未だに全裸であった。



「心配はいらねぇ」

 パンイチ姿のオヤジが、会議室からフォローを入れる。

 その右腕には、自らが脱いだと思われる衣服が抱えられている。

「これを着ていけ」


「にゃあ?」

 投げ渡されたのは、オヤジの脱ぎたてのスーツとYシャツ、ズボンであった。

 しかし、それらは見るからにシャムの小柄な身体をサイズオーバーしている。


「これだけでええにゃ!」

 シャムは、その中からセンスの悪いガラシャツを選び、潜るように着こなした。

 ぶかぶかではあるが、シャツ一枚で下半身までちゃんと隠れている。


「にゃあっ!!」

 ドレスアップを終えたシャムは、右腕を大きく掲げた。

 その手には、担当楽器であるリコーダーが握られている。

 会議室に置かれていたそれを、シャツの中に忍ばせていたオヤジのささやかな愛情を、たしかに受け取った瞬間であった。

「じゅんびおうけぇ! さっさとライブにいこうぜにゃあ!」

 


 その様子を見た奈緒とレイが、口を合わせてこう言った。

「ロックだわ」




 かくして準備は整った。

 アキハバアラの夜が明ける。

 連休半ば、日曜日の朝を迎えた一行は、その足でライブ会場のあるハラジュークへと向かうのであった――。




『クロコダイル・ティアーズ』

 ジャンル:ヴィジュアル系

 罪状:詐欺

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