第19話 そのファッションはベースレス(FASHION MUSIC at the Basement)
『クロコダイル・ティアーズ』
・
・エリィ・マーキー(22)――ギター。アメリカ国籍。女性。
・
オヤジがぺたぺたとホワイトボードに貼り付けたのは、ハイセンス・ファッショナブルな三人組の写真だった。
それぞれが、最新流行のジャケットやアクセサリーを着飾っている。
「誰だこいつら?」
グレンGが、腕をボッキボッキ鳴らしながら聞く。
流行の最先端をゆく若者こそ、グレンGが最も嫌いな人種であった。
オヤジ、答える。
「こいつらは、『クロコダイル・ティアーズ』――東京都ハラジュークを基点に活動するヴィジュアル系ロックバンドだ。ボーカルの黒幸田ルイがファッションモデルを兼業しているせいか、ハラジュークのギャルたちのあいだで大流行してやがる」
「てか、そのボーカル、やたらと美形だけど、男なの? 女なの?」
顔をしかめながら奈緒が聞いた。
目先の写真の人物は、長身に長髪、中性的な顔立ちに化粧を施しており、カジュアル・シックでタイトな黒スーツ&パンツスタイルも相まっているせいで、性別の判断がつかない。
「こいつは女だ。趣味だか商売だかしらねぇが、男みてぇな格好してやがる。だが問題はそこじゃねぇ、音楽スタイルだ。メンバー構成を見ればわかるが、こいつら、通ぶってベースレスで音を鳴らしてやがるのさ」
「なんですってぇ?」
ベーシストであるレイが険しく反応する。
「ベースなしの演奏なんて、音がスッカスカで聴くに耐えないわ」
そう。
ベースとは、崇高たるバンド・サウンド構造の地盤。
それがないとなれば、ギターとドラムが地に足つかず、その音楽は
ベースは、その不安定な二層構造を優しく包み込むまとめ役――いわばバンドの母親的存在である。聞き手への愛情表現には欠かせない楽器なのだ。
要するに、ベースレスのバンド演奏からは、思いやりの足りない一方通行な
(※ベースレスのバンドは数多く実在します。この文言にそれらを否定する意図はありません)
「ああそうだ。こいつらが
オヤジは、『クロコダイル・ティアーズ』の罪状を告げた。
「こいつら、自らの
オヤジ、興奮のあまり、ホワイトボードをぶっ叩く。
「許せねぇ……」
グレンG、同調するようにコーヒーカップを握りつぶす。
音楽をファッション代わりにするバンドなど言語道断であった。
「会場へ案内しろ。おれが制裁を与える」
「そうくると思ったぜ」
オヤジはにやりと笑いながら、一枚のチラシをバン!と貼り付けた。
そこには、大型の商業施設が写っている。
「ハラジュークの最新型ショッピングモール『
「上等じゃねぇか……! おれがぜんぶ壊してやる」
あまりにも綺麗なその内装に、グレンGの破壊衝動が加速した。
「……店は壊さなくていい」
オヤジ忠告する。
「その代わりに、こいつらのライブをめちゃくちゃにしてきてくれ」
「オーライ」
速攻で快諾した三人は、それぞれの楽器を再び腕に抱える。
「そういえば、
レイがさらりと口にした。
部屋にいたはずの新メンバーがいないのである。
「シャムなら、オヤジが説明を始めた瞬間にトイレに行ったぜ」
グレンG答える。
意外にも周りを見ているタイプ――ドラマーとはそういうポジションであった。
「最初から話を聞くつもりがないわけね……」
やれやれといった素振りで奈緒が相槌を打つ。
「現場で全てを把握しようとするスタイル――あいつやっぱりロックだわ。メンバーに入れて正解だった」
続けざまに賞賛の言葉を呟き、前を向く。
「行くわよ」
☆☆☆☆☆
会議室の扉を開けた三人の前には、案の定シャムの姿があった。
――が、その光景は予想外のものであった。
「みゃ、みゃんにゅいいああ」
シャム、あろうことか、受付の女性と唇を重ねていた。
その接吻は、アイスクリームよりも濃厚なものであった――とだけ記すに留めておきたい。
「あっ……!」
現場を目撃された受付の女性、困惑する。顔を真っ赤に腫らし、奥の控え室へと引っ込んだ。「しっ、失礼しましたあっ!」
「にゃ、にゃあああ……」
シャム、失禁する。
どうやら見られたくないところを見られてしまったらしい。
「このことは、内緒にしといておくれ……」
「誰にだよ!?」
グレンG、一喝する。
「おまえらの性癖なんか眼中にねぇ!」
そう。グレンGが興味を持つのは、楽器音だけである。
奏者の見た目や趣味嗜好に対しては、なんの価値観も持っていない。
「そんなことより、さっさとライブ会場に行こうぜ」
グレンGである。
「にゃ、にゃああああああ……」
シャム、失禁する。
グレンGのストレートな感情表現が、その股間にダイレクトな刺激を与えた。
「でも、ボク、服がにゃい……」
シャム、未だに全裸であった。
「心配はいらねぇ」
パンイチ姿のオヤジが、会議室からフォローを入れる。
その右腕には、自らが脱いだと思われる衣服が抱えられている。
「これを着ていけ」
「にゃあ?」
投げ渡されたのは、オヤジの脱ぎたてのスーツとYシャツ、ズボンであった。
しかし、それらは見るからにシャムの小柄な身体をサイズオーバーしている。
「これだけでええにゃ!」
シャムは、その中からセンスの悪いガラシャツを選び、潜るように着こなした。
ぶかぶかではあるが、シャツ一枚で下半身までちゃんと隠れている。
「にゃあっ!!」
ドレスアップを終えたシャムは、右腕を大きく掲げた。
その手には、担当楽器であるリコーダーが握られている。
会議室に置かれていたそれを、シャツの中に忍ばせていたオヤジのささやかな愛情を、たしかに受け取った瞬間であった。
「じゅんびおうけぇ! さっさとライブにいこうぜにゃあ!」
その様子を見た奈緒とレイが、口を合わせてこう言った。
「ロックだわ」
かくして準備は整った。
アキハバアラの夜が明ける。
連休半ば、日曜日の朝を迎えた一行は、その足でライブ会場のあるハラジュークへと向かうのであった――。
『クロコダイル・ティアーズ』
ジャンル:ヴィジュアル系
罪状:詐欺
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