第15話 異世界天奏曲(World's End Dancehold)
「さあ、あたしらのライブの始まりよ!」
エフェクターを踏みながら、奈緒がギターを振りかざす。
「黙って聴いてちょうだいな」
ベースを抱きながら、レイが爪を躍らせる。
「おまえら全員、刑に処す!」
グレンGが、ドラムセットを蹴り飛ばす。
その三人の所作からは、一曲の禍々しい音楽が奏された。
『
ネジリ・ハチマキのごとく歪曲したバンドサウンドが、会場に鳴り渡る。
『お魚あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
観客席で盛り上がっていた2000人余りのファンたちが、タンバリンを打ち鳴らすように耳汁を撒き散らした。
「も、萌え尽きたぜ……真っ白にな」
倒れ際、彼らの脳裏に映ったのは、大切な家族の顔――などではない。
(奈々子……)(アズモデル……)(るいたん……)
それぞれが愛してやまないアニメヒロインの
その内訳は、天真爛漫美少女、ザ・不思議ちゃん、ぽんこつロボ子、ツンデレロリータ、ヤンデレポニーテール、小悪魔系巻き髪天使、擬人化ウエポン、B級サディスティック・メガネガール……などなど、多様性に富みすぎており、すべてを窺い知ることはかなわない。「かな子……」
喧騒まみれの現実世界を離れ、それぞれが思い描くワクドキ大冒険の扉が開いたのである。
「お、おい! ボクたちのファンに、一体何をしたんにゃあ!?」
わずか数秒で倒れ伏した2000人の観客を前に、シャムは動揺を隠せない。
「ロックンロール。それ以上でも以下でもないわ」
ギターを掲げながら、奈緒が返す。
「……ファンがいにゃくにゃったら、ボクたちがここにいる意味がにゃい……」
会場の惨状を眺めながら、シャムは自分を見つめ直し、その笛を強く握り込んだ。
「ファンたちの魂を、ボクたちの音楽で呼び戻すニャア!」
シャムの雄叫びに、メンバー二人も寄り添い合う。
「目を覚まして、殿方たち!」
「オレタチノシキンゲン……イヤ、カケガエノナイタイセツナファンタチヲ、ゼッタイニトリモドスゾイ!」
三人は、笛をくわえて優しく息を吹き込んだ。
『
耳垢をほじくりだすようなメロディーラインに、会場のファンたちは息を吹き返し始める。
「ま、まじかる……にゃん、にゃん……」
「シャムゥ……」「またたびぃ……」「中島ァ……」
「……お、おれたちは、まだ……ファンでありたい……」
「ちっ、まだ生き残りがいやがったか!」
観客の復活を危惧したグレンGは、すぐさま会場にダイブ。
「長丁場で腹減っただろ? これでも食らってな」
そう言いながら、握り拳を、自らの腹に打ち込んだ。
『
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
その腹太鼓を聴いた観客たちは、耳汁を吹き
そして、ゾンビのように、その場で悶え狂える。
「アメドグ……! アメドグ……!」
「カラ・アゲ・ボオオオオオ……」
「
彼らの魂は、売れ残りのホットスナックを求めて深夜のコンビニへ旅立った。少なくとも明日の補充時間までは、その精神が回復することはない。
「くっそにゃあああああああああっ!」
またしてもファンたちの魂を奪われた憎しみからか、シャムが激しく瞳孔を開いた。
「――こうにゃったら、アノ曲を奏でるしかニャイ――」
その眼光は、雲間に隠れる満月のように怪しく濁っている。
「およしなさい、シャム! はやまってはいけません!」
「ヤメロ、シャム! オマエハマダワカイ!」
「うるしゃいニャア! ボクは、
荒々しく笛にかじりついたシャムの
「この異様なムード……
奈緒が身構える。
「あら、聴かせてもらおうじゃないかしら」
レイが心構える。
「やっと拝めるようだな……本気の、ハダカの、吹きっ
グレンGが拳を舐める。
「しにしゃらせぇー! 時代遅れのエセバンドめぇー! ――おんにゃあああああっ! 駆け巡れ音像っー! 蘇れ腎臓っー! まじかるにゃんにゃんイリュージョン発動!! にゃんにゃんソウル覚醒!!! 目覚めろボクの野性本能!!! ウオニャアアアアアアアアアッ!!!!
アキハバアラの夜戦場に、終末の呪文が放たれた。
ハダカのシャムが奈緒たちに牙を向く――――
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