第13話 笛吹き少女と腹くだし(Meteora EVE)

 ライブ開始までの暇つぶし――。

 奈緒たち三人は、主催者の『スコティッシュ・クバリス』に殴り込みをかけるべく、『ホテル・ニャンダーラ』三階、その無人の廊下を歩いていた。


「306号室……ここね」

 奈緒がそのドアに手をかけたが、どうやらカギが掛かっている。

「……めんどくさ。誰か下おりてカギぱくってきてくんない?」


「いや、その必要はねぇ」

 前に出るグレンG。唐突に正拳突きを繰り出す。


解錠あん・ロック』!!



 その威圧感に耐え切れず、ドアがガチャリと反応を示す。

「あんたやるじゃん」

「まあな。むかしカギ屋やってたんだ。そんなことより中に入ろうぜ」

 グレンGを先頭に、三人は部屋へと踏み込んだ。




「なんだここ。猫くせぇな」

 部屋の中は、高級ホテルの一室とは思えないほどのくぐもった空気が漂っていた。

「……!」

 奥にあるベッドが目に入った瞬間、グレンGがその原因を理解する。

 そこにはあろうことか、全裸の男性が、手錠につながれた状態で泡をふきながら白目をむいて横たわっていたのである。


「よう、胸くそわりぃことしてんじゃねぇか」

 グレンGが言葉を投げる。

 ベッドの陰では、ネコミミフードをかぶった三人の少女が、男性の私物であろう札束を数えていた。


「ニャア?」

 小柄なギターボーカル、シャム(16)。

 栗色ショートボブカットの猫顔系トップアイドル。


「あなたたち、だれですのん?」

 ザ・普通体型、ベーシストまたたび(16)。ぱっつん黒髪お嬢様気質。


「ダレデモイイダロ。サッサトニゲルゾイ」

 長身のドラマー、ノルウェイ=ジャン・フォレスト中島(25)。国籍不明。


 あわてて部屋を飛び出そうとした三人の前に、グレンGが立ち塞がる。

「待てよ。一匹ずつぶんなぐってやるからそこに並んで歯をくいしばれ」


「うるさいニャン!」

 反抗的な目を見せたシャムが、カンガルーポケット(※パーカーの腹回りに付いている左右のあいたポケット。つながってるやつ)から、おもむろに一本の縦笛リコーダーを取り出した。


「縦笛だと!?」

 その楽器の登場に、グレンGの動きが止まる。

 小学生時代、自分の笛を男子に舐めまわされた忌々しい記憶が蘇ってしまったのだ。



逆流星食堂宴メテオライブッーー!!』


 シャムはすかさず笛を咥え、『ピィッー!』と高らかに吹き鳴らした。

 すると、その音を耳に受けたグレンGの体内に謎の異変が起きる。

「ぐっ!?」

 その腹の中で、昼間に食らったアイスクリームが縦横無尽に暴れ出したのだ。

「うあああああああああああああっ~」


「優子!?」(※グレンGの本名)

 倒れかけたグレンGを、奈緒とレイがすかさず支える。


「バイニャア!!!」

 その隙をついた少女たちは、廊下へ飛び出し走り去っていった。



「…………」「…………」「…………」

 つまり奈緒たちの襲撃は、失敗に終わったのである。




☆☆☆☆☆




 ――ジャアアアアアア……


 数分後、306号室のトイレでは、泣きながら用を足すグレンGの姿があった。

「すまねぇ、みんな。おれの下痢がとまらねぇばっかりに……!」


「気にすることはないわ。あとで借りを返しましょう」

 レイがなぐさめる。


「それにしても、あの演奏力、ただ者じゃないわね」

 敵の分析を始める奈緒。

 レイが相槌を打つ。

「……ええ。『スコティッシュ・クバリスは、実力不相応の薄っぺら紙切れバンド』――JDB55オヤジはそんなことを言っていたけれど、あの笛のメロディーラインにはソウルが宿っているわ。でなきゃ、優子が腹をくだすわけがない」

 

 ――ジャアアアアアア……


「……小中高と、そうとう練習したんだろう。じゃなきゃあんな音は出せねぇ。特に『ソ』の音のキレが神がかっていやがった。あれは、新世代アバンギャルドのロックかもしれない」トイレのドア越しでグレンGが言い漏らす。


「あの、そのセンスを、なぜ自らの楽曲に活かさないのかしら?」

 レイが疑問を出すと、すぐにこう答えた。

「そんなの簡単だ。笛の音なんて流行らねぇ。あいつは、それを世に披露するチャレンジ精神がねぇんだろ、きっと」


「ロックに限界はない――そのことをあいつらに教えてあげようじゃないの」

 奈緒がジャキッとギターを鳴らす。

「さあ、会場へ行きましょう」


 ――ジャアアアアアア……



 

 グレンGの下痢が治まったころ、時間は午後九時を回っていた。

 同じくして、アキハバアラの夜も、狂乱を迎えるのであった。

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