第5話 ドラマーは希少価値(drum player is the status)
闇に包まれた舞台上へ、奈緒たちは足を踏み入れた。
そこには、本来演奏しているはずの『KAMASE-DOGMANS』の姿はなかった。
観客席のほうも、真っ暗で何も見えない。
しかし、そこからはたしかに、多くの人の気配を感じ取ることができる。
「波乱のステージの幕開けね」
奈緒がギターを構える。
「楽しい夜になりそうだわ」
レイがベースを構える。
「客ども、姿を見せな」
グレンGが両手を構える。
そして、ステージ上の明かりが点いた。
「わんわんわんわんわん! わんわんわんわんわん!」
「わんわんわんわんあ……アオオオオオオオオオン!」
「ワンアッーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
観客席では、100人ほどの観客たちが、四つんばいになりながら一心不乱に吠えていた。中には、ふざけて組み体操に興じている
これがロックの
この場において、人は皆自由。人間であることを忘れ、魂だけでその身を動かす。
その最前列で吠えていたのが、ほかでもない、今夜の主役である『KAMASE-DOGMANS』の面々であった。
「ワンワンワンッ! ワンワンワンッ!」
リーダー、
「ガルルルルッ!」
「わ、わうおーん!」
そう。彼らは、その鋭い嗅覚から、部外者が自分たちの
そして、部外者である奈緒たちを追い返すために、こうして観客たちに混ざって吠え散らかしている次第である。
「ワンワン! ワンワン!」
「アッオオオオオオオオン!」
「わんアッーーーーーーー!」
その
「あんたら、なんで楽器もってないの?」
それに対し奈緒は、間の抜けるような質問をぶつけた。
四つんばいで吠える彼らの手には、楽器など見当たらなかったのである。
「ア、アウ……」
その言葉に、鎌瀬がひるんだ。
そう。彼ら――いや、彼らも、全国のバンドマンが避けて通れないあの問題に、例に漏れることなく直面していたのだ。
『ドラマーいねぇよ』問題。
バンド結成を志す誰もが、その単語を口にしたことがあるであろう。
人がバンドを始めようとするとき、その多くは、まず店内でいちばん安いエレキギターを購入する。「ありがとうございました~」
それが手に馴染んできたころ、いよいよメンバー集めに奔走するのだが、周りに寄ってくるのは同じギタリストか、カラオケ感覚のボーカリストばかり。「バンドやろうぜ!」
それらを断るわけにもいかず、ギター三名にボーカル三名という独特なバンド形態が構成される。
やがて「ギター三人もいらないよね」ということになり、ちょっと控えめなタイプのひとりが、「じゃあわたし、ベースでいいよ」とその座を譲ることになる。
こうして、ベーシストが生まれる。
ギターが弾けるからといってベースも弾けるというわけではないが、同じ弦楽器なのでがんばって練習すれば一応かたちにはなる。
しかし、ドラムに関してはこうはいかない。
ドラムは、手足を使ってそれぞれ違う感覚で叩かなければならないので、高度なリズムセンスと独特な運動神経を要求される楽器なのだ。
ゆえに、そのドラム
「わたしには無理です」
そんなドラマー不在の状況を打破できずに足踏みしていると、そのうちボーカリストたちが「塾が忙しくなってきた」というよくわからない理由で脱退しはじめる。
取り残された弦楽器使い三名は、「創造のはじまりは、いつの時代においても常識を捨て去ることからはじまる」という投げやりな結論に至り、やがては楽器を粗大ごみ置き場へと捨て去ってしまうのである。
つまり、『KAMASE-DOGMANS』とはそういうバンドであった。
自らの声帯を「楽器である」と主張し、吠える角度やタイミングなどに工夫を凝らした結果、ただワンワン鳴きわめくだけの珍奏集団へと進化を遂げたのだ。
その泥臭いハーモニーが全国の愛犬家たちに評価され、キャパシティ100人程度の小さなライブハウス『イヌゴヤーン』を埋め尽くすほどの名声を得る運びとなった。
彼らは今、そんな心あるファンたちの声援を背中に受けながら、その前線でともに四つんばいとなって吠えているのである。
「ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン!」
「ワンワンオ! ワンワンオ!」
「きゃっわーーーーーーーーん!」
「かわいそうな
奈緒がギターを揺らめかせた。
「ま、まってくれ! せめて、この
鎌瀬が日本語で返した。
「たのむから帰ってくれ! ここにいるやつらは、みな日常を忘れ、犬であることを楽しんでいるだけなんだ! じゃまをしないでくれ!」
「それって、現実から逃げてるだけじゃん? だっさ」
つばを吐くように奈緒が言った。
「ださいわね」
レイが同調する。
「野菜食えよ」
グレンGも同調した。
その言葉に、鎌瀬たちは鳴くのをやめた。
静かに立ち上がり、奈緒たちを強くにらみつける。
その目はまるで、理性を失った狂犬のようだ。
「いいよ。相手してあげる」
奈緒が右手を振り上げた。
「この日のために作った新曲、聴いてください」
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