12.笑わない美少女。そして、パイロキネシス大発生
「相原、成宮のこと知ってんの? 友達?」
高校校舎に向かう道筋で、上野が尋ねてきた。
「友達っていうか、……友達って言っていいのかな、まだ……知り合ったばっかだし……」
伊織は曖昧に笑いながら答える。そうだと断言したいところだが、少々遠慮がある。そんな伊織に上野は首を傾げた。
「だってすげえ仲良さそうに話してたじゃん」
「そうかな」
「名前で呼んでたし。俺、成宮があんな風に笑ってんの初めて見た」
「え、そうなの? あんまり笑わない人?」
「んー。笑わないってワケじゃねえけど。別に無愛想とかでもねえけど……なんだろ。あんまり本音は出してねえ感じ? ちょっと不思議なヤツだよなあ」
「へえ……」
上野に人を見る目があるのか、それともキョウを知る者の共通認識なのか。たしかに「本音」は出していないだろうし、「不思議なヤツ」だろう。
「中学んときから欠席とか遅刻早退とか多いし、かと言って不良っぽい感じもしねえし。試験でもそこそこの成績取ってくるし」
「上野はキョウのことよく知ってるの?」
「俺は中二んときかな、一度同じクラスになったくらい。俺は中学から
「そうなの?」
「だってまず、あの見た目だろ? 女が放っておかねえよ」
「あぁー、モテるんだ……」
そりゃそうだよな、と伊織は遠い目になる。
「とりあえず女子はみんな『カッコいい』って言うよな。まあこの学校の場合、長いヤツだと小学校から一緒だろ? ほか行ったらすげえモテそうなヤツでもさ、今さら感があってそんなに騒がれないっての、けっこういるよな。うちのクラスの委員長とか、衣川とかそうだろ。見慣れんのな。そんで内進がわりと冷めた感じだから、外部から来た連中も牽制し合って……みたいな?」
「はあ。あのレベル見慣れちゃうと、先々大変そうだよな……」
「ハハ、かもな。世の中の水準、あんま上げねえで欲しいよなあ」
そんな話をしているうちに、高校の校舎にやってきた。直接行き来したことがなかったので気づかなかったが、中学・高校の校舎と学園事務棟は思った以上に近い。
事務棟に慣れた様子だったハルやキョウが、こんなルートで高校と理事長室を行き来しているのだろうかと思うと、なんだかちょっと可笑しくなった。
ふと――。通用口から高校の校舎に入るところで、視線を感じたような気がして立ち止まる。
(なんだろう――まさか、また?)
自分でもあまり緊張感だとか危機管理能力だとかに縁のない性格だと自覚している伊織だが、週末、週明けと二度に渡って知らない人間と追いかけっこをする羽目になっては、さすがに「二度あることは三度あるかも……」と少々警戒している。楠見にも、気をつけるように言われたことであるし。
まさかと思いつつも、さりげなく首をめぐらせ辺りを見回すと。二階の窓からこちらを見下ろしている少女の姿が目に入った。
(え、女子高生……)
金曜日や昨日のような風体の男たちが学校内に現れるとは思えないが、警戒して見つけた相手が自分とおそらく同学年の女子高生というのは、なんだか間が抜けている。肩透かしを食らった気分で、苦笑し――かけて、相手の顔を見てはっとなる。
(……また美少女だ!)
いや……これまた世の水準を底上げする、「見慣れちゃった系」美少女なのだろうか。なんて贅沢な学校だろう……。
黒目がちの大きな瞳。肌の色は白く、黒く真っ直ぐな髪を肩の辺りで切りそろえた姿は、日本人形を思わせる。――が。
(何か、怒ってます……?)
伊織は少々うろたえた。
美少女の表情が、恐ろしく不機嫌そうなのだ。冷たい眼差し、と言っていい。目の前にいたら、即座に「ごめんなさい」と頭を下げてしまいそうである。それでも、そのような表情でいても美しいと感じさせるのだから、これは本物なのだろう。
「お?
立ち止まった伊織を不審に思い、視線の先の人物に気づいた上野がつぶやいた。
「え、武井……さん?」
「おお。二組の」
「……またまた『見慣れちゃった系』ですか?」
上野は苦笑する。
「そうそう……だけどなあ……え! 相原、ああいうの好み?」
「いや! そういうワケじゃ。なんかたまたま見ちゃっただけで……いやもちろん綺麗だなと思ったけど……」
「ああ、ならいいんだけど。武井はなあ……顔はめちゃめちゃ可愛いんだけど、何しろなあ……」
「……え?」
「怖いんだよなあ……」
(ああ、怖いのデフォルトなんだ……。俺に何か不満があるわけじゃない……よね?)
「あいつこそ笑わねえんだよ。ってか怒ってるよな、あれ絶対。友達とかともつるまねえし、いっつも不機嫌そうでさ、睨んでくるし。あいつが笑ってんの見たことあるヤツいねえんだ。……まあそれでも可愛いんだから、すげえんだけどな」
考えることはみな同じだ。
「そういうとこがイイってヤツも、けっこういるけどな。ツンデレっつーの? ありゃぜったい『デレ』の部分はねえなと俺は見てんだけどね」
「へ、へえ……」
高校入学から一週間が過ぎて、なんだか面白い人たちが周りに増えてきたような気がする。ハルやキョウとの出会いや、上野と話をするようになったことが原因だろう。もしかしたら、ちょっと楽しくなるかも? と思う伊織である。
そうして、昨日は遅くなって見送りになってしまったアルバイトの応募電話、今日こそ頑張ろうと内心で拳を握るのであった。
約束の時間ちょうど。前触れもなしに元気にドアが開いて、成宮香が理事長室に姿を現す。
腕組みに顰め面で出迎えた楠見林太郎は、キョウの予想通りの行動に、大きくため息をついて苦々しい声を出した。
「キョウ。部屋に入るときは、ノックをしなさいと。いつもいつもいつも、いっっつも……」
キョウは楠見の怒りっぷりに一瞬目を見張り。それから困ったように口を尖らせて、首を傾げる。
「入る前に言ってくれよ」
「無茶言うな! 俺はテレパスじゃない!」
「やり直すか?」
「……もういいっ。次から気をつけなさい」
「用事、なに?」
「ああ、まあ、座れ」
キョウは室内に入り、まっすぐに執務机の横にやってきた。
「伊織くんのほうはどうしてる?」
「お前が来いっつーから、『
壁際の本棚の前に置いてあったスツールを引き寄せ腰掛けながら答えるキョウに、楠見は少々顔を曇らせた。
「琴子に伊織くんのガードか……大丈夫かな……」
うぅん……と、キョウもやや不安混じりの表情である。
「まあ……見つからねえようにつけろって言ったから、大丈夫じゃねえの? なんかあったら連絡しろって言ってあるし。ここ終わったら交代する」
「そうか。ハルは江戸川のパイロの件だな?」
「ああ。船津さんに会うって、授業終わってすぐ行ったはずだよ。『そろそろ』だろ?」
先週末、新たに警視庁の船津刑事から相談を受けた事件――江戸川区で発生しているパイロキネシスによるものと思われる連続放火事件は、三月上旬から四、五日周期でこれまでに五件が確認されていた。
前回からの日数を数えて今日明日の犯行を警戒しているのだが、問題は、まだ犯人らしき人物の特定ができていないことである。
被疑者の特定さえできていれば、武蔵野のパイロ事件のように多少外してくることはあれ、本来「そろそろだ」と予想される日にハルとキョウを送ってその場で取り押さえればいい。が、絞込みに時間が掛かっていること、相原伊織の件も重なりこちらも手一杯であることから、今回の「そろそろ」は一回見送ることになってしまう。
今は、その見送ることになった一回が、なんらかの原因でそれまで以上に大きな火災となって被害が拡大しないことを願うばかりの状況だ。
「そんで?」
執務机の脇に座って腕組みをしているキョウが、楠見を促した。
江戸川に派遣するのをハル一人にしてまで伊織のガードを優先させた楠見が、その役を誰かに代えて理事長室に来いという。そうまでする重要な用件ができたのだということを、キョウは察しているのだろう。
楠見は一式の書類を手に、小さくため息をつく。
「ああ……その船津さんから」その書類を、机の上を滑らせてキョウに渡し、「また別の事件の相談だ」
書類を手に取りざっと紙面に目を走らせたキョウは、眉根を寄せた。
「はぁ? また?」
「……ああ」
もうひとつ、楠見は大きくため息をついて。
「新宿区内で三月下旬から、確認されているだけで十二件の不審火」
「十二件も?」
「そう。今回は放火の対象物が限定されていないが、状況からみて同一犯による連続放火の疑いあり。燃焼材は見つかっていない。十二件中七件までは住宅や商店などから出されたゴミだが、そのほかに木製の看板、鉢植えの木、自転車のサドル部分……。それにその十二件に入ってないが、近隣で、紙や布類の燃えカスの一部と見られるものがいくつも発見されている。――そこらへんの燃えそうなものに、片っ端から火をつけてみたって感じだな」
「……理科の実験じゃねえんだからさ」
呆れたように言いながら資料に目を戻し、キョウが嫌な顔をする。
「……周期もおかしいな……」
今回の件は、最初の一件が確認されてから三週間足らずで十二件の火災が起きている。一日に二件、三件という日がある一方で、最長で四日ほど放火事件の起きていない日があった。
ただし、この期間に、単に発見されなかった、あるいは放火と確認されるに至らなかったケースがあるかもしれない。公共物なら別だが、小さなものに火をつけて、燃え尽きるまで他人に見つかったりしなければ、通常は単なる火遊びで終わってしまうのだ。逆に言うと、この十二件は「うっかり大きくなりすぎてしまった単なる火遊び」なのかもしれない。
「なんにしても――犯人は、かなりこの『火遊び』が気に入ったらしいな」
「花火でもやってろっつーの」
「新宿じゃ、花火をやる場所を見つけるのも苦労するんじゃないか?」
「多摩川でいい場所紹介してやるよ」
「お。いいね。夏になったら花火しに行こうか」
「火ぃ見んの嫌いになってなかったらな」
そんな軽口を交わして、同時にため息をつく。
「まあ、今回はかなり積極的に動いてくれたからな。おおよその犯人の見当は付いているらしい。今は船津さんのゴーサイン待ちだ。数日中に動きがあるだろう」
楠見は手を組んで、椅子の上で背を逸らし天井を見上げる。
キョウも、資料を投げ出し執務机に両手を置いて同様に天井を見た。
「たくもー。どうなってんだよー。パイロ大発生か? 火遊び流行ってんの?」
「……パイロ大発生……」
楠見は天井を見上げたまま、キョウの言葉を繰り返してつぶやいた。
そして、姿勢を戻し、キョウの目を見る。キョウも机に手を載せたまま視線に応じる。
「考えたかないが――でも、そんなことが……」
「やめてくれよ……」
自分で言ったくせに、キョウは楠見に抗議するように苦い顔をした。
「……そんで、どうする? 船津さんの合図待ってりゃいいの?」
「ああ、ひとまずはそういうことになるな。ただし、不定期で頻発している。時間帯も基本は夜間だがバラバラだ。突然連絡があるかもしれないから心積もりをしておいてくれ。それから――江戸川の件、新宿の件、伊織くんの件、すべて、ほかのみんなに協力してもらって構わない。本人たちの可能な範囲で動かしてくれ」
「分かった」
浮かない顔で短くため息をつくと、キョウは気分を変えるように勢いよく立ち上がる。
「伊織のほう、交代するわ。やっぱ『琴子』じゃ心配だし。けど……『お嬢』はあいつ、同じクラスなんだよな……」
「意外とうまく行くんじゃないか? 一緒に行動しても不自然じゃないだろ」
「そっか?」
キョウは想像するように、眉根を寄せて宙を見上げた。それから、楠見に向き直る。
「伊織には、あいつらのことも話していいの?」
「もう構わないだろう。本人たちさえ良ければね。昨日の感触だと……大丈夫そうじゃないかい?」
そう言って、楠見は笑顔を作る。
つられたように、キョウも小さく笑った。
「かもな」
そうして、スツールを壁際に戻してドアに向かう。
「じゃあな、明日また来る」
「ああ、頼む。ご苦労さま。一連の事件が片付いたら、打ち上げに美味いもんでも食いに連れてってやるよ」
仕事が立て込んで、高校入学早々に落ち着かない生活を送らせている罪滅ぼしである。にこやかに笑いながら声を掛けると、ドアのところでキョウが振り返った。
「いつ片付くんだよこれー」
そう言いつつも、キョウも笑っている。
理事長室を出て行くキョウを見送って、楠見はひとつため息をついた。
(パイロ大発生……か)
「一体どうなってるんだ?」
つぶやいて、ひとつの可能性を――それは可能性とも呼べないほど漠然とした考えではあるが――想像して、すぐに緩く首を横に振りその想像を打ち消した。
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