第68話 祭壇の間(2)
「憎き火の精霊よ。お前も仲間の下へ送ってやろう」
『図に乗るなよ、人間』
巨大な魔法陣……ミリューガ級の魔法が来る。
「【ミリューガ・ミストラル・ブリザード】!」
凶暴で膨大な吹雪が、エプリクスへと放たれました。
辺りが凍りつくほどの冷気……こんな魔法、今まで見た事ありません。
周囲が北の大地のように凍り付かされていく。
エプリクスが居なかったら、私達もあっという間に凍り付いていたのかも知れません。
「エプリクス、魔力は気にしないで! 私も頑張るから!」
炎の力が増していく。
アリエスの魔法を打ち破るまで、あと少し──
『我は魔王エプリクス! 人間なぞに二度と敗れるものか!』
「忌々しい火の精霊め……! 闇の魔王よ、私に力を授けよ!!」
アリエスが水晶を高く掲げた瞬間、禍々しい魔力が流れ込み、吹雪の力がエプリクスの炎を上回りました。
『なんだと……!?』
吹雪がエプリクスの体を凍てつかせ、その背後にいた私達にも襲い掛かりました。
「リズさん……僕の後ろに!」
指輪にヒビが!?
そんな…………エプリクス!
エプリクスはこちらに振り向くと、私達を庇うように腕を覆いました。
『……ガァアアアアアアッ────!!』
「惜しいなぁ、火の精霊。使い手を間違えなければ、お前はもっと高みへと至れたのだ。残念だったな! ……とどめだ!!」
吹雪は消えました。
そして、指の精霊石は砕けて──…
エプリクス…………ごめんなさい…………。
「やった……やったぞ! ついに、憎き火の精霊を倒してやったぞ!!」
「やりすぎだ、お前は」
「お、お前は……いつの間に!?」
クルス様はアリエスの背後に立ち、剣を構えました。
「それが全ての元凶のようだな」
ドラゴンスレイヤーは、アリエスの腕を斬り落とし、持っていた禍々しい水晶を真っ二つに砕きました。
「ぐああああああああっ……!! 腕が……私の腕がぁああああ!!」
先の無くなった腕を押えて、アリエスは転げ回りました。
砕けた水晶も落下し、そこに付いていた歪な棘の様なものごと音を立てて砕け散りました。
「リズさん、ディア様を早く!」
「……はい!」
そう……アリエスが倒れても、まだ終わりじゃない。
私達の目的は、ディア様をお救いする事。
エプリクスは言っていた。
“その死を無駄にしない”────
私は、また同じ過ちを犯すところだった。
悲しむ事は……後からいくらでもできる。
ディア様、今、お救いします!
「ディア様!」
その体を揺さぶりましたが、反応がありません。
生気も感じられず、まるで、そこにディア様を模した人形があるかのよう……。
「ディア様、リズです! わかりますか!?」
「……無駄だ……。ディアは、全てを忘れてしまっておる……残念だったな!!」
アリエスは、血だらけのまま仰向けで笑っていました。
あの男がディア様に何かをしたようですが、それが魔法によるものなのか、それとも薬などを使われたのか……。
「【カペルキュモス】!」
残った魔力を使い、水の精霊を呼び出しました。
カペルキュモスなら、きっとディア様を治してくれる……そう信じて。
「お願いです……ディア様をお救いください!」
『……やってみましょう』
私の魔力も、もう残り少ない。
呼び出したカペルキュモスの姿も、本来の姿を保てていない。
だけど、せめてディア様だけは────
『『グォォォオオオオ────……』』
その時、奥の方で何か叫び声が聞こえました。
深く、重い叫び声……闇色に蠢く何かが、こちらへと向かってきます。
「クルスよ……とんでもない事をしてくれたな……! あの水晶こそが、魔王の力を制御していたのだ!
そして、その周りに付いていた闇の原石こそ、魔王の最後の封印…… “闇の魔王チェムルタース”を止められるものは、これでもう無くなった!!」
あれが、闇の魔王……?
何重にも重なったような声が、この祭壇の間に響いています。
ウィストモスとエプリクスを欠いた私には、魔王に対抗する手段はほとんどありません。
この弓と、僅かに残る魔力でできることなどたかが知れています。
「魔王を倒すのは、勇者の弟子である僕の役目だ」
クルス様は諦めていない。
だから、私もまだ、諦めない。
「クルス様、私もまだ戦えます」
「リズさん……」
そう言って、私も彼の横に立つ。
エプリクスとウィストモスの死は無駄にしない。
カペルキュモスだって、まだ頑張ってくれている。
私は弓を、クルス様は剣を構える。
暗闇でもわかる……魔王はもう目前まで来ている。
そして、行き場を無くし暴走した闇の力が、遂に私達の前に現れました。
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