第57話 力を求めて

 アルネウスは険しい山の頂上付近に降り立ちました。

 足元に雲が流れて、まるで霧の中にいるようです。


「やっと降りられた……」

「クルス様、大丈夫ですか?」


 ふらふらのクルス様を支え、辺りを見回すと小屋が見えました。

 こんな辺鄙な所に誰か住んでいるのでしょうか?


「ここに、僕の求めるものがあるのか?」

『ええ、きっと強くなれますよ』


 アルネウスはそう言いながら小屋へと歩いていきました。

 その姿のままでいいんですか?

 大きな鳥が、尾っぽをフリフリ歩いています。


『こっちです』


 小屋に行くのかと思っていると、そこを通り過ぎて裏にある泉のような所に出ました。

 泉の中央に、誰かが居るようです。水浴び中なんでしょうか?


『こんにちは』

「誰だ」


 鋭い眼光のお爺さん……かと思ったら、物凄い体をしています。

 筋骨隆々で背も高く、体のあちこちに傷跡があって、歴戦の戦士って感じの人です。


「ああ、お前か」

『水浴びさせて下さい』


 お爺さんの返事も聞かず、アルネウスは泉の中に入って行きました。

 少しずつ水を被っては、体をフリフリしています。

 なんで鳥って、あんなに恐る恐る水を浴びるんでしょうね。


 ……えっと、何しに来たんでしたっけ、私達。

 いつの間にか、お爺さんは、泉から上がって体を拭いています。


「お前達は、誰だ」

「僕はクルスと言います!」

「私はリズです!」

「そうか」


 ……え? 会話終わっちゃった?

 すると、アルネウスがお爺さんに言いました。


『この二人を鍛えてあげて下さい』

「ほう……」


 お爺さんは、その強靭そうな腕で私とクルス様の腕を掴みました。

 何だか、異様な緊張感が漂います。


「……まだまだ、ひよっこだな」

「失礼な人だな」


 私はともかくクルス様をひよっこ扱い。

 このお爺さんは、只者では無いという事でしょうか。

 そして、泉から上がったアルネウスは、自慢の風の力で毛を乾かし始めました。

 当然、それにより私の魔力はどんどん減って行きます。


「アルネウス」

『どうしました?』

「戻ろうか」


 私の誠意が通じたのか、アルネウスが額の精霊石へ戻ってきました。


◆◇◆◇


「付いて来い」


 そう言うと、お爺さんは小屋に向かって歩き出しました。

 とりあえず私達も付いていきます。


 小屋は完全な木造です。

 丸太を組んで作ってあるみたいで、内部から見ると、しっかりと作られているのがわかります。


「そこの娘、茶を用意しろ」

「え? 茶……? ですか?」

「そこに、ハーブを干した物がある。それを使って淹れてくれ。お前達の分も使っていい」

「えっと、はい」


 調理場には野菜などの食材が置いてあります。ハーブは……この乾燥した葉っぱでしょうか。

 茶って、たぶんハーブティーの事ですよね?


「さて、お前達は強くなりたいのか?」

「本当に強くなれるのか?」

「それは、お前達次第だ」

「できましたよ」

「うむ……悪くない」


 クルス様は思うところがあるのか、お爺さんに対する態度を変えていました。

 それはともかく、しばらく三人でハーブティーを堪能します。


 美味しい……この乾燥ハーブの作り方、あとで教えていただけないでしょうか。


「二人とも、付いて来い」


 お爺さんは立ち上がりました。


 そして、再び外へ出掛けます。ここへ来た理由は、ただのティータイム?

 お爺さんは、小屋に立てかけてあった斧を握りました。


「見ておれ」


 泉の方を見据えて、斧を上に構えました。


「【ストーム・スラッシャー】」


 魔法の詠唱?

 斧から発生した斬撃が泉の水を二つに切り裂き、その先にあった岩肌へ衝突しました。

 岩には深い亀裂が入っています。


「斧で……魔法剣!?」


 魔法剣というのは、私が魔法を矢に乗せる時のような感じのものなのでしょうか。

 でも、威力はその比ではありません。


「やってみろ」


 お爺さんは、クルス様に斧を手渡しました。

 クルス様も、お爺さんを倣って斧を上に構えます。


「ストーム・スラッシャー!」

「……」

「……」


 辺りにクルス様の叫び声だけが響きました。


「あ、あはは……。難しいな、これ……」

「魔力が全くこもっておらん。お前はまず、精神の修行からだな」


 クルス様は、お爺さんに連れていかれてしまいました。

 私は……どうしましょう。とりあえず付いていきましょうか。


 そこには、切り倒した大小の木が幾つか置いてありました。


 お爺さんは木を石畳の上に置き、斧を振り下ろします。

 すると、木は綺麗に真っ二つに割れました。


「やってみろ」

「ただの薪割りじゃないか。そのくらいなら僕だって……」


 クルス様が同じように斧を振り下ろすと、木は割れることなく斧を跳ね返しました。


「なんだこれ?」

「この斧では、精神を集中しなくては割れないぞ」


 クルス様は、目を瞑り呼吸を整えて斧を振り下ろしました。

 すると、今度はスパッと木が割れました。


「ふぅ……。こうか?」

「ほう」


 お爺さんは、髭を掻きながらニヤリと笑いました。


「日が暮れるまで続けろ」

「……わかった」


 クルス様が斧を振るたびに、山に薪を割る音が響きます。

 凄く地道な感じがしますけど、これはこれで修行になっているのでしょうか?


「さて、次はお前だな」

「私もですか?」

「精霊の力を、もっと引き出せるようにしてやろう」

「え?」


 私は何も言っていないのに、なぜお爺さんは精霊の事を知っているのでしょうか?

 そういえば、アルネウスを見ても特に驚いた様子は無かったような。


「メディマム族よ、ついて来い」

「……私のこと、わかってたんですか?」

「まあな」


 このお爺さん、一体何者なのでしょう……?

 ますます不思議な方です。ただものではない事は確かでしょうけど……。


 お爺さんに連れられ、木々の茂る森に入りました。

 不思議な場所です。森の中だというのに魔物や動物の気配がありません。


「この森には、妖精が棲んでいる」

「妖精?」


 妖精って、童話とかに出てくる妖精のこと?

 森の中の魔力や気配を探りますが、全くわかりません。


「奴らを感じられるようになれ。それが、お前の修行だ」

「わかりました。頑張ります」


 お爺さんは、小屋へと帰って行きました。


 妖精ね……。この森の中に居る妖精……。

 どこにいるんだろう……。


 お爺さんの意図はわからないけど、これが私の修行なんですよね。

 クルス様も頑張って修行をされているのに、私も頑張らないわけにはいきません。


 森まで響く薪割りの音に、私は再び気を引き締めました。


◇◆◇◆


「飯にするぞ。帰ってこい」


 森の外からお爺さんの声が聞こえました。

 いつの間にか、空はもう真っ暗。妖精の気配は全く掴めませんでした。


 何かコツみたいなものがあるのでしょうか。

 うーん……明日また頑張ろう。


 小屋の中に入ると、クルス様が汗だくの体を拭いていました。

 お爺さんはというと、暖炉の前で細長い木の棒をナイフで削っています。


「妖精は見つかったか?」

「全然駄目でした……」


 お爺さんは、大きなカゴを持ってきました。

 中を見ると数匹の魚が泳いでいます。


「そこの泉で釣った。お前はこれで何か旨い物を作れ。そこらにある野菜も好きに使っていい」


 魚とお野菜……では、スープでも作りましょうか。

 調味料も置いてありますし、とりあえず、魚の内臓を取って下ごしらえからです。


 それよりも、あの泉って魚いたんだ……。


「薪割りは順調か?」

「いや、気を抜くと失敗する時があるし、思いのほか難しいな」

「そうか、明日も続けろ。それがお前を強くする」


 クルス様も頑張っています。美味しい料理で応援しましょう。

 魚は表面を焼いてから、お野菜と一緒に煮込みます。


「娘、少しヒントをやろう。魔力を感じようとするよりも、相手に合わせることが肝心だ」

「相手に合わせる……?」

「そうすれば、自然と見えてくるはずだ」


 相手に合わせる……妖精の魔力に?

 わかったような、わからないような……ともかく、せっかくいただいたヒントです。

 明日、早速試してみましょう。


 料理もできたのでテーブルに運びます。

 付け合わせに簡素なサラダも作りました。


「うむ。悪くないぞ」

「リズさんは料理が上手だなあ」

「クルス様、お野菜もきちんと食べてくださいね」


 夕ご飯は結構上手にできました。

 孤児院の頃、マザーに習った料理の応用です。

 二人ともあっという間に食べ終わってしまいました。


「修行の間、ここ住ませてやる。まあ、頑張ってみろ」


 私達の修行は、まだ始まったばかりです。

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