第58話 受け継がれる意志

 ずっと気になっていたんですが、このお爺さん、誰かに似ているような気がします。


「どうした?」

「いえ、何でもありません」


 思わずお爺さんをジッと見てしまっていたので、変に思われたのかもしれません。

 でも、やっぱりこう……雰囲気というか何というか……誰に似ているんだっけ?



 食事を終えたら、外にある深いタライの中に水を貯めて、湯浴びのためのお湯を沸かします。

 せっかくなので、クルス様の割ってくださった薪を使いましょう。

 綺麗に割れている物もあれば、歪な形の物も混じっています。

 これだけ沢山の薪……クルス様、相当頑張ったんですね。


「リズさん、僕も手伝うよ」

「大丈夫ですよ。クルス様の方が疲れているでしょう?」

「肉体的にって言うより、精神的に疲れたって感じかな。あの爺さんの言う事、最初は何で薪なんてッて思ったけど、案外的を射ているような気がするよ」


 そう言って、クルス様は大きく背伸びをしました。


「どんな事であっても、それが僕が強くなる事に繋がるのなら頑張るよ」

「応援しています」

「リズさんも森で何かやってるんだろ? 妖精って言ってたっけ。頑張ってね」

「はい」


 その後、順番に湯浴びも済ませて、小屋へと戻りました。

 小屋は狭いので、床に三人で並んで寝ます。

 こうしていると、子供の頃、お父さんとお母さんと一緒に寝た時の事を思い出しちゃいますね。


 夜は静かに更けていきます。


◆◇◆◇


 今日も森で特訓中。


 お爺さんは、私に“妖精を感じられるようになれ”と言いました。

 でも、“魔力を感じようとするよりも、相手に合わせる事が重要だ”とも言っていました。


 それって、一体どういう意味なんでしょう?

 妖精を感じるって言うのは、魔力を感じ取る必要があるとばかり思っていました。

 相手に合わせる……うーん……。

 考え込んでいると、クルス様の薪割りの音が止みました。


 いつの間にか、お昼になっていたみたいです。

 これといって成果がないまま時間だけが過ぎていきます。



「ただ今戻りました」


 小屋へ戻ると、お爺さんとクルス様が何かを解体していました。


「これは……? 大きな豚のように見えますけど」

「ビッグボアだ。散歩していたら見掛けたので捕まえた」


 魔物ではなく、大きな動物のようです。

 おじいさんは慣れた手つきで、その動物をサクサクと捌いていきます。

 対して、クルス様は慣れない作業で苦戦しているようです。


「これも修行だ。簡単にできるようになれ」

「わかっているんだけど、難しいな……」


 私も手伝おうとしましたが、必要無いと断られてしまいました。

 力のいる作業なので私に不向きなのはわかりますけど、なんだか、こう、じっと見ているだけというのは苦手です。


「私にも何か作業をください」

「では、茶を頼む」


 お仕事を貰えました。

 早速調理場でお湯を沸かし、ハーブティーを作ります。


「できましたー」

「うむ。そこへ置いてくれ」

「ありがとう、リズさん」


 せっかく作ったのに、二人とも黙々と作業を続けています。

 このままでは冷めてしまいますよ?


 ハーブティーを飲みながら、作業を見守る私。

 退屈です……。 

 そうだ、小屋の中をお掃除しましょう!


「おい、あの娘、余計な事までし始めたぞ」

「じっとしていられないんでしょう……リズさんの性格的に」


 やはり、何か体を動かしていると安心します。

 そうこうしているうちに、お肉の解体も終わったみたいです。


 お昼は、そのお肉を焼いて食べました。

 クルス様もお爺さんも、焼けたそばからバクバクとかじりついています。


 それにしても、すごい油です。食べると口の周りが油だらけになります。

 私はどちらかというと、お肉は苦手なんですけど……野菜が欲しい……。


「娘、妖精を感じ取ることはできたか?」

「まだ、全然です……」

「精霊魔法を使う時のような感じでやってみろ」


 お爺さんから新しいヒントを貰いました。

 つまり、魔力を注ぐみたいな感じということ?


「わかりました。やってみます」

「うむ」


 食事が終わり、片付けも済んだら修行再開です。

 クルス様は薪割りへ戻って行きました。

 私も、森で修行を頑張ります。



◇◆◇◆


 魔力を注ぐ……ねぇ。

 妖精に? そもそも、その妖精が見当たらないんですけど。

 とりあえず、お爺さんのヒントを頼りに色々やってみましょうか。


 例えば、この大きめの石に魔力を注いでみましょうか。

 えっと、手を石に当てて……と。

 この石はエプリクス……この石はエプリクス……。


『我は石じゃない……』


 何か聞こえたような気がしますけど、気にしないことにしましょう。

 この石はカペルキュモス……この石はカペルキュモス……。


『それはあんまりですわ……』


 精霊達からの文句ばかり聞こえて、妖精は姿を現そうとしません。

 魔力を注ぐっていうのも違うみたいです。


 もう一度、お爺さんの言っていた事をよく思い出してみましょう。

 精霊魔法を使う時のような感じ……私は彼らを精霊石から呼び出す時、精霊石に魔力を注いでいます。

 その魔力を糧に、精霊達は具現化するのです。

 うーん……精霊魔法ってそれだけでしたっけ?


 あとは、【盟約】でしょうか。 

 この石と盟約……どうやって? 余計わけがわからなくなってきました。


 じゃあ、いっそ開き直って、見えない妖精さんに名前を付けちゃいます。

 名前があれば盟約できますもんね。


 この石を妖精さんに見立てて、名前は“ソレル”にしちゃいましょう。

 名前はハーブから取りました。

 せっかくなので、姿もイメージしちゃいます。

 妖精と言えば三角帽子に長い耳。小さな体に小さな服。

 いたずらっ子なイメージです。


「さあ、【ソレル】! 出てきなさい!」


 大きめの石に手を当て、魔力を注いでいきます。

 すると、石が光を放ち私の魔力が減って行く感じがしました。


 光が消えた場所を見ると、そこにはイメージした通りの妖精の姿が──。


「見つけました!」


 妖精は、キョロキョロと辺りを見回しています。

 そして、私の体に登ってきました。

 小さくても一生懸命なその姿が、とっても可愛らしいです。


『バーカ!』


 ……ん?

 何か言った?


 妖精は、肩に乗ってケタケタと笑っています。

 気のせいでしょうか? 今、バカって言われたような……。


『ブース!』


 今度はブスって言われました。

 その言葉は地味に傷付くのでやめて下さい。


 言うだけ言うと、妖精は私の肩から降りて駆け出しました。


◆◇◆◇


「待ちなさい!」

『やーだよー!』


 妖精は森を出て、小屋の裏へと逃げていきました。


「あ、リズさん。修行は終わったの?」

「クルス様、その子を捕まえて下さい!」

「……ん? なんだこれ!?」


 妖精は、クルス様の割った薪を積み木のようにして遊び始めました。

 夢中になっているようで、ジッとしてくれています。

 捕まえるなら今のうちです。


「クルス様、反対側から回って下さい。私はこっちから行きます」

「わ、わかった。捕まえればいいんだよな?」


 二人で挟み打ちです。良い子ですから、そこで大人しくしていて下さいよ。


『ん?』

「今だ!」「今です!」

「「あいたっ!!」」


 頭を打ってしまいました……痛いー……。

 クルス様、意外と石頭……。


『バーカ!』


 むむむ……もう許せません!

 こうなったら、精霊魔法を使う事も辞さないですよ!


「何をやっとるんだ、お前ら」


 そうこうしていたら、お爺さんが、ひょいっと精霊を掴みました。


『離せジジー!』

「あ?」


 お爺さんの目が、とっても怖い事になっています……。


「お前がイメージした妖精だろう。早く消さんか」

「え?」


 消す……精霊魔法と同じでいいのかな?


「石に戻れ!」


 すると、妖精は消えて、お爺さんの手にはさっきの石が残っていました。

 とりあえず、一安心です。


「その石が、妖精だったんですね」

「いや、妖精などどこにもおらんよ」

「え……?」

「これは、お前が作りだした妖精だ。あの森には元より妖精など棲んでおらん。妖精を生みだしたその感覚を忘れないようしろ」


 よくわかりませんけど、とりあえず私の課題は終わったみたいです。


 妖精を生み出した感覚……。

 イメージが大事で、相手に合わせる……。

 これを、精霊を呼び出すときに応用したら、確かに何かが変わりそうな気がします。


「あとはお前だな。薪割りをやめて付いて来い」

「あ、はい」


 クルス様は、魔法の修行に入りました。

 泉の前で精神を集中し、魔力を高めていきます。


「まずは、初等魔法からだな。娘、お前の修行にもなる。手本を見せてやれ」

「はい」


 私の出した魔法を見て、クルス様も同じように詠唱します。

 すると、わずかに手のひらから火の粉のようなものが現れました。


「……これが魔法か」

「初めてでこれは凄いですよ、クルス様!」


 クルス様は、魔法を出した自分の手のひらを不思議そうに見つめています。

 この調子なら、クルス様が魔法を覚えるのも、それほど時間はかからなそうですね。


……

…………

………………


 それから数日、私達はお爺さんの出す課題に懸命に取り組みました。

 自分でも、体を流れる魔力の質と量が以前とは違うとわかります。


 そして、いよいよクルス様の修行も最終段階に入りました。


「【トルネード・クロス】」


 クルス様の放った魔法剣による衝撃波が、泉の水を真っ二つに割き、岩肌を十字に切り裂いて崩れ落ちました。


「ふむ。斧でここまでできれば上出来だろう。頑張ったな」

「ありがとうございます、お師匠様」


 最初はお爺さんの態度に怒って敬語を使わなかったクルス様も、修行が終わる頃には敬意を込めてお師匠様と呼ぶようになっていました。

 お爺さんも、初めて見る優しい表情でクルス様を褒めています。


「小僧……いや、クルスよ。お前には渡す物がある」


 お爺さんは小屋へ入ると、何やら煌びやかな装飾の鞘に収まった剣を持ってきました。


「お師匠様、これは?」

「その昔、ある魔王を倒した勇者が使っていたという剣だ。今のお前なら使いこなせるだろう」

「お師匠様……ありがとうございます!」


 クルス様は、その剣を受け取りました。

 鞘から抜くと、文様の刻まれた黒い刀身が出てきました。


「凄い……」


 思わずその剣に見とれているクルス様。

 そのまま素振りをすると、剣から空を切る音が聞こえました。


「金属なのに、とても軽い気がする」


 クルス様の修行も終わりました。

 そして、お爺さんともお別れの時が来たようです。


「お師匠様、今までありがとうございました」

「ありがとうございました」

「なに……頑張ったのはお前達だ」

「あの、最後にお師匠様のお名前を教えていただいてもいいですか?」

「名乗るほどのもんじゃないよ。俺は、ただの隠居爺だ」


『……我にはわかったぞ』


 エプリクスの声がしました。


『その剣は“竜殺しの剣・ドラゴンスレイヤー”……お前は……』

「ふむ……魔王エプリクスよ。皆まで言うな」


 このお爺さん、エプリクスの魔王時代を知っている?

 という事は──────。


「さて……引き継ぎも済んだ事だし、俺はまた、ここでのんびりと過ごすとしよう」


 雲に隠れるように、お爺さんの姿が薄くなっていきました。


「お師匠様!?」

『クルスよ、俺の意志────お前に託したぞ!』


 小屋があった場所が雲で覆われていきます。

 泉も、森も、消えるように見えなくなってしまいました。



「お爺さん……」

「お師匠様……ありがとうございました!」


 クルス様と私は、今はもう見えないその場所に深く礼をしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る