第54話 ディア様と一緒

 翌日の早朝、あたしは修道院の裏でディア様を待っていた。


「お待たせ!」


 声がして振り向くと、そこには荷物をぶら下げて、超が付くほど庶民の格好をしたディア様が居た。

 なぜか、頭にほっかむりもしている。


「似合うかしら?」

「いいえ」


 いやいや……似合うわけが無いでしょう! あなた一応、王族の方なんですよ!?

 そもそも、その服どうやって手に入れたんですか!? 名案ってそれなんですか!?


「やっぱり戻りましょう、ディア様」

「なんで!?」

「ここを馬車で出るわけにもいかないですし、アステアまでは長い道のりです。 ……失礼ですけど、ディア様に耐えられるとは思えません」


 ディア様は、しゅんとして顔を伏せてしまった。

 書庫の事は気になるけど、ディア様を危険に晒すわけにもいかないしなあ……。

 すると、ディア様は突然ご自身の服の裾をまくり上げた。


「ふふっ……これを見ても、耐えられないとでも?」


 ニヤリと笑うディア様……そこには、王女様とは思えないほど見事に割れた腹筋があった。

 ────何してんのこの人っ!?


「ずっと鍛えていたのです! 腹筋、背筋、スクワット……疲れて眠るまで毎日やったわ!」


 外見からじゃわからないけど、よく見れば腕の方にもしなやかながらに筋肉が付いている。

 パッと見は、華奢な体と美しい顔立ちしてるのに。

 ロデオさんが生きてたら、こんなディア様を見てきっと泣いてるわ。


「さあ、行きましょう」


 スタスタと歩きだすディア様。

 もう誰も、彼女を止める事は出来ない……。


◆◇◆◇


 あっさりと城門を出てしまった。

 兵士、仕事しろ。

 帰ったら怒られるんだろうなあ……どうしようか。


「メアリ、もっと急いで!」

「わかってますよ~……」


 ディア様って、こんなに足早かったっけ? なんであたしの前歩いてんの?

 この調子なら、夜にはウィルクの町に着けるかもしれない。

 往復で最低でも四日から五日くらいか……修道院でも騒ぎになるだろうなあ……。

 ん? ……あれは!


「ディア様! 魔物です、下がって!」


 アントイーター! そういえば、この辺はこいつの住処だった!

 ディア様に戦わせるわけにはいかない。あたしは魔法の詠唱に入った。


「でりゃあ!!」

「グギャアア!?」


 ……ん?

 ディア様は、アントイーターの足にローキックをした。

 えっと……どこで覚えたの、それ!? 片膝を付いて崩れるアントイーター。


「────【フレイムゲイザー】」

「ギャアアア……」


 ディア様のフォロー(?)のお陰で、あっさりと魔物を仕留める事ができた。

 王女様ってなんだっけ。


 そんなこんなで、無事に町に辿り着く事ができた。

 コルンに帰った時の事を考えると怖いけど、ここまで来ちゃったし今更考えても仕方ないよね。

 宿の部屋も取れたし、そこそこお金も持ってきているので、今日は何も考えず飲みまくろう!


◇◆◇◆


「ほんっと、あの副院長のババアさ! いっつも私のこと馬鹿にして! 私が箱入り娘だからって、修練の時も、できもしないくせにーって決めつけてくるのよ!」

「あの……静かに飲みましょうね?」


 ディア様は絡み酒だった。

 どうしても飲んでみたいって言うから飲ませてみたら……あたしの中の王女様の幻想がどんどん崩されていく。


「意地でも上級まで回復魔法身に付けてやったわ! ねえ、メアリ! 聞いてる!?」

「はいはい……」


 それにしても、上級回復魔法まで身に付けたって素直に凄い。

 この方、王家の出じゃ無かったら、名の知れた冒険者になっていたんじゃないの?


「メアリもほら! 飲んで飲んで!」

「あ、どうも~」


 しばらく飲んでいると、急に大人しくなって窓の外を眺めるディア様。

 何か物思いにでもふけているのかな?


「メアリ……」

「どうしました? ディア様」

「……気持ち悪い……」

「宿に行きましょう!」


 完全に泥酔してしまったディア様。

 足元もふらついて、引っ張って行くのも大変だ。

 なんで、こんな事になってるんだろう……。


「……うぅ……」


 今度は泣き上戸? ……飲ませない方が良かったなあ。


「……ロデオぉ…………」


 ディア様を見ると、下唇を噛んで泣いていた。

 下を向いた瞼から、涙がポタポタと流れ落ちている。

 もしかすると、ここの町にはロデオさんとの思い出があったのか。


 そういえば、あたしがディア様達に初めて出会ったのもこの町だったな。


「ディア様、もう少しで宿ですからね」

「ごめんね……メアリ……」


 宿に着き、ディア様をベッドに運ぶと、彼女はあたしのローブを掴んで離さなかった。

 ベッドは二つあるんだけど、こんな状態で引きはがすわけにもいかないか。

 しょうがない……そんな泣き顔で必死で掴まれたら、あたしも離れられないしね。

 それにしても、妙に力強くて全然振り解けないんですけど。


「……一緒に寝ましょうか」

「うん……」


 宿のベッドは大きく、あたし達二人が一緒に寝ても充分なスペースがあった。

 なんだろう……普段はしっかりしてる方なのに、こうしていると普段は無理してたんだなって思う。

 そんなディア様を見ていたら、ふと死んだ妹の事を思い出してしまった。


 今夜はゆっくりおやすみ下さい。ディア様。



◆◇◆◇



 朝。


 なぜか、あたしのローブは脱がされていた。

 いや、ちゃんと他の服は着てるんだけど……隣で寝てるディア様の手にはローブが握られている。

 どんだけ必死に掴んでたのよ。


 まあいいや……。ローブは起きたら返してもらおう。

 ディア様の方を見ると、彼女はあたしのローブに器用に絡まっていた。


 それから少し経ち、ディア様も起きたところで、ヨレヨレになったあたしのローブは無事に戻って来た。



「さ、行きましょうか」

「この先、たしかアントライオンが出た場所だわ」


 マジですか!?

 目の前に広がる荒野。言われてみれば、いかにもアントライオンが好みそうな場所だ。

 高原に出たような化け物サイズじゃ無ければ大丈夫だけど、ディア様を守りながら戦えるかなあ……。


 しばらく歩くと、あちこちに細かい砂が散見された。

 アントライオンが出現した跡だ。これは、ちょっと警戒した方がいいかもしれない。

 いつでも詠唱できるように心の準備をしておこう。


「ディア様、疲れてませんか?」

「全然大丈夫よ!」


 あたしより体力あるわ、この人。

 起伏のあるこの荒野であってもペースが落ちるようなことは無い。

 むしろ、あたしの方がペースが落ちてるくらいだ。


 荒野の先を進むと、突如魔物が襲い掛かって来た。

 こいつはリザード。

 そんなに強い魔物じゃないけど、毒の牙があるから気を付けなきゃいけない。


「大きなトカゲ!」

「ディア様、あたしが魔法で倒しますから下がってください!」


 すると、ディア様はリザードの尻尾を掴んだ。

 そして……そのままぐるぐると振り回し始めた!?


「このくらい、修道院の水瓶よりも軽いわ!」


 その水瓶、どんだけでかいんですか!?

 修道女って、みんなそんなに力持ちなの!?


「ギャアアア!!」

「あ……」


 リザードの尻尾が千切れ、魔物はそのまま逃げだしていった。


「この尻尾……まだ動いてる」

「す、捨てて下さい!」


 王女様ってなんだっけ……。

 えっと、とりあえず、尻尾を持ったままあたしに近付かないでください!


 その後も、大した戦闘も無くサクサクと進む事ができた。

 途中でパンなどを食べながら、順調にアステアを目指していった。


 驚いた事に、夜明け前にはアステア城が見えてきた。

 崩れた城壁などが、当時の襲撃の凄惨さを物語っている。

 あたしも流石に歩き疲れた。ディア様は大丈夫なのかな?


「夜中に入るのは危険でしょうし、野宿になりますけど朝まで待ちますか?」

「どうせなら、このまま書庫まで行きましょう。そこで休んだ方が安全だわ」


 ヘトヘトのあたしと違って、ディア様は本当に疲れて無さそうだ。

 修道女って凄い。

 あたしは改めてそう思った。



 真っ暗闇の中、アステアの城下町だった場所を進む。

 建物は崩れ、木造の建築物は朽ちてきている。ここが、かつて栄華を誇ったアステア国。

 ディア様は一体、どのような気持ちでこの光景を見ているのだろう……。


 廃墟と化したアステア城が、暗闇に浮かぶ。

 あそこの地下に、王家の者しか入れない書庫があるのか。


「キシュルルルル……」

「グルルルル……」


 魔物!?

 しかも複数だ。声の質からして、おそらくどちらも獣系の魔物だ。


「ディア様、気を付けて下さい」

「うん」


 あちこちから声が聞こえる。マズい……かなりの数が居そうだ。


「ガァアアア!!」


 暗闇から一体の魔物が飛び出してきた。

 これは、ランプルウルフ!? 巨大なコブのある獰猛な魔物だ。


 ディア様に飛び掛かったそれを、あたしは持っていた杖で振り払った。

 その隙に肩を引っ掻かれてしまった。痛い。


 ランプルウルフは、次々と飛び出してあたし達を囲んだ。そして、弧を描くように回り続ける。


「ディア様! 今度こそ、あたしの後ろに隠れて下さい!」

「でも……!」


 この魔物は、身体能力だけでどうにかできる魔物じゃない。

 一体ならまだしも、複数いれば中級冒険者以上でも苦戦する事がある。


 それに、まだ別の声の主が姿を現していない……ディア様を危険に晒すわけにはいかない。

 痛む肩の傷を押さえ、あたしは獣の群れへと杖を構えた。

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