第53話 空を飛ぶ

『リズよ。それをここへ』


 風の精霊は腰に付いていた袋を指差しました。

 袋の中には、私の大切な宝物が入っています。


『私は見ての通り、生身の精霊石。そこ・・へ宿らせていただこうと思います』


 風の精霊石は、枯れた冠に宿りました。

 冠は、精霊の力で新たな息吹を吹き込まれ、綺麗な装飾の施されたヘッドティカへと変化しました。


『では改めまして。私の名前は────────』


 ヘッドティカは私の額に収まり、他の精霊石も私の体へと戻ってきました。

 ううん、精霊石だけじゃない……マリー、一緒に行こう。


「リズさん、東の地へ行こう」

「はい」


 私は魔力を集中し、風の精霊の名を叫びました。



「──【アルネウス】!」



 額から放たれた光が、風の精霊の姿を具現化していきます。

 その姿は先程見た男性の姿とは違い、大きな尾の生えた美しい鳥の姿へと変わっていきました。


『驚いていますか?』

「まさか、こんなに大きな鳥になるだなんて思いませんでした」

『ふふ、この方が貴女達を運びやすいものですから』


 私とクルス様は、風の精霊の上に乗りました。

 こう言ってはなんですが、すごくモフモフとしています。

 その羽毛からは、かぐわしいお日様のにおいがします。


『振り落とされないように気を付けて下さい』


 アルネウスは羽ばたき、上空へと舞い上がりました。


「わ、わ、わわわっ!?」

「すごい! とっても高いですね!」


 眼下の景色が小さく見えます。

 遠くの町や村も小さく見えて、まるで小人の世界にでも迷い込んだかのように、錯覚してしまいそうです。


『では行きましょう。トサカは痛いので、掴まないようにして下さいね』


 アルネウスは、上空から滑空するように飛び立ちました。

 凄い速度です。見える景色がどんどん後ろへ流れていきます。


「凄いです! エプリクスも速かったけど、アルネウスはもっと速いのですね!」

『ぬう……地上なら負けぬ……!』

『風の精霊の力は、こんなものではありませんよ!』

「これ以上速度上げないでくれぇえええっ!!」


 私達は風の精霊に乗って、東の地へと向かいました。





◇◆◇◆



「メアリさん!」


 誰だっけ、この人?

 宮廷魔道士になったのはいいけど、同僚の名前とか全然覚えられない。


「えっと……エロイ君?」

「エゴイです! いつになったら、僕の名前覚えて下さるんですか!」

「ごめんごめん。それより、そんな慌ててどうしたの?」

「コルン王がお呼びです!」


 王が? 一体何の用事だろ。とりあえず、謁見の間へと向かおう。

 途中でレドさんに会った。どうやら彼も呼ばれたらしい。

 何があったんだろう?


「失礼します」


 謁見の間には、ディア様と、デミアントの女王が来ていた。


「よく来てくれたな」

「何かあったのですか?」

『……災いが起ころうとしています』


 デミアントの女王は、悲痛な面持ちで言った。

 その触覚が、完全に垂れ下がっている。この方は、特に感情がそこに出やすい。

 いや、他にわかるところも無いんだけど。


「災いって、どういうことですか?」

『私達の奥にある、小さな闇の意思が鼓動し始めました。それは、はるか昔……魔王が私達魔物に植え付けたものです』


 魔王? それって、お伽話とかに出てくるあの魔王?


『魔王の復活が近付いているのです』

「ちょっと待って、いきなりそんなこと言われても何が何だか……」


 時折女王から暗黒の魔力のようなものを感じる。

 これが、その闇の意思というものなのだろうか。


『魔王が復活すれば、魔物はより凶暴になります。それは私達デミアントも例外ではありません。闇の意思は、日に日に強さを増しています。このままでは、我々デミアントは貴方達を……』


 女王は、まるで人間が泣き崩れるかのように座り込んだ。

 体の構造上涙は出ないんだろうけど、その姿はとても悲痛で、見ているこちらも辛くなるほどだった。


『私達は、エスカロ高原へ籠ります。申し訳無いのですが、兵達も引き上げさせていただきます……』

「うむ、いたしかたあるまい……。むしろ、これまでよく頑張ってくださった」

『コルン王……魔物の私に、もったいないお言葉です。もちろん、我々デミアントは魔王の言い成りになる気はありません。必ず最後まで抵抗してみせます』


 女王は立ち上がった。


『リズにもよろしくお伝え下さい……私達デミアントは、絶対に悪の意思に負けないと!』

「女王様……私達は貴女達を信じています。リズだって、絶対にあなた達が負けないって信じてくれますよ!」

『ありがとうございます、ディア様』


 女王とディア様は、固く握手を交わした。



◆◇◆◇



 この日、コルンからデミアント達の姿が消えた。


「ねーねー、お母さん! アリさん達どこ行っちゃったの?」

「アリさん達はね……用事があるってお家に帰っちゃったんだよ」

「いつ帰ってくるのー?」


 町の子供達は、デミアントの兵隊が居なくなってしまった事を悲しんだ。

 子供達だけじゃ無い。大人達も悲しんでいた。


「レドさん……魔王について何か知ってる?」

「いや、俺も昔話程度にしか聞いた事無いな。どこか、大きな図書館でもあれば、何かわかるかも知れないが……」


 コルンはそれほど大きな国では無い。

 国立の図書館なんてものも無く、この国で集められる情報は知れている。


「アステアが残っていたら、あそこの図書館で調べられたかも知れねえけどな」

「図書館……もしかして、まだ残ってるんじゃない!?」

「どうだろうな」


 あたしは修道院へ向かった。

 ディア様なら、何か知っているんじゃないだろうか。


「メアリさん、どうされたの?」

「ディア様、アステアの図書館についてお聞きしたいのですが」

「国立の図書館は魔物の襲来で……」

「そうでしたか……。いや、すみません、辛い事を思い出させてしまって」


 やっぱり、図書館も魔物の襲来で壊されちゃってたんだ。

 記憶を蒸し返すようなことを聞いてしまって、ディア様には悪い事しちゃったな……。


「何か調べたい事があるの?」

「魔王について調べようかなと思っていたんです」

「それなら……、王室の書庫にあるかも!」

「え?」


 王室の書庫? そんな所があるの?


「おそらく、あそこならまだ残っているわ。地下にある書庫なの」

「本当ですか!?」

「でも、王族にしか入れないようになっているから」

「そうなんですか……じゃあ、私では無理ですね……」


 ぬか喜びだったか。

 魔王について何かわかれば対策も立てられるんじゃないかなと思ったんだけどな。

 リズちゃん達も、そう遠くないうちに戻ってくるだろうし……。

 

 諦めようと思ったら、ディア様から意外な提案が出た。


「メアリ、私を一緒に連れて行って」

「……へ?」

「デミアントの女王様が可哀想だったし、私も魔王の事が気になるし、それに、何よりも私も何か力になりたいの!」

「そ、そんな事できるわけが無いでしょう!? 遊びに行くわけじゃないんですよ!」


 急に何を言い出すかと思ったら、この王女様は……まったくもー。


「遊びで行くつもりは無いわ。自分の身だって自分で守る。メアリだって、魔王の事知りたいんでしょう?」

「そうですけども……」


 ディア様の目は真剣だ。

 そういえば、リズちゃんが大怪我したあの日、彼女の怪我を治したのはディア様だった。

 この人も、ただここで暮らしていたわけじゃない。

 修道院でも特別扱いを拒否し、一般の修道女と同じようにがんばってきたんだ。


「メアリ、一緒に行きましょう!」

「でも……コルン王に知れたら怒られちゃいますよ」

「私に名案があります!」


 なぜだろう。こういうセリフって、凄く嫌な予感しかしないんだけど……。

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