第46話 ゼラの町で

「ここがリズさんの育った場所か……」

「昔は結構賑わっていたんですよ」


 未だ至るところに魔物により破壊された痕跡が残っています。

 魔物の襲撃で亡くなった方々の遺体は、私の両親も含め疫病の流行を防ぐために全て焼かれたと聞きます。


「こちらです」


 クルス様を、私の家へと案内しました。

 途中、マリーと遊んだ公園が見えます。噴水からは今も変わらず水が流れています。

 砂場にふと人影が見えたような気がしました。


「ここが私の家です」


 ドアを開けて、クルス様を中へ招きいれました。


「随分綺麗にしてあるんだね……驚いたよ」


 クルス様は家の中を、きょろきょろと見回していました。


「二年ほど前に立ち寄った時に片付けておいたんです。さすがにホコリは溜まってしまっていますけどね。それでも住もうと思えば住むことができますよ」


 光を取り込むため、木の戸を開けました。

 私が小さい頃、外を見るのに使っていた窓です。


 外を覗いていると、危ないからとよくお母さんに叱られたっけ。

 あの頃は、何かに乗らないと外も見られなかったのにね。


◆◇◆◇


 部屋へ荷物を置いて、町外れにある墓地へと向かいました。

 ここには私の両親、そして町の人々が眠っています。


「こんな事にまで付き合わせてしまってすみません」

「いや、僕が行きたいって言ったんだし」


 私が祈ると、クルス様も一緒に祈ってくださりました。


「あの時、僕達が異変に早く気付いていれば、町の人々は救われたのかも知れない……」


 クルス様は、墓標を見つめ悔しそうに呟きました。


 やがて日も傾きはじめました。

 灯りもないこの地で、これ以上無理な行動はできません。


 旅の疲れを癒すためにも、今夜は私の家に泊まることになりました。

 部屋は軽く掃除を行いましたので、一晩泊まる分には問題無いでしょう。


「クルス様、父と母の部屋が空いていますので今夜はそこで寝ますか?」

「え……? それはちょっと、何だか申し訳ないというか……」

「私は子供の頃使っていた部屋がありますので、クルス様はこちらの広い部屋をお使いください」

「……って、リズさんも一緒に寝るんじゃないの!?」

「え?」


 もしかして……クルス様は私の発言をそのような意味で取っていたのでしょうか?


「僕は……リズさんと一緒がいい!」

「えっと……では、ご一緒で……?」


 部屋には父と母の使っていたベッドが空いています。

 確かにお一人でここを使うのは、多少持て余すかも知れませんね。


 そういえば、昔……お父さんとお母さんがここで……。



「……リズさん?」

「な、な、何でも無いです! ちょっと顔を洗ってきますね!」


 ふと、子供の頃に目撃した光景を思い出してしまいました。

 はっきりとは見ていませんでしたが、あれは今にして思うと……。


 私は気持ちを落ち着かせる為に、井戸水で顔を洗うことにしました。



「ふー……、冷たくて気持ちいい……」

『リズ……』


「……え?」


 誰かが私を呼んだような気がしました。

 誰もいない……気のせいでしょうか。



『リズ……遊びに行こう……』


 マリー……?


 振り向くと、そこには、あの頃のままの姿でマリーが立っていました。

 これはいったいどういうこと……?

 町に次々と明かりが灯って行きます。すると、今まで見えなかった人々の姿が見え始めました。


『マリー、リズちゃんに迷惑ばかりかけちゃ駄目よ』


 ヘレナさんも……?

 先程までの静寂が嘘のように、町は賑わいを取り戻していました。


「どうなってるの、これは……?」


 もしかして……魔物の仕業?

 クルス様が心配です。私は急いで家へ戻り、ドアを開けました。


「クルス様、大変です!」

『リズ、そんなに乱暴にドアを開けたら駄目って言ったでしょ?』


 そんな……。

 この人は私の────。


『ほら、晩御飯もできてるから、早く手を洗って来なさい』

「お母さん……、なの……?」


 そういえば、さっきから目線の高さがおかしい。

 気が付けば、私の体はまるで子供の頃のように小さくなっていました。


 これは何?

 私は……夢でも見ているの?



 お母さんも、町の人達も、みんな魔物に殺されたはず。

 まるで全てが五年前に戻ったかのように……そんなことがあるはずない。

 これはきっと、魔物の見せる幻術か何かです。


『リズ、もうお父さんも帰ってるわ。すぐに夕飯の支度するからね』

「お父さん……?」


 お母さんと話していると、そこへ誰かがやってきました。


『外は寒かったろう。リズ、お転婆なのは良いがほどほどにな』 


 眼鏡をかけ、いつも笑顔で優しそうに私を見つめる男性。

 間違いなくお父さんだ……。


『今日はシチューにしたからね。ほら、ジャガイモのシチューよ』


 お母さんに抱えられて鍋を覗くと、そこにはグツグツと煮えた私の大好きだったジャガイモのシチューがありました。


「お母さん……」

『どうしたの? リズ』

「私も手伝います。何か私にもできることはありませんか?」

『うん。偉いわね、リズ』


 お母さんはできたてのシチューを運びました。私は食器をテーブルへ並べて行きます。

 テーブルの上のバスケットには、硬めのフランスパン。


 恐る恐る食べてみると、あの頃の懐かしい味がしました。


「美味しい」

『ふふっ、リズに喜んでもらえて良かったわ』


 お母さんは、優しく微笑みながら言いました。


『ご飯を食べたら、久しぶりにお父さんと湯浴びでもするか?』

『あなた、リズだってそろそろ年頃なんですよ』


 両親の談笑を見ながら、私も自然と笑顔が零れていました。


 もう、これが夢や幻でもいい。

 こうして、亡くなった両親とまた会えたのだから。

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