働きアリだった私は、異世界の人間の町娘へ転生しました。

第42話 土を司るもの

「【ウィストモス】───」

　光が膨れ上がり、それは巨大な姿を照らし出していきました。

　これがウィストモス……土の精霊。

　巨大な腕が壁を突き破り、土の巨人は私を乗せて戦場へと跳び出しました。

　その巨体は屈んでなお、この大きな空洞内の天井の高さまで届いています。

「あれが土の精霊か……でけえなオイ！」

「リズさん！」

　皆さん多少の怪我はありますが、カペルキュモスのお陰で大事には至っていないようです。

「カペルキュモス、ありがとうございました」

『優しき主よ、間に合いましたね』

「はい、あとは私達に任せてください」

「メディマム族の娘よ、それが土の精霊か。　素晴らしい……素晴らしいぞ！」

　あれほど大きく見えた黒毛の魔族が小さく見えました。

　ウィストモスの力を借りれば、きっと魔族にも打ち勝てるはず。

　私は腕輪へと魔力を込めます。

　すると、魔族は跳躍し、こちらへと飛び掛かってきました。

「精霊共を私に寄越せェエエエ!!」

「ウィストモス！　この魔族を攻撃して下さい!!」

『ウォオオオオーーー!!』

　ウィストモスは右腕をはたくように、魔族へと振り下ろしました。

「ぬがァ……ッ!?」

　黒毛の魔族は、ウィストモスの巨大な手のひらに叩き落とされ地に伏せました。

「こんな……こんな物理的な力だけで……。最強の魔族である私を倒せるとでも思っているのかッ!!」

　黒毛の魔族は再び立ち上がり、交差した両手に闇の魔力を溜め始めました。

　そして、その魔力のこもった両手をこちらへと向けました。

「収束した闇の波動だ。精霊といえども、これを受けて無事ではあるまい！」

「そうはさせるか!!」

　クルス様が、魔族に向かって飛び出しました。

「お前から死にたいようだな」

　闇の力を込めたその腕が、クルス様へと向けられました。

　いけない。

　このままでは、あの時のロデオ様のようにクルス様も───。

「ウィストモス！　お願い……クルス様を守って!!」

『心得た』

　ウィストモスは巨大な腕を地面に突き刺しました。

「下等な人間め……虫けらのように死ぬがいい」

　暗黒の波動が、クルス様へ向けて一直線に突き進みました

　瞬間、ウィストモスの巨大な腕がクルス様の前に出現し、その暗黒の波動を受け止めました。

「土の精霊の腕……間近で見るとなんてでかいんだ……」

『魔族よ、私の力は守る力。主の守りたい願いが強ければ強いほど、私の力も増していく』

「こ……この私の最大の攻撃が……こんな、土壁などにッ!?」

　黒毛の魔物は歯噛みして、こちらを睨みつけてきました。

　先程までの冷静さを欠いて、あの魔族にも余裕が無くなってきたのがわかります。

『そして────攻撃こそ最大の防御だ！』

　ウィストモスは巨大な腕を黒毛の魔族の頭上へと叩きつけました。

「こ、こんなもので……ッ!!」

　信じられないことに、魔族は盛り上がった両腕でウィストモスの腕を受け止めました。

　ここにきて、この魔族……なんて力なの!?

「構わないわ！　ウィストモス、そのまま魔族を押し潰して!!」

「ふざけるなっ!!　こんな事で、このキャペル様がやられてたまるかァアアア!!」

　黒毛の魔族は、徐々にウィストモスの腕を押し返してきました。

　まだ魔力が足りないというなら……最後の一滴まで、私の魔力を振り絞ります。

「私は……アリエス様の直属の配下、キャペル様だぞ！　こんなところで……こんな事で、死んでたまるかぁああああ!!」

「くぅ……ううう……!!」

　この魔族をここで倒しておかないと、多くの人々が苦しんでしまいます。

　私の魔力が尽きようとも、負けるわけにはいきません。

『優しき主よ、私の分も魔力を……』

　カペルキュモスが光となり、精霊石へ戻ってきました。

　還元された魔力も全て、ウィストモスへと注ぎこみます。

「ぬ……ガァアアア……ッ!!」

「負けない……負けない……!!」

　キャペルという魔族の力は、私が思っていた以上に強大でした。

　あと少しなのに、私の魔力が完全に潰えようとしています。

　でも、ここで私が諦めてしまうわけには……。

　その時、誰かが私の肩に触れたような気がしました。

　体に……再び魔力が満たされていくのがわかります。

　振り向くと、そこには死んだはずのルドラの姿がありました。

「……ウィストモス!!」

　ルドラから受け取った魔力を、私はウィストモスへ全て注ぎこみました。

『ウォォオオオオ!!』

「こんな……こんな馬鹿なッ……!!　この……私がぁあああああッ!?」

　ウィストモスの腕は、魔族を圧し潰しながら地中深くへと沈んで行きました。

　直後、耳を裂くような断末魔が空洞内に響き渡り、地の底からマグマが噴き上がりました。

「か……てた……？」

『頑張ったな、主よ』

　私一人では負けていた。

　皆さんの力……そして、ルドラの貸してくれた力があったから、あの魔族に打ち勝つことができたんです。

◆◇◆◇

「ルドラ、ありがとうございました」

　ウィストモスの肩から降り、私はルドラの所へ駆け寄りました。

　しかし、彼は物言わぬまま横たわっています。

「そんな……。では、さっき私を助けてくれたのは一体……」

　私達に掛かっていた、ルドラの防御魔法が効力を失い消えて行きました。

「リズさん、お疲れさまだったね」

「クルス様……ルドラがさっき、私を助けてくれたんです！」

「ルドラが？　いや、あいつならリズさんを庇って……。え……？」

「はぁ……。これで、罪滅ぼしのつもりなのかねえ……」

　チキータさんが、横たわるルドラを見て言いました。

「お前は……お前は、あたしが殺したかったんだ。それなのに……っ！」

　チキータさんの瞳には、様々な感情の混じった涙が流れていました。

　掛ける言葉が見つかりません。

　私も……彼女の恨んだメディマム族だったのですから……。

「上級冒険者の私達が、何もできなかったな……これでは、依頼料を受け取るわけにいかない」

「まぁ……なんて言うか、いい経験にはなりましたよ」

「俺はもう、こんな化け物共と戦うのはごめんだぜ！」

　冒険者達は、苦笑しながら言いました。

「【エプリクス】……お願いです」

　私に僅かに残った魔力で、エプリクスを呼び出しました。

「ルドラの遺体を焼いてください」

　エプリクスの火により、ルドラの体は焼かれていきます。

　この人は魔人で、私の母の兄で、この鉱山に居た多くの人々を殺しました。

　チキータさんの幸せを壊したのもこの人です。

　憎まれるべき対象です。

　なのに……なぜでしょう。

　焼かれて行くその姿を見て、私の目からは涙が止まりませんでした。