第41話 精霊の祭壇
カペルキュモスが、私の横に降り立ちました。
『優しき主よ、精霊の波動を感じます。このどこかに、精霊石があるようです』
精霊石……やはり、この鉱山には精霊が……。
その精霊石が土の精霊のものだったとして、この状況では探しに行く事などできるはずもありません。
第一、この広い鉱山のどこに精霊石があるのかだってわからないのですから。
「このままじゃジリ貧だ……フリューゲルさんだっけ、何か手立ては無いか?」
「あるように見えるか? 情けないが、俺達だけではどうしようもない……」
クルス様達ももう憔悴しきっています。
魔族が攻撃を仕掛けてきました。
先程までとは違い、角や爪による攻撃を主に素早い動きで攻めてきます。
「リズさん、僕の後ろへ!」
クルス様のミスリルの剣が大きな音を立てました。
「力だけはなかなかやるな。だが、これでどうだ」
「くっ……」
「クルス様!」
魔族は片方の腕で剣を押し返し、もう片方の腕でクルス様の脇腹を切り裂きました。
「こんちくしょう!!」
バストロンさんの大斧が空を切り、後ろへ回った魔族の爪がバストロンさんの背中を引っかきました。
「カペルキュモス、皆さんの怪我の治療をお願いします!」
魔族の猛攻にチキータさんも回復のフォローをしてくれていますが、攻撃がこのまま続けば私の魔力もどこまでもつかわかりません。
「──【インテンシブ・デオトルネード】!!」
フォニアさんの放った高等魔法が魔族へ放たれました。
魔族はそれを素早い動きでかわし、収束の闇の波動を四方八方へ放ちました。
『皆さん、私の後ろへ』
カペルキュモスの作った水の壁が闇の波動から私達を守ります。
幾つかの波動が水の壁による乱反射で岩肌にぶつかりました。
「手も足も出ねえ……。どうすりゃいいんだ、リーダー!?」
「魔法剣を使おうにも、奴に効きそうなものとなると詠唱に時間が掛かる……だが、このままでは……」
魔族がニヤリと笑い、爪をガチガチとこすり合わせました。
このキャペルという魔族……本当に強い。私達だけでは……勝てない……。
「あれは……何だ?」
クルス様が魔法で削られた岩肌の方を見て言いました。
そこだけ不自然に、この鉱山の作りとは違う材質の建造物の一部のようなものが露出しています。
『主よ、あそこです』
あそこに精霊石が……?
「ほう……あんな所に祭壇が。土の精霊は、私が貰い受ける!」
魔族は、私達を置いて駆け出そうとしました。
『行かせるとお思いですか』
カペルキュモスの指先から放たれた水でできた刃が、魔族の行く手を遮りました。
魔族が避けた先の岩肌が、斜めに切り裂かれていました。
「邪魔をしおって……」
突如、キャペルの全身が膨れ上がりました。
体が膨張したその体は、巨大な黒毛の魔物へと変質していきます。
感じ取れる魔力も先程までより上がっていくのがわかります。
『優しき主よ。ここは私達が食い止めます。今のうちに祭壇へと向かい、精霊を呼び覚ますのです』
「リズさん、ここは僕らに任せるんだ!」
クルス様とカペルキュモスは、魔族への攻撃態勢に入りました。
冒険者達も、それに呼応するかのように武器を構えます。
「リズちゃん……あたしも戦うわ!」
「チキータさん……でも……」
チキータさんも剣を持ち、私の前へ立ちました。
『この者達は、盟約に誓って死なせはしません。優しき主よ、早く!』
「……皆さん……絶対に死なないでください!」
私はその場を離れ、駆け出しました。
追いかけようとした魔族を、全員が食い止めます。
戦闘音が空洞内に響きました。
私は振り向かず、急いで祭壇を目指します。
ここで振り向いて立ち止まってしまったら、皆さんのせっかくの努力が無駄になってしまいます。
壁をよじ登り、隙間から祭壇のある建物へと入りました。
私は必ず土の精霊を連れて、すぐに戻ります。
だから……どうか、皆さん無事でいて下さい。
◆◇◆◇
建物の内部は、土壁で閉ざされているため真っ暗です。ブライトニングで照らしながら進みます。
長く続く階段を急いで上ると、その先に祭壇のようなものが見えました。
あそこに土の精霊が……。
駆け上がろうとして、突然魔力の大幅な減少に足が取られました。
これは、カペルキュモスによる魔力の減少です。
それにより一瞬ふらついてしまいましたが、私がここで倒れるわけにもいきません。
こうしている間にも、皆さんが必死にあの恐ろしい魔族と戦っているのだから。
急いで土の精霊を連れて戻らなくては────。
祭壇の周りには、禍々しい魔物のような彫像が置かれていました。
中央に杯状のものがあり、そこに装飾の施された腕輪がありました。
これが、土の精霊石……?
『私に何の用だ、メディマム族の娘よ……』
手を触れようとした瞬間、低い声が頭の中に響きました。
「あなたが土の精霊……お願いです! あなたの力を私に貸して下さい!」
『私はもう戦い疲れた。争いの道具に利用するつもりならば、ここから立ち去るがよい』
精霊石が淡く光ると、どこからか現れた巨大な土の手が出現しました。
それは壁となり、私の前を遮りました。
「強大な魔族から大切な人達を守る為に、あなたの力が必要なんです! お願いします!」
土の精霊からの言葉はありません。
このままでは、あの魔族にみんな殺されてしまいます……クルス様だって……。
そんなの……。
『土の精霊よ……我が主は、今まで我々を利用してきた者達とは違うぞ』
『その声……火の精霊か?』
指輪の精霊石が淡く光っていました。
エプリクス……いつも私の為に守り、戦ってくれる火の精霊……。
『我が主は、人々を脅威から守る為に我ら精霊を使役している。精霊の力を破壊や戦争……私利私欲の為に使った事など、一度たりとも無い』
「エプリクス……」
『ふむ……お前がそうまで言うとはな……』
私を遮っていた土の壁が崩れていきました。
そして、祭壇に飾られていた土の精霊石が浮かび上がり、淡い光は次第に強さを増していきました。
『メディマム族の娘よ……名はなんという?』
「私はリズと言います」
『お前の願いを、今一度言うがいい』
「私は……大切な人達をもう死なせたくない! お願いです! 私に、皆さんを守れる力を下さい!」
精霊石は光り輝き、その光は私の右腕に注がれました。
そこには、祭壇にあった腕輪が────。
『お前ならば……。我ら精霊を、過去の呪縛から解き放ってくれるのかも知れん』
右腕の精霊石が、強く光り輝きました。
『メディマム族の娘よ。私はお前と【盟約】することにしよう。さあ、私の名を呼ぶがいい』
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