第8話 国境を越えて
翌朝、私は騎士様に聞いた集合場所へ行きました。
そこには、騎士様を含めて数名の人影がありました。
ディア様もお目覚めになられていたようです。
「リズ、来てくれたのか」
「はい。私にもぜひお手伝いさせてください」
不安もありますが、私なりに考えた結果です。
もう私には帰る場所はありません。お父さんもお母さんも死んでしまい、初めての友達も亡くしてしまいました。
せめて、少しでもディア様のお役に立ちたい……そう思ったのです。
「リズ……あなたのご家族のことや、マリーのこと、ゼラの町のことはロデオから聞きました。国の権力争いに巻き込んでしまい……何とお詫びしたら良いか……」
ディア様は私に頭を下げました。
やめてください……ディア様だってご両親を亡くされたのです。
この方は、ご自身がそうであるにも関わらず私の事も気遣ってくださるのですね……。
「私のこの命を、ディア様の為に捧げます」
「リズ……ありがとう。でも、まだ幼いその命を、決して粗末にはしないで……」
やはりディア様は、私が仕えるべき“女王様”です。
この方を守る……それがきっと、一人生き残ってしまった私の使命なのです。
コルン王国へは少人数での出発となります。
騎士様──ロデオ様に、護衛の方々を紹介していただきました。
「僕はクルスと言います。騎士団の副団長をやっています」
「俺はレド。たまたまこの国に来ていた傭兵だ。よろしく頼む」
「私はリズです。ヒーラーとして皆さんに同行させていただきます。よろしくお願いいたします」
お二人とも、ロデオ様が選んだ優秀な方々です。
一通り挨拶が済んだところで、いよいよコルンへ向けて出発となりました。
ロデオ様が馬車を引いてきました。
私達は、それに乗り込みます。
◆◇◆◇
コルンへの道中、様々な魔物が襲いかかってきました。
街道が整備されていないところは、野生の魔物が多く棲息しています。
ロデオ様を始め護衛の方々は、凶暴な魔物に屈することなく次々と薙ぎ払って行きます。
その際に生じた怪我などは、私がヒールで治癒を行います。
「ディア様、馬車の中は不便ではありませんか?」
「気遣ってくれてありがとう、ロデオ。私なら大丈夫です。それより先を急ぎましょう」
コルンまでは、夜通しで進んでも丸二日ほどかかるそうです。
途中に町があるということですので、今夜はそちらに泊まります。
「しかし……ここ最近、魔物の数が異常じゃないか?」
レド様が言うには、このところ急激に魔物が多くなったとの事です。
もともと魔物自体は世界中に棲息していましたが、その動きが以前より活発化しつつあるそうです。
「まぁ、傭兵の俺には悪くない話ではあるのだがな」
「僕は勘弁して欲しいですね。魔物が増えれば生態系も崩れる」
この世界には魔物以外にも普通の生き物が生息しています。
私がアリだった頃の世界と同じような動植物は、どうやらこの世界にも存在しているみたいです。
「ここを抜ければコルン王国との中間にある町が見えてくる。武器なども必要があればそこで揃え直そう」
馬車はやがて、荒野のような場所に差し掛かりました。
植物はほとんど生えておらず、ところどころに枯れた木々が見られます。
「ディア様、少し馬車内が揺れますのでお気を付けください」
「大丈夫です。構わず進んでください」
荒れた地面から露出した岩が、馬車を大きく揺らします。
私は平気ですが、ディア様は少し苦しそうです。
ヒールを掛ければ、少しは辛さが軽減されるのでしょうか?
「リズ……いくらあなたがヒールをしてくれても、こればかりはどうしようもないわ……ウプッ、失礼……」
「そうですか……お役に立てずに申し訳ありません」
ディア様はとても辛そうです。
代われるものなら代わってさしあげたい……。
こういう時に、効果がある魔法は無いのでしょうか?
とりあえず、今の私にできることは、ディア様のお背中をさすることだけです。
これでも少しは良くなるそうです。
◇◆◇◆
順調に進んでいた矢先のことです。
何か大きな音が聞こえたと思った途端、馬車が大きく傾きました。
「何事だ!?」
突然、片側の車輪が大きく沈みました。
道が荒れていたとはいえ、ロデオ様はそこまで酷く荒れた場所は通っていないはずです。
レド様は斧を構え、外に飛び出します。
「これは……まずい! アントライオンの巣だ!」
何事も無かった地面が、突如としてすり鉢状の形に変わっていきました。
車輪はどんどん沈んでいきます。
この光景……どこかで……?
「キャアア!!」
「レド、クルス! 馬車を引いてくれ!」
ロデオ様は馬車にロープを巻きつけると、レド様とクルス様へそれを投げました。
二人が引っ張ると、馬車はなんとか脱出することができました。
レド様もクルス様も、とっても力持ちなのですね。
安堵したその時────せっかくの食事を邪魔された巨大な魔物が、そのすり鉢状の中心から出現しました。
「あれは……あの時の悪魔────!?」
そこに居たのは、アリだった頃の私を殺したあの悪魔です。
巨大な顎をカシカシと鳴らし、私達を威嚇してきます。
「こいつは……一度目を付けるとどこまでも追ってくる厄介な魔物だ。ここで倒すしかない」
馬車を安全な場所へ退避させ、ロデオ様も悪魔と対峙します。
「ロデオ……大丈夫かしら」
ディア様は心配そうに外を見つめます。
「リズ、あなた震えてるの?」
「いえ……大丈夫です……」
私の脳裏に、あの時の記憶が蘇りました。
アリだった頃の……私の最期の時────。
無慈悲なまでの巨大な顎は、私を軽々と噛み砕きました。
その顎が……今度はロデオ様達を襲っています。
まさか、この世界で再びあの悪魔に遭遇するとは思いませんでした……。
「ぐあっ!」
悪魔の顎がレド様の腕に突き刺さりました。
そして、悪魔はそのままレド様を持ち上げて、軽々と放り投げます。
「大丈夫か、レド!」
「いてて……こいつ、凶暴化してやがる……」
クルス様も悪魔に斬り掛かりますが、硬い体はその剣を跳ね返してしまいます。
どうしたら……私はどうしたらいいのでしょう……。
「このままでは、ロデオ達が……」
「ディア様……しばらくこちらでお待ちください」
「リズ、どこへ行くの!? 出て行っては危ないわ!」
私は、ディア様の制止を振り切り馬車を飛び出しました。
あの悪魔は怖い……けれど、このままではロデオ様達が危険です。
「ロデオ様!」
「リズ、ここは危険だ! 馬車に避難しているんだ!」
悪魔を倒さなければ、先へは進めないんです。
ロデオ様も、クルス様も、レド様も、あの悪魔になす術がないまま押されています。
このままでは、私達はここで全滅してしまいます。
私は、あの獰猛な悪魔を見上げました。
そして、指輪を付けた腕を前へと掲げます。
お願い……ディア様と騎士様達を助けて!
私は再びあの名を叫びました。
「【エプリクス】!!」
指輪から光が生じ、エプリクスが現れました。
私の体からは、大きく魔力が吸い取られていきます。
めまいを起こすほどの倦怠感を振り払い、私はエプリクスに向けて言いました。
「……エプリクス、あの悪魔を攻撃してください!!」
『
私の願いに呼応するかのように、エプリクスの体が炎で燃え盛りました。
それは、まるで巨大な竜のように見えました。
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