第9話 悪魔との戦い
エプリクスを挟んで、悪魔の姿を見据えます。
怖い……私はやはりあの悪魔が怖いです……。
でも、このままでは皆さんがあの悪魔にやられてしまいます。
ディア様と騎士様達を守るため、私はこの恐怖に打ち勝たなくてはいけません……!
エプリクスを呼び出すことができたのは幸いでした。
【盟約】などに関しては、まだわからないところも多く、再び呼び出せる保証など無かったのです。
魔力ももってくれて良かった……エプリクスの力無くしては、あの悪魔に立ち向かうことなどできません。
悪魔は私とエプリクスを見て、大きな顎で威嚇を続けています。
「お、おい、アレは何だ!?」
「リズの使役する精霊魔法だ! 動けるか、いったん離れるぞ!」
ロデオ様はレド様を連れて、悪魔との距離を取りました。
「キシャアア!!」
悪魔が叫びながらこちらへ向かって来ました。
その強大な顎で、エプリクスに噛み付こうとしています。
『
エプリクスは顎を尻尾で薙ぎ払い、そのまま返す尾で悪魔を真上から叩き付けました。
「カシィイイ……!」
悪魔は再び、警戒をするように私達から距離を取りました。
そして、地面へと潜り始め姿を消しました。
「どこへ行ったの……」
もしかして逃げたのかもと思いましたが、どうやらその考えは甘かったようです。
次の瞬間、私の足元がすり鉢状に広がり始めました。
「これは……吸い込まれて身動きが取れない!?」
『主よ、我が尾に捕まるのだ』
エプリクスの尾に捕まり、私は脱出を図りました。
しかし、穴はどんどんと広がり中心へ向けて流れ込んでいきます。
その中心には、あの悪魔が待ち構えているのです。
あの時の恐怖が脳裏に蘇ります────怖い…………! 怖い!!
嫌だ……もう噛まれて死ぬのは嫌だよ……。
『主よ、気をしっかり持つのだ。我と主との【盟約】は主の精神状態と魔力に左右される。このままではあの魔物の思う壺だ』
私の手はガタガタと震え、尾を掴む力も弱くなっていきました。
勝たなくてはいけないのに……皆さんを守らなくてはいけないのに……。
ついに私の手は、エプリクスの尾から離れてしまいました。
「リズさん! 今、助けます!」
クルス様は端に結んだロープを掴んで、吸い込まれていく私に手を伸ばしました。
そして、かろうじて上げた私の腕を掴みました。
クルス様が私を引き上げた瞬間、後ろで顎を勢いよく挟む音が聞こえました。
「大丈夫ですか!? こんなにも震えてしまって……怖かったでしょうに」
「クルス様……ありがとうございます」
悪魔は再び地面に潜りました。
どこからか、また奇襲をかける気なのでしょう。
「とんでもない魔法を使えるみたいですけど、無理はしないでください」
「大丈夫です……まだやれます!」
私は胸に手を置いて、気を落ち着けることにしました。
先程エプリクスも言っていました。【盟約】の力は精神状態に左右されると。
いつまでも過去の恐怖を引き摺っているわけにはいきません。
ディア様を守ると誓ったのですから、ここで負けるわけにはいかないのです。
「一先ずこの場を離れましょう。リズさん、走れますか?」
「はい!」
地面に隠れたあの悪魔は、どこから出てくるのかわかりません。
周囲を見渡し、悪魔の出現に備えます。
「どこだ……どこから出てくる?」
私達はそれぞれの足元を注視していました。
しかし、悪魔の狙いは思わぬ方向へ向かっていたのです。
「キャアア!?」
馬車からの悲鳴……!?
悪魔の流砂は、今度はディア様の乗る馬車へと向けられました。
「ディア様!!」
ロデオ様が駆け寄り馬車が沈むのを押さえます。
「レド、クルス、手伝ってくれ!」
「わかりました!」
「こっちは怪我人だってのによぉ!!」
このままでは、ディア様が……。
また……また、私の大切な人が死んでしまう!
怖がってる場合じゃない……怖がってる場合じゃないんだ!
────あの悪魔をなんとしても倒します!
「エプリクス!」
私の感情に呼応するかのように、エプリクスの全身に炎が燃え盛ります。
その感情は、私に芽生えた初めての怒りの感情。
「あいつは……あの悪魔は、すり鉢状の中心に居ます! 危険かもしれない……けど、そこへ飛び込んで!」
『うむ、わかった』
エプリクスは悪魔の巣目掛けて突撃しました。
あいつが流砂の中心に潜んでいることはわかっているのです。
エプリクスが近付くと、あの強大な顎が流砂から飛び出しました。
「エプリクス! その両顎を掴んで! あなたの力ならできるはず!」
『容易いことだ』
顎はエプリクスの腕に捕まれ、そのまま微動だにしなくなりました。
すると、悪魔は流砂に沈み始め、顎を離さそうとしないエプリクスを沈めようとしています。
「私の魔力を全部使ってもいい……その力でその悪魔を燃やし尽くしなさい!!」
『御意!』
エプリクスの全身から炎が吹き上がりました。
それにより、私の体内の魔力が更に消費されていくのがわかります。
悪魔はもがきながらも、体に燃え移った火を砂で消そうとしています。
「私はもう……お前なんかには負けない!!」
『ウォオオオッ!!』
「グギィィ……アア!!」
顎はエプリクスの燃え盛る腕に砕かれ消滅しました。
悪魔にもう、武器はありません。
弱った悪魔は、私達に向け最後の特攻を試みました。
「エプリクス! とどめを!!」
『ヌォオオ!!』
「ギィィィヤァァァァ!!」
悪魔の全身が燃え広がりました。
再び砂に逃げようとしますが、エプリクスは尻尾と腕で悪魔を捕らえて離しません。
やがて悪魔は身動きを止め、そこには存在があったことを示すだけの消し炭が残っていました。
「や、やった…………やり……ました……」
私の魔力が尽き、エプリクスも消えました。
「リズさん! 大丈夫ですか!?」
「私よりも……ディア様を……」
「もう大丈夫だ! リズ、よくやってくれたな!」
馬車は流砂を脱し、ディア様も無事のようです。
「……良かった……ディア様……」
安心した私の体からは、すっかり力が抜けてしまいました。
そんな私の体を、クルス様は支えてくれました。
「おっと、リズさん! さあ、馬車に戻りましょう。お疲れ様です……頑張りましたね」
クルス様は私を軽々と抱え、馬車の中へと運んでくださりました。
「リズのおかげで、皆無事だぞ!」
「ありがとう、リズ!」
ロデオ様とディア様に褒めていただきました。
ディア様は、私を抱きしめてくれました。
私がアリだった頃に最期に願った願いが、たった今叶ったような気がします。
◆◇◆◇
馬車は再び荒れ地を進みました。
やがて馬車は、アステアとコルンの間にある町、ウィルクへとたどり着きました。
辺りはもう真っ暗です。
「皆お疲れ様だったな、今日はここで宿を取るとしよう」
馬車から降り、私達は宿屋へと向かいます。
「レド様、すみません。私の魔力が不足して治療ができないままで……魔力が戻ったらすぐにでも治療しますので」
「なに、気にすることはねえさ! こんなのは一晩寝たら治っちまうよ! ……いてて……」
ここに辿り着くまでに、私の魔力が回復することはありませんでした。
さすがに限界まで使ってしまった魔力は回復するのにも時間が掛かるようです。
「ディア様、高級な宿はお取りできずご不便をおかけいたしますがお許しください」
「構いませんよ。むしろ、こんな時までいいお部屋に泊まりたいと言うなんて、そんなことできるわけが無いでしょう」
ディア様はいたずらっぽく笑いながら言いました。
泊まる部屋は、男女で別れることになりました。
私は恐れ多くもディア様と同じ部屋です。
高貴な方と同じ部屋に泊まるという事で、少し緊張してしまいます。
「さあリズ、お部屋に行きましょう」
「はい、ディア様」
今夜はここで過ごし、明日の朝にはいよいよコルンへ向けて出発します。
ここに来るまでに様々な魔物に遭遇しました。
この先も、恐らく魔物との遭遇は避けられません。
絶対にディア様を守り、無事コルン王国まで送り届ける────窓から見える夜の景色を眺めながら、私は気を引き締め直しました。
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