第6話 王都陥落

 王都へ続く道は荒れていました。

 幾人かの亡骸が横たわっています。。

 街道を飾る装飾なども、魔物により破壊されていました。


 それにしても様子がおかしいです。

 街道の状態を見る限り、魔物に荒らされて、それほどの時間は経っていないように思えます。

 それなのに、これほど荒れているのに、魔物の姿がまるで無いのです。

 私は今まで、魔物というものを見たことはありません。

 それが、どういう生態をしているのかはわかりませんが、もし魔物が野生動物と似たような類の生き物なら、この辺りにまだ魔物の姿があってもおかしくはないはずです。


 足跡は、およそ一直線に王都へ向けて延びていました。

 おそらく、魔物達は何者かに統率された行動をとっているのではないでしょうか。


 道に倒れている男性の亡骸を見ました。

 この方は騎士様ではないようですけど、その背には大振りの剣を携えています。


 魔物達は、今度は王都に攻め込もうとしています。

 お父さんもお母さんも、ヘレナさんもマリーも……もう、私の大切な人達は帰っては来ません。


 その男性の身に着けていた剣を引っ張りました。

 駄目です……重すぎて、私の力ではびくともしません。

 私は申し訳なく思いながら男性の懐を探り、使えるものが無いか探しました。

 腰に、携帯用のナイフを見つけました。

 ごめんなさい……このナイフをお借りします。


◆◇◆◇


 どのくらい歩いたでしょうか。

 しばらくすると、前方に王都が見えてきました。

 城下町からは、今まさに黒煙が上がっています。

 行こう……私は、ナイフの柄を握りしめました。


 私なんかが行って、何かの役に立てるわけではありません。

 魔物に復讐したい気持ちもありますが、町の大人達ですら敵わなかったのに、私にどうにかできるはずもありません。


 ではなぜ、私はここに来たのでしょう……自分でも、自分の取った行動や思考がよくわからなくなっていました。

 ディア様の身を案じていたとしても、私はあの方には一度会ったきりです。


 でも……その一度きりの出会いで、私はきっとディア様に惹かれてしまったのだと思います。

 いつか大きくなったら、あの方のお役に立てる人間になりたい……そう考えていました。

 それは、私が働きアリから転生した人間だから、女王様の代わりになる何かを無意識の内に求めていたのかもしれません。



 王都に足を踏み入れると、私の住んでいた町と同じように破壊された痕跡が見られました。

 あちこちから町の人達の悲鳴が聞こえます。

 それに混じり、聞いたことの無い鳴き声が聞こえました。

 声が聞こえた場所に駆けつけると、大きな二足歩行の生き物が、親子に襲いかかろうとしていました。


「待ちなさい!」


 私が叫ぶとその生き物は、ゆっくりとこちらを振り向きました。

 二本の角に、大きな牙、大きな爪に獰猛な眼光をしています。 

 これが……魔物……!?


「グルルルル……」


 魔物はこちらを威嚇するように吠えました。

 私は、手に持ったナイフを構えました。


「ここは私が引き受けます! 早く逃げてください!」

「でも……あなたが……」

「大丈夫ですから! 早く!」


 私がそう言うと、親子はこちらに頭を下げ走り去っていきました。


「ガァアアア!!」


 本当に、私は何をしているのでしょう……。

 あの親子を見捨てられず、私に何かできるわけもないのに、ここでこうして魔物に立ち向かってしまいました。

 私のような子供が、こんな大きな魔物に敵うはずもありません。

 ここへ来るまでに魔力は多少回復したとは思いますが、使える魔法はヒールのみです。

 そして、攻撃手段は手にしたナイフのみ。

 もちろん、ナイフをこんな風に扱ったこともありません。


「ここで終わりね……」


 死ぬのがみんなより少し遅れただけ。

 私がこうすることで、あの親子が助かるなら良しとしよう。、

 最期に誰かの役に立てたのなら、それ以上のことはもう何も望みません。

 死に場所が見つかりました。


 私は覚悟を決めます。

 魔物も最初はナイフを警戒してくれていましたが、私が未熟なことを悟ったのでしょう。

 ゆっくりと攻撃の態勢に入ります。


「お父さん……お母さん……マリー……みんな……」


 今更のように体がガクガクと震え、私はもう動くことができませんでした。

 魔物が大きく躍動し、襲い掛かってきます。

 その鋭い爪が、眼前へと迫りました。


「グガァーー!!」


 次の瞬間────。

 魔物は大きな咆哮を上げ……その場に倒れました。


「大丈夫か!? 君は……あの時の!」


 魔物を倒したのは、あの日ディア様の傍にいた騎士様でした。


「騎士様……!」

「話は後にしよう……それより、ここは危険だ! 教会に避難するんだ!」


 騎士様に連れられ、大きな十字架の飾られた建物へと避難しました。


「君が、どうしてここに?」

「町が魔物に襲われて……」

「そういうことか……それではやはり……」


 騎士様は訝しげな表情をしていました。

 今回の魔物の襲撃に、何か思うところがあるようです。


「あの、先程はありがとうございました」


 私が助けようとした親子でした。

 無事に逃げのび、ここへ避難したようです。


「いえ……私自身、こちらの騎士様に助けられましたので……」


 親子は何度も私と騎士様に頭を下げました。


「生き残りは? 君一人だけなのか? あの時、一緒に居た子は……」

「マリーも……私の両親も……町の人達も……私以外は……」

「……すまない」


 騎士様は、一言そう言いました。

 私の大切な人達が死んだのは魔物のせいで、騎士様は悪くありません。

 目から、再び涙があふれてきました。

 騎士様は、困った顔をしながら私の頭を撫でました。


「あの……ディア様はご無事なのですか!?」

「ディア様は……陛下と共に王宮に取り残されている。近衛兵も配備されているはずだが、この魔物の数だ。このままでは陥落は免れないだろう」


 騎士様は、重苦しい表情で言いました。


「既に他の兵や騎士達も救助へ向かっているが、私もこれから王宮へ向かう」

「騎士様……」

「では、私は失礼するよ。君はここに居るんだ……いいね?」


 そう言うと、騎士様は王宮へ向けて駆けて行きました。


「アステア国は終わりじゃ……」


 お爺さんが呟きました。

 避難してきた人達も、みんな狼狽しきっています。


 アステア国が終わる……。

 これで終わるくらいなら、やはり私は……ディア様のお役に立って死にたい!


 私は教会を飛び出しました。

 止める人もいませんでした。

 幸い騎士様達のおかげで、通路に魔物は見当たりません。


 王宮に入ると、魔物達があちこちに切り払われていました。

 魔物には、先程見た二本角の魔物だけでなく、様々な形態の魔物がいるようです。

 階段を昇り進みます。

 すると、騎士様達が魔物と戦っている声が聞こえました。

 その声を頼りに、私は上へと進みます。


◇◆◇◆


「やはりお前だったのだな……」

「この腐った国を改革するには、こうする他無かったのだ」


 騎士様の声が聞こえます。


「お前のせいで、罪の無い人々が死んだんだぞ!」

「改革に死は付きものだろう」


 階段を上がると、騎士様と魔物を引き連れた人物が対峙していました。

 その人物の傍らにはディア様が……ディア様は眠ったように動きません。


 この男が、私の住んでいた町を……大切な人々を……そして、今度はアステア国の人々を……!


「ディアはいただいて行くぞ。こやつは我が后となるのだ。光栄に思うがいい」

「そうはさせるか! アリエス!」


 騎士様は斬りかかりましたが、大きな魔物が邪魔をします。

 他の騎士様達も、周りの魔物に押されています。


「魔法を持たぬ貴様らが、私に勝つことはできぬよ」


 アリエスと呼ばれた男の掌から魔法が形成され、大きな火炎となって騎士様を襲いました。


「こんなもの!」


 騎士様は、剣で火炎をなぎ払いました。


「ふむ……では、これでどうかな?」


 男が指を鳴らすと、騎士様の真上に魔法陣が現れました。

 そこから雷光が放たれ、剣を構えた騎士様に襲いかかりました。


「ぐぁあああ!!」


 雷光をまともに受けた騎士様は、とうとうひざを付いてしまいました。


「さしもの騎士ロデオとは言え、これは避け切れなかったようだな」

「ぐぅううう……!」


 騎士様は立ち上がろうとしますが、動けないようです。

 このままでは……。


「では、お別れだ」


 男の掌に、再び魔力が充填されていきます。


「騎士様!!」


 私はその場に飛び出しました。

 そして、ヒールを騎士様に……お願い、間に合って!


「何だこの小娘は? まぁ良い、まとめて死ぬがいい」


 先程の火炎よりも更に大きな炎が迫ってきます。


 騎士様を守れば、きっとディア様を助けてくれる。

 この男を倒してくれる。

 そう思い、私は両手を広げて騎士様の前に立ちました。


「……やめ……るんだ!」

「騎士様……ディア様を必ずお救いください!」


 荒れ狂う炎が目前まで迫り、私は覚悟を決めました。



『────指輪を引継ぎし者よ、我と【盟約】するのだ』



 声……誰の声……?

 その時、お母さんの形見の指輪から眩しい光が発せられました。

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