第3話 王女様とお付きの騎士様

 マリーと友達になって五年ほど経ちました。

 人間になってから、驚くほど月日が経つのを早く感じます。


 私はすぐにでも働きたいのですが、お母さんがそれを許してくれません。

 少しだけお母さんのお手伝いをさせてもらって、我慢しています。


 お母さんも、ヘレナさんも、子供のうちは遊ぶのが仕事だというので、私は今日もマリーと一緒に遊んでいます。


 マリーと一緒に丘の上の草原へ来ました。ここは春になると蓮華の花が咲き乱れます。

 とても綺麗な綺麗な花畑です。

 私は早速、お母さんに教わった花の冠を作ることにしました。

 花を編み、円環に束ねていきます。マリーも見よう見真似でがんばっています。


「マリー、もっと長い茎で作らないとうまく編めないよ」

「むずかしいよ~」


 苦戦するマリーを見て、人間の子供って本当に可愛いなって思いました。

 顔をしかめているマリーも可愛いのですけど、なんだか可哀想なので、そろそろ作り方を教えてあげることにします。


◆◇◆◇


「はい、これはマリーにあげる」

「わー、リズ、ありがとう!」


 マリーは私の作った花の冠をかぶって大喜びです。


「リズにもあげるね!」

「ありがとう、マリー」


 マリーから、作り立ての花の冠を貰いました。

 少し形は歪ですけど、マリーが一生懸命作ってくれたものです。

 これは、私の一生の宝物にします。


 空を見上げると、のどかで良いお天気です。私はお花畑に寝転びます。

 雲がゆっくりと流れていきます。


 働きアリだった頃は、こんな風にゆったりと空を見ることはありませんでした。

 いつの間にか、マリーも私の横に寝転んでいます。


「リズは、いろんなことを知ってるんだね」

「そうでもないよ。世の中はまだわからないことや不思議なことがいっぱい……」


 人間のことも、私にとっては、まだまだわからないことだらけです。

 人間の母親は女王様ではありません。そして、アリのように子をたくさん産むこともないみたいです。

 お父さんとお母さんがずっと一緒にいることも、私がアリだった頃には考えられませんでした。

 種族が違うと文化も全然違うんですね。


 そろそろ町に戻ろうかと思ったその時、遠くから複数の足音が聞こえてきました。



「誰か来たみたい……。マリー、隠れましょう」


 私はマリーの手を引っ張って木陰に隠れました。

 私達の住むこのゼラの町は、平和な町ではありますが、人間には子供をさらっていく悪い人間もいると聞きます。

 マリーもいる以上、用心するに越したことはありません。



「まぁ、綺麗なお花畑!」


 そこへ現れたのは、どことなく高貴な雰囲気の漂う少女でした。

 私達よりも少し背格好が大きいです。年上の方でしょうか?

 一面の蓮華の花畑を見て、両手を広げてクルクルクルと回っています。

 そして、その少女の傍らには剣を携えた騎士様が控えています。


「綺麗なお姉さんだー」

「あ、マリー、待って!」


 マリーは二人のところへ走って行ってしまいました。

 昔はあんなに人見知りだったのに……私もマリーを追いかけます。


「あら、あなた達は?」

「わたしはマリーって言います!」


 追いついた時には遅く、マリーはもう元気いっぱいに、その方に挨拶をしていました。

 悪い人達でも無さそうですし、私も挨拶をしておきましょう。


「私はリズです。この近くにあるゼラの町に住んでいます」

「ただの町娘達のようですね」


 騎士様も警戒を解いてくれました。

 この方も、どこか高貴な感じがします。貴族の方でしょうか?


「うふふ、二人とも丁寧にありがとう。私はディア。このアステア国の王女です」

「「お姫様!?」」


 どおりで高貴な感じがすると思ったら、この方は王女様だったのですね。

 騎士様は、困った顔をしています。あまり素性は言わないほうが良かったのでしょうね。


「ディア様……あなたは、もう少し警戒心を持ってください……」

「こんな可愛らしい子供達だもの。そんな心配は無用です」


 ディア様はそういうと、マリーの頭を撫でました。マリーはディア様に撫でられて大喜びです。

 この方が人間の、私達の国の王女様……。ディア様は、慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべました。

 

「ディア様は、どうしてこのような場所に来られたのですか?」

「政務の帰りに立ち寄ったの。こんな綺麗な場所があるなんて驚きました」


 王女様ともなれば、私達と同じ子供という立場であっても、いろいろと忙しいみたいです。

 ディア様が働いていらっしゃるのに、私はこんなふうに遊んでいて本当にいいのでしょうか?。


「あなた達、その冠自分で作ったの?」

「リズが教えてくれたんだよ!ディア様も作りたい?」

「マリー、王女様に失礼ですよ」


 好奇心旺盛なマリーは、ディア様にすっかり懐いてしまったようです。

 ディア様のマリーの頭を撫でる速度が上がっていきます。

 少しだけ、マリーがうらやましい……。


「そうね……私も作ってみようかしら! リズ、私にもその冠の作り方を教えてちょうだい」

「あ、はい」


 まさか、王女様に花の冠の作り方を教えることになるとは思いませんでした。


「これでいいのかしら?」

「はい。あとは同じように繰り返して編んでいくだけです」


 ディア様は物覚えが速く、すぐに作り方を覚えていきました。

 この方、凄く器用です。

 人間の王家の方は、やっぱり普通の人よりも凄い能力を持っていらっしゃるのですね。


 やがて、ディア様は綺麗な花の冠を作り上げました。

 そして、それを私達がしているように頭にかぶりました。


「ディア様、にあってるね! まるでお姫様みたい!」

「ありがとう、マリー。これでも一応、私、王女なのよ」

「もー、マリーったら……」

「ディア様、そろそろ行きませんとお父上が心配されますよ」

「わかってるわ。そろそろ行きましょう」


 騎士様に促されて、ディア様は立ち上がりました。

 王女様と一緒に過ごせた時間は、あっという間でした。マリーも寂しそうです。


「リズ、マリー、ありがとう。二人に会えて、とても楽しかったわ。またお会いしましょう」

「ディア様、お気をつけて」

「ディア様、またねー」


 ディア様は、お付きの騎士様と一緒に丘を降りて行きました。

 私達のような庶民が、王女様に簡単に会えるとは思えませんが、まるで友達のように接してくださったディア様に、私も心惹かれるものがありました。


「リズ、またディア様に会いたいね」

「うん、そうだね」


 私達も、遅くなる前に町へ戻ります。

 ここは、まだ町の敷地内ですので大丈夫ですが、町のはずれにある森には魔物が棲むと、お母さんから聞きました。

 夕暮れになる前に戻らなければ、心配をかけてしまいます。


 家に帰った私は、今日あったことをお父さんとお母さんに話しました。

 二人とも驚いていましたが、王女様の名前を言うと信じてくれたみたいです。


 この町は小さな町ではありますが、真っ直ぐにのびた道は、アステア国の城下へと続いているそうです。

 大きくなったら、いつか城下町の方へ行ってみたいと思います。


 そして、いつか、ディア様の為に働きたい──そう思いました。



……

…………

………………



 それから更に三年ほど経過し、私は十歳になりました。

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