第4話 崖の上の綺麗な花
明日はお母さんの誕生日です。
お母さんは、私の誕生日になるといつも美味しいケーキを焼いてくれます。
私も今年こそは、お母さんの誕生日に、何か素敵なプレゼントを贈りたいと思っていました。
「お母さん、誕生日に何かほしいものはありますか?」
「リズが元気に育ってくれることが、お母さんにとって一番のプレゼントよ」
「そうじゃなくて……」
お母さんはそう言って、私の頭を優しく撫でました。
私がもっと大きかったら、働いて、お母さんに素敵なプレゼントを買ってあげるのに……。
「子供のうちはね、そんなこと考えなくてもいいのよ」
「早く大人になりたい……」
お母さんの指には、赤く光る綺麗な指輪がありました。
ヘレナさんも指輪を付けていましたし、きっと人間の大人の女性は、こういった綺麗なものが好きなんですね。
綺麗なもの……そうだ、綺麗なものと言えばお花です。
お花なら、子供の私にも用意できそうです。
「ちょっと遊びに行ってきます!」
「日が暮れる前に戻るのよー」
勢いよく家を出たところで、ちょうどマリーと会いました。
マリーは、私を見ると笑顔で駆け寄ってきました。
「リズ、どこ行くの?」
「丘の上にお花を探しに行くの」
「わたしも付いて行っていい?」
「うん!」
私とマリーは、丘の上を目指して駆け出しました。
◆◇◆◇
蓮華畑の季節は過ぎ、丘の上は草原が広がっていました。
見渡す限りの緑です。これでは、綺麗な花は見つからないかもしれません。
「お花、無さそうだねー」
「でも、根気よく探せばどこかに咲いてるかも」
ここで諦めるわけにはいきません。
私は、何としてもお母さんに綺麗な花を贈るんです。
しばらく辺りを探しましたが、やはり綺麗な花は見つかりませんでした。
マリーは、もう飽きてしまったみたいで、草笛を鳴らして遊んでいます。
「リズ、これは?」
マリーの指差す方を見ると、どこにでも生えているような小さな花がありました。
庭でもよく見かける小さな草花です。さすがにこれでは……。
「もっと大くて、綺麗な花がいいの」
「そっか、残念……」
もうすぐ日が暮れてしまいます。
残念ですけど、今日は諦めるしかなさそうです。
「マリー、付き合ってくれてありがとう。そろそろ帰りましょうね」
「うん、帰ろうね」
早く大きくなって、働けるようになったら、大好きなお父さんとお母さんにプレゼントを贈りたいです。
人間って、いったい何歳になったら働けるようになるんでしょうか。
そんな事を考えながら、ふと見上げた崖の上に、今まで見たこともないような綺麗な花を見つけました。
「マリー、あれ!」
「凄い! 綺麗な花だね!」
何という名前の花かはわかりませんが、あれならきっとお母さんも喜んでくれます。
でも、その花が咲く場所は切り立った崖の頂上でした。
私のような子供では、とても取りに行くことはできそうもありません。
「あそこに行くのは、大人じゃなくちゃ無理だね」
「そうだね……」
もう少し、低い場所に咲いていたら良かったのに……。
後ろ髪を引かれる思いで、私達はその場を後にしました。
◇◆◇◆
翌朝になりました。
いよいよ、お母さんの誕生日です。
一晩中考えましたが、やはりあの花をお母さんへ贈りたいという想いは変わりませんでした。
でも、あの花が咲いているのは危険な崖の上です。
心配を掛けたくありませんので、お母さんやマリーにも内緒で、一人で行くことにします。
私は早速準備をすると、丘の上へと向かいました。
再び見上げた崖の上に、あの花は咲いていました。
大丈夫……きっと大丈夫。
私には、奥の手があるのです。
早速岩場に手を掛けて、よいしょ、よいしょと登ります。
人間の爪は、私がアリだった頃と比べてずいぶんと脆いようです。
爪の先を見ると、先が割れて血が滲んでいました。
私はお母さんに習った【ヒール】を、自分の爪に掛けました。
爪先から痛みが消え、これでまた、がんばることができます。
再び、崖を登ります。
もう少し、あと少しで頂上です。
綺麗な花までもう少し……上を見上げると、少し雲行きが怪しくなってきました。
もう少し、もう少しなのに、空の色は今にも雨が降りそうです。
そうなってしまったら、非力な今の私では、この崖を登ることはできなくなってしまいます。
急いで登らなくては……私は少し痛む爪の先を気にせず、先の岩をつかみました。
しばらくして、ようやく綺麗な花の咲く場所に来ることができました。
手を伸ばし、お花を摘んで用意してきた袋の中に入れます。
良かった……上手く行きました。
これで、お母さんも喜んでくれますね。
あとは、この崖を下るだけです。
花の咲いていた場所は、かなり高い場所です。
風がビュービューと、私の体を打ちます。
下を見てはいけません……上を見ながら慎重に斜面を下りましょう。
◆◇◆◇
時間は掛かりましたが、なんとか無事に崖を下ることができました。
袋の中を確認します。
お花も無事なようです。
お母さんの喜ぶ顔を想像したら、思わず笑みがこぼれてしまいます。
そうだ、この爪……お花を取ることに夢中で、自分の爪のことすっかりを忘れていました。
見ると、指の先は皮もめくれてボロボロです。
もう一度、【ヒール】を掛けます。
もし怪我をしたまま帰ったら大変です。
せっかくプレゼントを用意したのに、心配したお母さんに叱られてしまいます。
服は少し汚れてしまったけど、これで爪も指も元通りです。
さあ、おうちに帰りましょう。
もうすぐです。
もうすぐ大好きなお母さんに、プレゼントを贈ることができるのです。
私は、綺麗な花の入った袋を大事に抱え、駆け足で丘を下りました。
そして、空の色は、どんどん暗さを増していきました。
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