魔導師の証明

潮 かお

第1話 魔導師の存在

 


「ここまで来たら、もう逃げ場はねえな。大人しく、魔法証まほうしょうを渡した方が身のためだぞ」


「う、くぅ…っ」



 仁科四季にしなしきは、激しく痛む腹部を押さえて踞っていた。彼の整った顔立ちは、苦痛に歪んでいる。


 ほとんど人も通らない、街灯の少ない裏道。不良のたまり場がそばにあり、急いでいるときの時間短縮で利用する程度の道だ。今日は運悪く、そこで一人の男と出くわしてしまった。


 特に、緊急の用事があったわけでもない。ただなんとなく、たまには別の道から帰ろうかと思っただけだ。それがこんなことになってしまうとは、想像もしていなかった。なにせ、四季に絡んだ相手は、単なる不良ではなかったのだから。



「あのさあ、何度も言ってるけど、魔法証なんか、持ってるわけないから。俺は、至って普通の人間なんだよ。非力で平凡な一般人なんだ!お前ら魔導師の事情に、巻き込まないでくれよな…」



(なんなんだよ、なんで俺が、魔導師に狙われなきゃならないんだ!)


 腹部が焼けるように痛む。いや、文字通り、炎を纏った燃える拳が叩き込まれたのだ。内臓まで焼かれてしまったのかというくらいに、苦しい。腹部を押さえ、いきなりの状況に困惑するしかできずにいる四季が、どうして狙われることとなったのか。それは、予期せぬ疑いをかけられたからだった。



「お前なあ、この状況で言い逃れられると思ってんのかよ」

「あーもう!だから!俺は魔導師じゃないんだよ!なんで信じないかな!どうしたらそう見えるのか、ぜひ聞かせてほしいくらいだよ!」



 魔導師。四季を攻撃した金髪の男は、魔法を使うことのできる、魔導師だった。四季を攻撃した燃える拳も、もちろん魔法の一種だ。



 世界には、いつからか、魔法が存在していた。


 生まれつき使用できるものもいれば、後天的に発生することもある。魔法を使えるもの、魔導師は、魔法証と呼ばれる魔力の塊の宝石を、体内に宿している。金髪の男も、四季のそれを狙っていた。



 魔導師には階級があり、自身で鍛練するほか、他の魔導師を殺す、もしくは魔法証を奪うと、その階級は上がっていく。


 そのため、力の弱い魔導師は魔法を使えることを隠していることが多いのだ。金髪の男は、四季をその、魔力を隠した魔導師だと見当をつけ、階級を上げるために攻撃したのだった。



「はあ?お前まさか、魔導師じゃないって、本気で言ってるのか」

「めちゃくちゃ本気。嘘偽りなく、ただの人間だって。残念だけど」



 しかし四季は、金髪の男の予想とは異なり、魔導師ではなかった。魔法とはなんら関わりのない、一般人だ。



「怪しいと思ったんだがな。俺の勘は良く当たるんだ。まあ、ここまでしてなんの反応もねえんだから、普通の人間か」

「うおっ」



 下卑た笑いを浮かべる金髪の男は、踞る四季の頭を踏みつける。


 魔法証は、心臓のそばにある、直径五センチほどの石だ。持つものの身が危険にさらされると、体外に放出される。その徴候が見られないので、金髪の男は、四季は魔導師ではないと判断した。



「さっきから言ってるだろ。俺なんか狙ったって、意味がないって……。なので、その頭上の足をどけてくださいませんかね」

「ただの人間を倒したところで階級は上がらねえが、暇潰しくらいにはなるだろ」

「ふざけろっ!暇潰しなら他にもあるだろうが!もっと有意義な趣味でもみつけろ!俺のためにも!」



 あまりの勝手な言い分に、地面に踞りながらも、男を睨みあげた。魔導師でもなんでもない四季である、男に魔法を使われてしまえば、サンドバッグになるしかない。



「最近、魔法証が赤い魔導師が現れたらしいんだよ。そいつを狙ってるんだが、なかなか当たらねえな」

「あ、赤……?」



 やっと足をおろしたかと思うと、男は舌打ちをしてぼやく。


 魔法証といえば、青い宝石であると聞く。四季は、実物など見たことはなかったが。





「そいつを倒せば、一気に階級が上がるって噂だ。ま、そいつの存在すら信憑性は薄いがな」

「そんなレアな存在が、俺なわけないから。ありえねー。…ってことで、もう解放してくれ」

「解放ねえ…その前にくたばりそうだがな」

「う、るせえ…っ、誰のせいだよ」



 顔や鳩尾などにも何発かくらってはいるが、腹部の痛みは一層酷く、意識が白んできた。悪態をつくために口を動かすのも難しくなってくる。魔導師でないとわかったのだから、殺されることはないだろう。願望を混ぜた推測をして、四季は、ゆっくりと目を閉じた。



「ただの人間ってのは脆いな。こいつ、赤い魔法証について知ってそうな気がしたんだが……気のせいか」



(知るわけ、ないだろ…。魔導師の事情なんてっ)


 なおも勝手なことを紡ぐ金髪の男に、もう抵抗する気力などなかった。



「その話、詳しく聞かせろ」

 


 四季の意識がなくなりつつあるとき、いつの間にか、そばに一人の男が立っていた。冷たい顔立ちの、赤い髪の男。同じく真紅の切れ長の瞳は、金髪の男を鋭い視線で射抜いていた。



 

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