花の魔法と画家
星町憩
序章
Episode.1 ある画家の手紙
おちびさんへ
こんにちは、おちびさん。
この手紙が、君の元へと届くとは思っていない。これを書いてしまったら、すぐに燃やしてしまうつもりだから。だから……ごめんね。僕はただ、自分の気持ちに整理をつけたいだけなんだ。いや、違うな。これを書くことで、――への薄れた未練を一度だけ、形にしてみたかった。
おちびさん、僕にとって君は、僕が僕の生涯でずっと、ずっと探していた至上のモデルだったように思うんだ。だってね、僕は、本当に初めて、純粋な気持ちで、君という女の子を絵に描きたいと思った。僕は一度だって、そんな気持ちで絵を描いたことなんてなかったのにさ。
生きているのか死んでいるのかわからないような日々の中で、僕は灰色の絵ばかりを描いてきた。それを君は「――い」と言ったね? それが僕はとても嬉しかった。僕の絵を綺麗だとか、素敵だと褒める人はいても、素直に「――」って言ってくれた人なんて、君が初めてだったんだ。
それは、君がまだ幼いからだと思う。君はこの――でも、笑顔を絶やさない、素直で優しい、そして少しだけ気の強い素敵な女の子だ。君に出会えてから、君が僕にとっての色になった。でもそれは、君の幼さのおかげだと思うんだ。僕はね、子供が大人になる時、どう変わるか知っている。僕だって、昔と今では全くの別人になってしまった。それを恥じたくないと思いながら、苦しいとも思っている。変わってしまう前の君が好きだ。変わってしまった後の君が、僕の――になってくれるか、僕が――のままでいられるか、未来なんて何もわからない。だからふと、今の君を絵にしたいだなんて思いついた。君を描くことが、もう死んでもいいかなだなんて思っていた僕の、最後の――になった。
けれど結局、僕は君の絵を描くことはできなかった。できなかったんだ。これがどういうことか、今の君にはきっとわからないだろう?
僕はきっと、君に出会うまで、僕の周りの全てを深く恨んでいたんだ。自分自身の全てを憎んでいた。だから、僕の描く景色は歪んでいた。僕の描く人だって皆――。僕は僕の絵が嫌いだった。嫌いでたまらなかった。
それを知っていてなお、君を描こうとした僕の浅はかさを許してほしい。僕は、君を描くことが出来たなら、今度こそ色ある世界に戻れる気がした。僕は君を利用したかった。だけどね、やっぱり、もうどうしようもないんだ。僕の手の指の隙間から、色がぼろぼろ零れて混ざり合って、汚い色に染まっていくんだ。
君の時間を僕は――ことなんてできない。僕なんかの絵に――なんて、もう耐えられないんだ。君の絵は君だけのものだ。僕はそれを、いつまでも眺めていたかった。僕に懐いてくれる君の笑顔を、君が与えてくれた時間を、――の中に閉じ込めてしまいたかった。いつか君が僕を置き去りにしたとしても、その絵を見ていれば生きていける気がしていた。でもね、もう、そんなことは、したくない。
君が成長したら、今の君は、いなくなってしまう。今の僕たちの関係は、きっともう、二度と取り戻せなくなるんだろう。だからといって、君を――ことなんてやっぱり出来ない。僕は結局、――の向こう側に囚われていた。いつでも振り返れば色ある世界は広がっていたのに、色のない世界に固執したのは他でもない僕自身だった。僕はどこまでも、――の住人だった。それを僕は、不幸だと思っている。
だからね、
最後に僕は、僕のこの手で、――を描いたよ。
それで、終わりにする。やっとこれで、絵の向こう側に消えていった――に、会える。――に、会えるよ。
さようなら。ありがとう。君に出会えて嬉しかった。僕は未だに壊れたままの人間だけれど、きっと、君と過ごした僕は満たされていたと思うから。
僕のこんな醜い気持ちは、きっとこれからも、君が知る必要はないんだ。だからね、この手紙は燃やすんだ。
さようなら、――。君の笑顔が絶えないことを心から願ってる。
*************
手紙の文字は、擦れて読めない。
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