絡繰模様。
あずみじゅん
第1話
「どうぞ。」
妻が茶を持ってきた。珍しい。どういう風の吹き回しだ・・・?
「顔に、何かついております?」
「いや、何も・・・」
「ジロジロ見ないで下さい、気持ち悪い。」
気持ち悪いって、それはこちらの台詞だ!器量も性格も悪いお前を、ただ家柄がいいというだけで妻に迎え入れた私の気持ちなどわかりもしないくせに!
と言いながら、もう二十年以上妻との仮面生活は続いている。別れられなくなった理由。初めての国政選挙の時だ。妻の実家から多額の援助を貰い、私は当選した。一地方議員、それも小さな市会議員でしかなかった私が、県政を飛ばしていきなり国会議員になれたのは、、どう考えても妻の父親の影響力と金、そう認めざるを得ない。正直、妻には頭が上がらない。
国会議員になった翌年、長男が生まれた。妻に似た、瓜実顔で色の白い、どこも褒めようのない息子が生まれた。しかしこの長男、妻の実家にとっては初孫だということもあり、義父母に大層可愛がられた。孫は目に入れても痛くないというが、本当らしい。この場合の痛くないは金の話だが・・・
更に翌年、長女が生まれた。女の子だと知った時、真っ先に思ったのは「妻には似ないでくれ!」ということだ。その願いが通じたのか、妻には似ても似つかない美しい娘が生まれた。
国会議員としてだけではなく、私は党内でも次第に実力をつけていった。大物議員のコバンザメになったのは将来を見据えてのことだ。ここでも妻は役にたった。しかし・・・
国会議員という激務に加え、青年局の幹部に取り立てられた私は、家に帰る暇すらなくなった。と、同時に、銀座のクラブで知り合った女を愛人にした。お決まりと言えばお決まりだが、その頃の私はまだ三十台後半。男としての欲は当然あり、どこかでそれを満たしたいが妻ではごめん。そんな時その女と出会ったのだ。政治家としてスキャンダルはご法度。とにかく金に物を言わせ女を押さえ込んだ。
それから・・・紆余曲折はあったが子供達も一人前になり、私は政治家になった時抱いた野望を果たした。一国の宰相となったのだ!
「どういう風の吹き回しだ?」
「と、おっしゃいますと?」
「いや、お前が茶を持ってくるなんて有り得ないからな。」
「そうでしょうか?そんなこと御座いませんことよ。」
何が御座いませんだ!普段は頼んだって何もしない女が!
その時、私の脳裏に嫌なことが浮かんだ。暗殺・・・最近、まことしやかに噂されている宰相暗殺・・・いや、まさかな・・・まさかこいつが、そんなこと考えるはず・・・いや、しかし・・・能面のような顔の下にどんな素顔を隠しているのか、まるで見当もつかない。それとも、気付いたのか・・・
「寒いのですか?」
「いや。」
「震えていらっしゃるようですが?」
「まさか!何故私が震えなければならん!」
「・・・さぁ。何か好からぬことでもお考えなのでは?」
「ば、バカなことを言うな!それを言うならお前だろう!」
「わたくしが、好からぬことを?さて、どんなことでしょうか?」
こいつ、やはり何か知っている!
「か、柿崎を呼べ!」
しばらくして公設第一秘書である柿崎が来た。
「お呼びですか?」
「柿崎、例の一件。やれ。」
「畏まりました。」
柿崎の右手には鋭い刃物が握られていた。そう!私は密かに柿崎と結託して、妻の殺害を計画していたのだ!今まで散々コケにしてくれた礼だ、苦しまず死なせてやろう!
ブスッ!・・・
鈍い音がした。と、同時に生暖かい液体が私の身体から流れ出した。
「奥様、これでよろしいですか?」
「ええ、良くやってくれました。」
能面が、笑っている・・・
「か、柿崎・・・お、お前・・・」
「宰相には、大変お世話になりましたからこんなことしたくはなかったのですが・・・奥様にはもっとお世話になっておりますので。」
「い、いつから・・・そんな・・・」
「あなたが銀座の女を囲った時ですよ。」
「そ、そんな・・・前・・・から・・・」
「もういいでしょう。柿崎、止めを刺しなさい。」
「畏まりました。」
ブスッ!
もう一度鈍い音がした。
「ど、どういう・・・こと・・・なの・・・」
「こういうことですよ、奥様。」
「まさか、お前・・・私を裏切って・・・」
その時、部屋のドアが開いた。
「首尾はどう?」
「これでよろしいですか、お嬢様?」
「ええ、これでいいわ。」
「お、お前・・・どういう、つもり・・・だ・・・」
「あなた達が邪魔なの、ただそれだけよ。」
「じゃ、邪魔・・・って・・・」
「さっさと死んで!」
柿崎が、私達に止めを刺そうとした。
ドサッ!
突然柿崎が倒れた。何だ、どうしたというのだ・・・
「お嬢・・・様・・・?」
「これで役者は揃ったわ。柿崎、悪いけど、あなたに全てを背負ったまま逝ってもらうことにするから。」
「・・・?」
「まだわからないの?これは、私が十年以上かけて考えた計画殺人だってこと。」
意味が、わからない・・・
「私はね、あんた達が大っ嫌いなの、邪魔なの、生きていて欲しくないの!だから死んでもらうことにしたの!それだけ!」
それだけでって・・・それで死ぬのか、三人の人間が・・・
「今まで散々いい思いしてきたんだからもういいでしょう。」
「完全・・・犯罪は、成・・・立しません・・・よ・・・」
「大丈夫よ。あんたが書いた遺書、あるから。」
「えっ?」
「タイプライターでこの人達の遺書作るから原稿書いてって頼んだの、憶えてない?」
「あ、あれ・・・」
「そう。あのまんま遺書兼犯罪告白書として使わせてもらうわね。だから!みんなさっさと死んで!」
ここで意識が途切れた・・・私は、私達は・・・
「きゃーーーーーーっ!」
絡繰模様。 あずみじゅん @monokaki-ya
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