イライラ


【妻のターン】


ふぅ……


「どうした、里佳?」


夫が心配そうに私の顔を覗き込む。どうやら、妊娠初期だから、心配してくれているようだ。


「ねえ、修ちゃん……」


「ん?」


「殴っていい?」


「ダメだろ!」


「どうしても?」


「なんか俺が悪いことしたのか!?」


「全然」


「じゃあダメだろ!」


夫は必死だ。殴られたくなくて必死だ。


「お願い。お腹でいいから」


「部位の問題じゃない!」


「じゃあ、顔」


「わかったーーってなるか!」


チッ。


「ケチっ!」


「あー、貴様は言葉が通じないんだったな……でも、珍しいな。そんなど直球に俺をイジりにかかるなんて」


その発言をした修ちゃんは紛れもなくどMだとおもう。


「イライラする。イライラする、イライラする」


「これが……妊娠初期に起こるイライラってやつか」


夫がフームと、顎に手を当てる。


「その分析もイライラする」


「ご、ごめん。知ったかぶった」


夫が申し訳なさそうに謝る。


「その懺悔もイライラする」


「あー!じゃあ、なにをすればいいんだよ!」


夫は怒っている。


「その怒ってますよアピールもイライラする」


「な、なにやったってダメじゃねぇか」


そうなのだ。妊娠初期とは夫の動向を見るたびにイライラ。いいことをしてもイライラ。悪いことをしたらさらにイライラ。妊娠初期とは、イライラとの戦いだといっていい。


「ここで。普段から溜まってたストレスが出たのかな……」


「お前がいつ何時何分ストレスを溜めたんだ?言ってみろ」


すかさず、夫のツッコミが入る。


「ねえ、叩かせて」


「断固拒否だ!妊婦さんが必ず夫を叩いているって話聞いたことあるか?」


「うん」


「嘘つけ!」


どうあっても、殴らせてくれない夫。


「殴るっていっても可愛いもんだよ。修ちゃんが殴る本気のDVとは違って」


「……お前がつく嘘はDV以上の被害があるんだと自覚しろ」


「か弱い女の子の力だし。ストレス解消に可愛くブンブンクマの人形を叩くぐらいのもんよ」


「……お前はこのクマのプーさんを見てそんなことが言えるのか?」


夫が取り出したのは、バイオハザード化したクマのプーさん。今にも、こちらを襲ってきそうである。


「お願い!出来るだけ可愛く殴るから」


「……にゃんにゃんパンチみたいなやつ?」


コクリ。


なにいっているのか意味がよくわからないが、頷いた。


「……じゃあ、いい」


夫は全力で仁王立ちした。


「ありがと!じゃあ、いくね……えいっ!」


ボグッ!


...


「だ、大丈夫修ちゃん」


「……今、俺に話しかけるな」








夫の目は、本気と書いて、マジだった。



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