投げ


【夫のターン】


「ごちそーさま……」


 そう言いながら、食器をキッチンの流し台に持っていき洗い物を始めた。


 昨日はムラム……モヤモヤとした一日だった。


 最近は里佳とのコミュニケ―ションが足らない。

 これも全て仕事のせいだ。どう考えても終わらない山のような仕事が社外から帰ってきたら机の上に黙って置いてあるクソ会社のせいだ。日本人のリーマンが会社や上司の命令のままに働く企業戦士と言えど、毎夜11時帰りはきつい。一昨日、どうにも終わらなかったので、山のような仕事を後輩のいない隙に机に置いて逃走。

 俺は悪くない……そう、教育用資料だ、後輩のための教育用資料。

 なーんていい先輩なんだ俺は……と、罪悪感を一通り取り繕ったところで20時に帰宅。


 仲良くできる機会をうかがったが見事に外されてムラム……モヤモヤしたまま現在に至る。


 しかし、明日のクリスマスイブとクリスマスは必然的に子供中心になってしまう。それを考えると、今日……すなわちイブイブが最適だと言える。

 そして、今日のためにちょっと気分悪そうなフリして定時に帰宅。

 後輩よ……OJTだ。耐えろ。


 いつも里佳がやってくれるお風呂掃除、トイレ掃除のルーティーンを済ませて妻へのサービスも万全である。

 これで駄目だったら、もう仮面夫婦の烙印を押されても不思議ではない。


「凛、もう眠いならベッドに入っちゃいなさい」


 里佳が凛を撫でながらそう促す。


「んー」


 来た……後は、機会を待つのみ。


 標的(妻)はソファでテレビを見ながらくつろいでいる。

 さりげなく横に座って近づくか……いや、仕事による睡眠不足で、座ったら即寝てしまう。

 機会をうかがって壁ドン……壁が壊れたら殺される。

 さて……どうするか――


 と思った時、おもむろに里佳が立ち上がった――チャンス。

 後ろから――


「どっせーい!」


 ぐああああああああああああっ!

 豪快な一本背負いが、俺の背中を地面に叩きつけた。


「ふっふっふっふっふ……私に隙など存在しない」


 ……ふ、不覚……頭おかしい事忘れて……た……


本気で気絶し、気がつけば夜が明けていた。


 


 

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