夢のような話


【夫のターン】


 妻の里佳は、凄く、綺麗だ。


 雪のように白い肌。大きくクリッとした瞳。天使のような笑顔。妻と会った人は必ず夫である俺を羨ましがるほど、完璧な外面をもつ。


 しかし…… 


「俺は、今、お前と結婚したことを、猛烈に後悔しているよ」


「ひ、酷いっ。なんてこと言うのよ!」


「反論する前にロメロスペシャル解除せんかいアホ妻がぁ!」


 はい、こんな妻です。


            ・・・


「ゲホッ、ゲホッ……」


 エビ反りにされ過ぎて、肺がおかしい。


 頭おかしい妻のせいで、肺がおかしい。


「しゅ、修ちゃん……大丈夫?」


 ツンツン。


「……」


「ね、ねえ、大丈夫?」


 ツンツン。


「……マッサージ中に、いきなりロメロスペシャル喰らって大丈夫だと思うか?」


「思う」


「ふざけんなバーカ! 大丈夫なわけねーだろ!」


「修ちゃんが普通のマッサージは嫌だって言ったんじゃない!」


「いつ俺がそんなこと言った!?」


「夢」


「……っ」


 お、恐ろしい……なんて、恐ろしい女なんだ。


 というか、夢、カウントすんなよ。


「もういい! テレビ、見る」


 ソファに乗って、もたれかかる。


 深夜に帰ってきて、マッサージしてくれるって言うから、おかしいとは思ったんだ。キン肉マンの漫画が散乱してるから、おかしいとは思ったんだ。


 その時、フワッと甘いラベンダーの香りがして、次の瞬間、里佳の顔がすぐ横にあった。肩の上から腕が交差し、ギュッと優しく抱きしめられた。


「ごめんね」


「……っ」


 殺人的に、可愛い。


 ……でも、そんなにすぐに許しちゃ、駄目だ。


 そして、もう少しだけ、困らせてやりたい気もする。


「ねえ、修ちゃん。聞いてる? ねえねえ」


 頬が、すぐ横にあって、首に腕が巻かれる。


 そして、数秒経ち、気づく。


 これは、


 フロントチョークだ。


「……ググググググググッ」


「ねえ、修ちゃん、ねえねえ」


 間違いない。


 こいつ、俺を殺しにきている。


 確信した。この女には、キン肉マンは、読ませてはいけない。


            ・・・


「ゲホッ……ゲホッ……ゲホッ……」


「なーんちゃって♡」


「……」


「しゅ、修ちゃん。怒ってる?」


 ツンツン。


「……冗談だからね」


 ツンツン。


「怒っちゃやーよ」


 ツンツン。


「ふざけんな貴様――――! 『なーんちゃって』という言葉を広辞苑で調べろー! 『冗談』と言う言葉を習字で100回清書しろ―――――!」


「なによ! 変態マッサージしたいって言ったのはそっちじゃない!」


「言うか――――! いつ言ったそんなこと!?」


「夢」


「夢なんだよ! それは夢なんだよ――――!」


「修ちゃん……叶わない夢なんてないんだよ」


「夢の意味が違うんだよドアホ!」


「テヘ♡」


               ・・・


 ……はい、ぶん殴ってやろうかと、思いました。


 でも、俺も、男だから。


 なんとか、耐えました。


 お父さん、お母さん。忍耐強い子に育ててくれて、ありがとう。


「もう、いい! ご飯!」


 これ以上、こいつの近くにいたら、殺される気がしたのは、散乱されたキン肉マンの他に、北斗の拳が混じっていたからだ。


 次は確実に経絡秘孔を押されるであろう。


 食卓に座ると、甲斐甲斐しくご飯の支度をしてくれる。


「はい、アーン」


「……っ」


 織天使級に可愛い。


「美味しい?」


「……うん」


 こんなことで、機嫌が直ってしまうのは、単純だろうか。


「ビール飲む?」


「……うん」


 なんだかんだ、結婚って、いい。


 仕事が終わって、可愛い妻に、晩酌なんて――


「哺乳瓶じゃね――――――か―――――! どーゆーつもりだ―――!?」


「赤ちゃんプレイしたいって言ったじゃない!」


「夢の中でか! ああそうかお前の中で俺は普通のマッサージじゃ満足できない変態マッサージを好む赤ちゃんプレーヤーってことだなどんな変態だバカ!」


「修ちゃん……変態って……自分のことを変態だって思わないから、変態なんだよ」





              ・・・







 妻は殴らなかったが……投げっぱなしジャーマンで、投げた。

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