ボードゲーム(2)
【夫のターン】
「相変わらずだね。里佳ちゃんは」
妹がカシスオレンジを飲みながらつぶやく。
「……ボードゲーム狂いだなアレは」
いつもと完全にテンションがおかしい。というか、人格が完全に変わっている。
「普段はそんなんじゃないのにね」
「……いつもはいつもで全力でおかしいけどな」
「ええっ、兄貴より?」
……どーゆー意味だ。
妹はわかってないんだよ。あいつの異常さが。
「お待たせ―、再開再開」
「……って、なに最初からやろうとしてんだよ!」
「えっ? ちょっと時間空いちゃったから。わかりづらくなってない?」
「お前は、まだ振り出し。お金もそのまんまじゃねぇか」
「くっ……」
――じゃねぇよ、どんだけ本気なんだお前ってやつは。
「まあまあ。別にいいじゃない」
「ありがとー、美雪ちゃーん。心ひろーい、誰かさんと違って」
……妹よ……こいつに、優しくするのは、危険だぞ。
「じゃあ、まずは私からね」
勢いよく、ルーレットを回す。
カラララララッ……9。
『平民になる』
「ああ……平民ルートかぁ。美幸ちゃん、元気だして」
非常に満面の笑みなのは、気のせいではないだろう。
「えっと……俺か」
ルーレットを回す。
カラララララッ……9。
『平民になる』
「ププッ……いってらっしゃーい」
……どうにかならんのかそのムカつくテンションは。
「じゃ、じゃあ私ねっ!」
なぜか緊張で震えた手で、ルーレットを回す。
カラララララッ……7。
『貴族になる』
「……やったぁ――――――! やったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやった」
「う、嬉しがりすぎだろ」
「黙れ平民!」
「なっ」
「私を誰だと心得る。貴族様であるぞっ」
……ヤバい、変なモードに入った。
「まだ、一回しか回してないだろう!? 全然逆転してやるよ」
「フフフ……このゲームはねぇ! 貴族になれば、95%勝利確定なの!」
く……クソボードゲームじゃねぇか。
「な、なんでそんな設定に」
「ふっ、美幸ちゃんの疑問に貴族である私が教えてあげる。あなたたち愚民にもわかるように」
「……修にい、やっぱ里佳ちゃん、ちょっと変ね」
妹が俺に耳打ちする。
「そんなことはな。もう身に染みてわかってるんだよ」
「そこ! なにをコソコソ。いい? 『努力』って、大切なことよね?」
「まあ、そりゃぁな……」
そんなの俺だけじゃなく、誰でも知ってることだ。
「私たち、支配者層は……いわゆる貴族ね。貴族は努力し続けたの。何十年……いえ、何百年とね。いい? 愚民が一代限りの努力とは次元が違う、それこそ何世代にもわたって」
「「……」」
やばい、なんかおかしい人が語り始めた。
「そりゃ、愚民の中でも突然変異的に才能がある人はいるでしょう。あるいは努力し続けて花開く人も。そ・の・場・か・ぎ・り・は・ね!」
「「……」」
「でも、貴族は違う。それでは貴族にはなれない。貴族は、その子孫に、そのまた子孫に努力をさせ続けたの。愛よ。親が子に捧げる無償の愛を彼らは注ぎ続けたの」
「「……」」
「あなたたち愚民が恋愛という刹那的な行為に走っていた時、貴族はその衝動を噛み殺して……一族の繁栄のために……」
里佳は、下を向いて数滴、地面に雫が落ちた。
完全になりきり女優モード発動中。
「……私はそんな先祖を尊敬する。欲望のまま行動し続けるあなたたち愚民とは違って、一族のために自らの気持ちを押し殺し繁栄を謳歌した貴族を……私は尊敬する。継続は力なりとはよく言ったものね。言わばアレは貴族のためにあるような言葉。継続は貴族。継続こそ貴族なのよ。伝統を重んじるなら、まずは貴族を重んじるべきだわ。私は、そう思う。貴族こそ、生きた伝統なのだから」
「「……」」
「そもそも先祖の大貴族吉木家は遥か平安時代の頃からこの蒲郡を支配してきた。遥か昔から、愚民たちを支配し続けた。幾たび政権が変わったとしても、政府が変わったとしても、変わらずに蒲郡の支配者であり続けた。徳川三百年? 笑わせる。吉木家は一千年以上も前からこの蒲郡を支配し続けた。あなたたちが重んじる『努力』だわ。一千年にも渡る壮大な努力の賜物。それが、吉木家なの」
「そ、そうなの? だから、里佳ちゃんの家、お金持ちなの」
「設定だろう。確か、義父さんも義母さんも蒲郡出身じゃないし」
「……」
妹は、本格的に妻のヤバさに気づいたようだ。
「竹島も、ラグーナ蒲郡も吉木家のもの。蒲郡競艇も弘法山も海辺の文学記念館も吉木家のもの。八百富神社も蒲郡オレンジパークも生命の海科学館も無量寺も竹島ファンタジー館も西浦温泉海水浴場もみんなみーんな吉木家のもの。この蒲郡にある全てのものは、全て吉木家のものなのよ。あーはははははっ……あーはははははっ」
里佳は立ち上がり天を仰いでクルクル回り始める。
「「……」 」
いや、逆にこれだけ頭おかしいのもすげぇよ。
「それなのにあなたたち愚民は、自由だ民権だと高らかに謳い上げる。先祖代々にわたって努力を怠った結果を受け入れず、いえそれだけじゃなく努力を続けてけた貴族を『ズルい』と言い捨てる。『人生は出自で決まらず、自らの能力で決まるものだ』などと綺麗事を並べて。さも、自らが清廉で貴族が汚職にまみれているような言い方をして。貴族は努力し続けだのに。貴族は……貴族は……」
「「……」 」
おそらく、吉木家もお前の代で終わりだな。
「でも、私はあなたたち愚民の思う通りにはさせない。誰が蒲郡の支配者か、誰がこのクラスの支配者かをわからせてあげる。そこの平民……舐めなさい」
妻の目は、完全に俺の方を向いている。
「えっ? 何を……」
「足に決まってるでしょう? この足をペロペロと」
そう言って、スリッパを脱いで長く細い足を前に突き出した。
「俺……に……その足を……舐めろ……と?」
「ええ……二度も言わせないで頂戴」
完全に、妻の目は、本気モードだ。
「……修にい、いつも……こんなことを?」
「ば、バカ野郎! そんなわけないだろう。里佳、お前いい加減にっ……」
「早くなさい! あなたにはご褒美でしょうが!」
「しゅ……修にい!?」
「……フフフ、ふははははははっ! ふはははははははははははははっ!」
「ん? どうしたの? 笑ってないで早くなめ――」
とりあえず、バックドロップの刑に処した。
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