オハナミ

【夫のターン】


「修ちゃん、今日はなにするの? せっかくの土曜日だし、家族サービスでもしない?」


 妻の瞳がギラリと光る。


 確信犯だ……こいつは俺の予定を覚えていながら、問いかけている。


「いや……言ってたじゃん。今日は会社の花見だから」


 恒例というわけじゃないが、我が課長はイベント好きでよくこう言う会を催す。別に行きたくないわけじゃないが、休日でも会社の人に会うのは若干億劫なのは会社員の宿業であろう。


「ねー、凛ちゃん。私たちとも花見行った事ないのにねー」


 おまっ……ニコニコしながら怒んじゃねぇよ、怖えよ。


「花見なんて言ってみりゃ会社の飲み会だ。ガラだってよくないし」


「私と凛ちゃんも一緒に行きたいって言ったのにねー」


「ねー」


 あかん。この満面の笑顔はかなり不機嫌な証拠だ。


「家族は家族で行こう? なっ? 約束」


 そう言いながら小指で少し強引に指切りをする。


 会社員は、家族を連れて行くタイプと連れて行かないタイプに分けられる。そんな、俺は断然後者だ。もちろん、妻と娘を自慢したいという気持ちは大いにある。しかし、恥辱の会社生活を妻や娘に見られたくないという自尊心が大いに勝る。


 家を出発して花見会場まで到着すると、すでに課長はビールを美味そうに飲んでいた。あんたが乾杯の音頭をとるのに、あんたが先に飲んでどうする。と心の中で突っ込んだが、上司にそんなことを言えるはずもない。


 後輩の遠藤君はいそいそと働いている。ゆとり世代だなんだと言われているが、この様子を見ていると彼らの方がよっぽど礼儀正しいしマトモである。


 課長の酔っ払った挨拶で宴会は開催され、開始3分で遠藤君が先輩の餌食になっていた。


 後輩よ、これが社会の荒波だ。耐えろ。そう心の中でエールを送りながら缶ビールとツマミを食べだす。


「おーい、猫、ひろし、にゃんにゃん。飲んでるかー」


 もう一人の難儀な人物である中里先輩が横に座る。


「……いい加減、そのあだ名やめてくれませんかね」


「やめなーい」


「……」


 諦めてビールを一気飲みする。改めて妻と子を連れてこなくてよかったと思う。


 その時、


「おーい! 修。テレフォンだ。テレフォン」


 課長の閻魔のような声が響いた。


「な、なんですかそれ。何を言ってんですか」


「お前は、まだ俺にお前の奥さんを紹介してもらっていない。聞くところによると、えらい綺麗な嫁さんらしいじゃないか」


 酒癖悪っ! 女性社員もひきまくって――ない。一緒になって興味津々。彼女たちは明らかに男性社員より強くたくましい。決して口に出すことはないが、たまに法律で守られるべきは俺たち男性のような気がしている。


「そうですよ、見たいなー奥さん。あんだけ修さんデレデレしてんですから」


 あの動画のことですか、水越さん。あの動画の。


「遠藤、中里」


「「はい」」


 や、やめろ……貴様ら……


「や――――――め――――――ろ―――――」


 その叫びは虚しく響き渡った。


              ♪♪♪


「はい。もしもし」


「修先輩の奥さんですか? ぶしつけですいません、僕は会社の後輩の遠藤と言います。初めまして」


「おいー、離せ―」と遠くから声を出すが、女性社員に足を押さえられて、中里先輩に羽交締めされて身動きが取れない。


 間違いなく、俺は会社から、からかわれているらしい。


「初めまして、夫がいつもお世話になっております」


 いつもより綺麗な声での挨拶。こんな時ぐらい夫を立ててやってもいい。なんて、思ってくれているんだろう……だと思う……だといいな。


「あの……それでですね。奥さんは修先輩の事をどう思っていますか?」


 な、なんですか、その面倒くさい大学生ノリ?


 この若手は未だ大学生気分が抜けていないようだ。後で小一時間説教してやらねば。


「やめろー!やめろー!」


 何度も叫ぶが、その声が虚しく響く。


「えっと……夫を……ですか? これってスピーカーになってます?」


 その女は危険だ。危険なんだー!


「ええ! 是非、修先輩への想いを一言お願いします!」


「……愛してますよ」


 えっ……


 周りから一斉にはやし立てる声がした。課長も、中里先輩も、女性社員も湧いている。


 里佳……お前ってやつは、お前ってやつはなんて最高な――


「――そう言わないと殴られますから」


          プチッ・・・









 ……どうすんだよこのお通やみたいな空気。

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