気が重い
【妻のターン】
午後5時30分。橋場家のマイホーム。
「うん……うん。わかった……じゃあ」
受話器の電源をきり、思わずため息が出てしまう。しかし、そろそろ夫が帰ってくる時間。こんなことではダメだと何度も心につぶやく。
こんな顔してたら駄目だ。こんな顔じゃ……
そんな中、外から騒がしい足音がなり、激しく家のドアが開く。
「こーのーバカおんなー! 砂糖じゃねぇかこのおにぎ……どうした?」
……気づいてしまったのだろうか、修ちゃんは罵詈雑言を気遣いに変えた。普段と違うところは、夕方にさしかかろうというのに、外行きの服装、薄いメークからも見てとれるので仕方のないことかもしれないが。
「うん……ちょっとね。私、これから出るから凛ちゃんの事、頼める?」
すでに支度はできている。鞄を持って、ハイヒールを履く。
「あ、ああ。もちろんだけど、何があったんだよ?」
「エッヘヘ……修ちゃんはやっさしいなぁ」
コツンと、夫の胸を借りる。
私が困っている時。落ち込んでいる時。この人は、いつも優しい。そんな夫の愛情に、気持ちは幾分か癒される。
「ばっ……かやろう! 俺たちは夫婦だろ? いいことも悪いことも、嬉しいことも哀しいことも共有するのが夫婦だ。そうだろ?」
「うん……ありがとう」
「おい、どうしても言いたくなかったらいいからな。帰ってきて、落ち着いてから――」
「じゃあ、親友とショッピング、行ってきます!」
バタン! タッタッタッ……
殴られる前に、逃げた。
はぁ……はぁ……を騙すのは、まったく気が重いざんす。
*
午後7時。 名古屋でのショッピングも終わり、ディナーはお高めなレストランでとることにした。
「たっかそー、理佳。あんた大丈夫?」
親友の真奈が少し入るのを躊躇する。
「大丈夫大丈夫。夫バンクで、お金おろしといたから」
「……何よ、それ。あー、私は夫に怒られちゃうかなぁ」
といいつつガンガン店内に進んでいく真奈は、もうすでに行く気満々であることがうかがえる。要するに、私に確認するのは『自分のせいではない』と心の中で決着するだけの儀式である。
彼女とは遡れば幼稚園からの幼馴染だ。それだけ付き合いが長いと、考えていることも、行動も、性格もすべてお見通しなのだ。
豪華な料理が運ばれてきて、思わず吹き出してしまった。修ちゃんは、あの砂糖おにぎりを食べてどう思ったであろうか。
「……なに思い出し笑いしてんのよ。くっそぉ、幸せそうでいいわねー」
そう言いながら真奈は豪快にサラダを頬張る。
「幸せっていうより面白い話ね。ねえ、見てみてー」
今流行り。夫の『にゃんにゃん動画』を見せた。
「……ブッ! フフフフハハハハハっ、なにこれー!? やっぱり修君はおっかしいわねぇ」
真奈と修ちゃんは面識がある。そもそも、真奈の夫と修ちゃんが親友であり、真奈つながりで修ちゃんと出会った形だ。
「エヘヘ、みてみてー。10万リツイート達成。すっかり有名人の妻よ私」
・・・
「……えっ、マジで? マジで動画にあげて拡散したの?」
途端に神妙な面持ちになる真奈……さては怒られる気配。
「……ううん。してない」
「なんで嘘つくのよ! したんでしょ!? いや、あんたならするわ。そういう子だもんあんた。バカなの? いや、バカなの知ってたけど。夫は知ってるわけ?」
はわわわっ、怖い……
「も、もちろん知ってるわよ。すぐに見せたもん」
「……よく怒んなかったわね。さすが修く――」
「んにゃ。ブタれた」
「当り前よ! 普通ブツわよ! むしろ、よく離婚届出さなかったと褒めたいわ私は。あんた、彼にも社会生活ってのがあってね――」
懇々と説教しながらフォークで強く肉を突き刺す真奈。一昨日、離婚届を突き付けられた事実は心の奥底にしまっておく。
しかし、それでも彼女の説教は1時間に及んだ。
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