泣くのなら、どうか私の隣で

ういみやあも

第1話


舞浜野々。

たった数分前までは、何の関わりも無かった同級生。

そんな彼女を、私は一瞬で泣かせてしまったらしい。

目の前には、大粒の涙を流す彼女の姿。

「……舞浜、さん?」

恐る恐る声をかけると、彼女は小さな声で「はい」と返事する。

まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

「えっと……ごめん、私が何かした?」

「ち、ちが……」

彼女は俯いて、小さく首を左右に振った。

舞浜野々の印象と言えば。

誰彼構わず正論を述べ、強い口調で論破していく……決して、こんなふうに泣く子では無かったはずだ。

「何かあったの?」

「なんでもないんです……突然泣いてごめんなさい」

そう呟くと、彼女は鞄を取り、駆け足で教室を去っていく。

私の頭の中は、疑問で埋め尽くされていた。








私は佐山優良。

優れた良いもの、と書いてゆらと読むのだけれど、別に優秀でも何でもない。

名前負けもいいところだ。両親もお望み通りの子供にならずにさぞ落胆していることだろう。

頭に先刻の舞浜さんを思い浮かべながら、私は帰路を進む。

舞浜さんは、なぜ泣いていたのだろう。

私のせいではないようなことを言っていたけれど、そうでなければなんなのだろう。

どうして、授業終了後の教室で、隠れるようにして。

「……明日、挨拶してみようかな」

舞浜さんに、話しかけてみようかな。

好奇心からだけれど、少しだけ、彼女に近付いてみたいと思った。

家に着くと、お兄ちゃんが先に帰っていたようで、リビングの明かりがついていた。

「ただいま」

声だけかけて、部屋に荷物を置きに行くために階段を登り始めると、お兄ちゃんがリビングから姿を現した。

「……なぁ、優良」

「何?」

「お前くらいの年の女子って、普通に男子に好きとか言うの……?」

「はぁ?」

あんた、年は一つしかかわんないでしょうに。

内心でため息を吐きつつ、私はお兄ちゃんを見据えた。

「言わない」

断言すると、「だよなぁ……そうだよなぁ……」と呟きながらお兄ちゃんはまたリビングに引っ込む。

全く、どうしたんだか。

階段を一気に駆け上がると、正面の部屋が私の部屋だ。

勢いよくドアを開けて、ドサッと荷物を落とす。重い。

「優良、幾度も悪いんだけど……」

「!?」

気が付いたらお兄ちゃんがドアの影からこちらを覗いていた。

素直に怖い。

「どうしたの……?」

「人間関係って、どうやったらうまくいくと思う?」

「は?お兄ちゃん充分上手じゃん。何言ってるの」

呆れ果てて答えると、お兄ちゃんはガックリと肩を落とした。

「俺……上手かなぁ……」

今日は異常に元気がないようで。

何かあったのかな?

まあ、私には関係の無いことだろうし、放置を決め込むことにした。













翌朝。

私はいつもより早く家を出た。

理由はお兄ちゃんが部活の部費を忘れていったから。

演劇部に寄ってから教室に行かねばならないのだ。

全く間抜けな兄だこと。それでも女子に人気があるのは謎だ。顔か、顔なのか。

学校につくと、4階までの階段を登り、第2音楽室にたどり着く。

控えめにドアをノックすると、中から可愛らしい声が聞こえた。

数秒して、重そうな扉が開かれる。

「はいはーい……って、翔の妹か〜!」

「兄が部費を忘れたようで。大変申し訳ありません」

女の先輩……確か、お兄ちゃんが若松と呼んでいた先輩が、奥にいるらしいお兄ちゃんを呼んだ。

ぱたぱたと走る音がする。

「優良!ありがとう助かった!」

「はい、部費。もう忘れないでよね」

私も早く家を出るハメになるんだから。

お兄ちゃんは、「わかってるよ」と言って、また奥に引っ込んでしまう。

「翔ねー、今、準主役の練習してるんだよ。よかったら公演見に来てあげてね」

「そうなんですか。時間があれば」

この先輩に大して用はなかったので、ここで会話を切り教室に向かう。

早くしないと本令が鳴ってしまう。

急いで階段をかけ降りると、そこでばったり意中の人物を見つけた。

「舞浜さん……!」

私に気付くと、舞浜さんは申し訳なさそうに目を逸らし、早足で去ろうとする。

「ま、待って!舞浜さん!!」

私が呼び止めると、彼女も足を止めた。

階段を降り切り、彼女と向き合う。

「舞浜さん、おはよう」

言うと、彼女は一瞬不思議そうな顔をする。

しかしすぐに、「おはよう」と返してくれた。

照れたような、小さな微笑みと共に。

……ああ、やっぱり私、この子と仲良くなりたい。

「あのさっ、私達……」

友達になろう。

言いかけたところで、本令が鳴る。

こうなると先生が来る前に教室に行かないとアウトだ。

「舞浜さん、走ろ!」

笑いかけて、私は




小さな彼女の、手を引いた。

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泣くのなら、どうか私の隣で ういみやあも @akurah

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