愛書狂(ビブリオマニア)

白兎ポラコ

愛書狂(ビブリオマニア)

「宇宙についてもっとも理解できないことは、宇宙が理解できるということだ」


         ~ アルバート・アインシュタイン ~



 雨雲が重く垂れ込めようが、一週間の労働の果てにやっと巡ってきた日曜日の朝だろうが、クラウド会議室ならば関係ない。怪しい空模様など、ビブリオバトル欠席の理由にはならない。

 

 そもそもビブリオ(Biblio)とは、本・書物を意味するラテン語に由来する。「ビブリオバトル(知的戦略書評合戦)」は、今や小学校の授業でも積極的に取り入れられているメジャーなディベートゲームである。

 敵発表者バトラーを打ち負かすには、豊富な読書経験と語彙力、説得力が必要である。またそれ以上に、どんなお題をぶっ込まれても臆せず御託を並べる度胸……そして何よりも光り輝くイマジネーション&インテリジェンスを要する。


「―――要するに俺が言いてぇのはさぁ、」


 画面の向こう側では、すでに気合満点の≪なぼこふ≫君が、ボクという餌へ喰らいつく肉食獣よろしく牙をむき爪を研いでスタンバっていた。


「”ペレーヴィンの何がエラいの?”ってことだよね。俺に言わせればナニアレ失笑って感じ。あんなつまんないモンが売れてるとか、ロシア市場も終わってるね」


 なぼこふ君が、公共電波で堂々と文句を垂れ流しているのは、今、ロシアで知性ナンバーワンと称されているヴィクトル・オレーゴヴィチ・ペレーヴィンについてである。

 ロシアの村上春樹……と表現をすれば、いくらかニュアンスは伝わるだろうか。要するに熱烈コア信者ファンを抱えた、ノーベル賞『候補』作家だ。


「こんな駄作をムリクリ捻り出して市場を汚すようじゃ、先が思いやられるぜ。少なくとも俺が生きてるうちにコイツの受賞はないね、絶対。ありえねぇ」

「う、うん……。あのぅ、それについてはボクもなぼこふ君と同意見なんだけどさ、」「―――おい、≪ラビ≫!」


 ボクが「さ」と「、(濁点)」を打つ絶妙なタイミングで、なぼこふ君が発言コメントを被せる。彼はいつもこうだ。こういうヒトなのだ。他人がタイプを終える前に、当たり前の顔をして会話を遮る。平気で話題を横取りする。

 貧弱なウサギの上へ乗っかり喉笛へ喰らいつく。オスでもメスでも節操なしにマウンティングをかます盛りのついた雄豹、そんな感じだ。


 彼の苛立ちは、言葉遊びの延長みたいなペレーヴィンの謎解きミステリーに徹夜で付き合わされたからじゃない。彼はあくまでもボクに対して、追い打ちでイチャモンをふっかける腹積もりである。


 先日、ボクがUPしたレビューが誇大広告詐欺でお気に召さないというのだ。確かにアレは……作品の真の評価を捻じ曲げ、意図的に良く見せている、その可能性はある……と、多少はボクにも自覚があった。まぁ、頼まれて書いたという事実は否めない。しかし大手出版社勤務のなぼこふ君的には「要するに宣伝だろ?」と、一言物申さずにはいられないのだ。


「だからナニアレ。あのクソみてぇなオチ! おいラビ、まさかてめぇこの俺様に”縦読み”しろってか、あぁん!? あんだけギリシャ神話の蘊蓄を捏ね繰りまわしておきながら、挙句、某掲示板のパクリみてぇなクソ設定たあどういうこった」

「いや、あのぅ……ボクはそんな」

「まあいちお最後まで読んだけども! 結局ミノタウロスのメタファーがイミフだし。読んでも俺、さっぱり分かんなかったもんねー。いちお3回繰り返して読んだけどさー」

「あはっ、なぼこふサン。アンタさぁ~、それガッツリ精読してんじゃね? プロ編集者のクセして読解力ド底辺かよ。壊滅的池沼。だっせぇ~ワロタ」


 チャットへ乱入してきたのは、≪アッキー≫である。

 彼は自称引きこもり・コミュ障・潔癖症という19歳の書評仲間だ。中学生の頃から不登校になり、以来自宅に籠ってコツコツ独学を積み重ね、大検含む様々な資格を取得。彼が学校へ行かなくなったのは、イジメられていたというよりも、むしろ同年代の連中がバカすぎて場に馴染めなかったからだそうだ。

 姉が勝手にモデル事務所へ送りつけたたった一枚のスナップ写真から、お洒落なモード系ファッション誌で鮮烈デビュー。雑誌のインタビュー発言がヤバく、「アナーキーなモデル」として地元でプチブレイクしている。


 確かに知能指数は高そうだが、反社会主義的思想アナキズムを隠そうともしない態度は幼稚である。テロが恐ろしいこの時代にコーランを愛読している。日に25回は馬鹿発見器ついったあ で絶叫する。アラビラ語やフィンランド語なんかで「 Fuck off! Fuck the world! (消え失せろ、アホ共よ!)」的なスラングをツイートせずにはいられない。厨二を拗らせまくった不憫な青年である。


「うっせコミュ障デルモ! ラビが楽しげに詐欺レビューなんぞ上げっから、うっかり釣られただけだし」

「はぁ? アンタ四六時中、他人の本棚ページへ張り付いてるワケぇ? どんだけラビさんのこと愛しちゃってんの。サイト監視員かよ、きっしょっ! 超キメェ完璧ネスカじゃん。おまわりさぁーーん、コッチですぅぅうぇうぇ」

「黙れ、クソ厨二野郎が。てめぇのサイトへ自家製ウイルスばら撒くぞ」


 年下のアッキーの見え透いた挑発に、脊髄反射で応戦する。不毛だ。実に不毛かつ無益な議論である。でも仕方ない、なぼこふ君は死ぬほど負けず嫌いなのだから。

 性格的にどうしようもない人達だが、それでも彼らはココ、『愛書狂(ビブリオマニア)』で人気上位に君臨ランキングする書評家たちなのだ。


 なぼこふ君は、そのハンドルネームからウラジーミル・ナボコフ推しであることは誰の目にも明らかだった。

 プロ編集のサガというものだろうか。一度ハマったら関連本やら雑誌のコラムやら小さな新聞記事に至るまで、徹底的に調べ尽くさねば気が済まない。貪るように情報収集し、とりあえず読み散らかす。やや粘着質な乱読多読派である。


 彼は一時期、フランツ・カフカの「あるたたかいの記」にえらく執心していた。

 この短編は、絶望的に心身を病んでいるカフカ作品の中でも、とびきりエキセントリックかつスーパー意味不明な作品である。構造が複雑に入り組み過ぎていて、その思想は気が遠くなるほど深遠。少なくともボクの知る限り、”ちくま文庫”にしか収録されていない。ともかく彼は、その時期だけ吟遊詩人っぽく『黄昏カフカ』と名乗っていた。

 手のつけられないほど天邪鬼で、レビューにおいては「ナニコレ、くっそつまんねぇ!」と罵倒し、酷評しまくった作品ほど、密かに気に入っていたりもする……。


「大体、ラビがワリィんだよ。狙い澄まして女子のポイントばっか稼ぎやがって。つーか、エゾリスとモモンガとヤマネとかやネズミの違いが分かるからって何だってんだよ、あぁん? この動物オタクが! あと下手な演技も我慢ならねぇ。手作りお菓子レシピやら画像なんかをわざわざ乗っけて、乙女男子のフリかよ、胡散くせぇ」

「そんなぁなぼこふ君……べっ、別にボクは、そんなつもりは……」

「あと、あざとい児童書やら『不気味な絵本』で、ちゃっかりレビュー数稼いでんじゃねーよ。ゆっとくが、俺にゃあ最初っからてめぇの魂胆なんぞ見え見えだかんな、ちくしょうめ!」


 これはとてつもない言いがかりである。

 しかも今、しれっとボクの地雷を踏んだ……踏み抜いた。

 ボクは反論した。


「なぼこふ君、なんてこと言うんですか? ヒドイ! 酷すぎるお!! ゆっときますが、エドワード・ゴーリーは偉大なる絵本作家です、天才なんです。『君らとは違うんです!』彼をディスるのだけは我慢なりません。例えお天道さまが許しても、このボクが許しませんよ!? さ、さささすがのボクでもおおお怒っちゃうんですっ!」

「ふん。怒ったから何だってんだよ、このウサギ丼ぶりが。てめぇみたいな腰抜け腑抜けのウサギパイに一体何が出来るってんだ。似非乙女男子エセオトメンがよぉ」


 くぅぅ~~、とボクの喉からは不随意運動による空気漏れが起こる。なにぶんカヨワイ小動物ゆえ、いじめられると息が出来ない。


「……次に君がボクのマンションへ遊びに来たときが『命日』です。くくく……楽しみにしておいてください。君の大好きな焼きたて手作りスコーンに、たっぷり≪ゴキブリ殺しのスゴイ毒≫を盛ってお出迎えいたしましょう」

「なんだと、こんにゃろう! ウサギソーセージの分際でいっちょ前にご主人様へ一服盛ろうってか? ペットのウサギ如きに、んな”マブい真似”させっかよ!?」平山夢明風になぼこふ君が言った。

「いいからウサギオナペットは大人しく玄関先で三つ指ついて、俺というご主人様をニコニコお出迎えすりゃいんだよ。『妻』みたいになっ!」

「ペットとか、妻とか……なんで君は、他人が聞いたら余裕で誤解されちゃう破廉恥なデマを言いふらすんですか? 迷惑です! 嫌がらせのつもりですか?」

「はぁ~別にぃ? お前なんかもう半分”現地妻”みてぇなモンだろ、ラパンシチュー。ぶっちゃけ俺らって、”寝て”ねぇだけじゃん? 今更どっちだって大して変わんねぇよ」

「寝っ……もお、なぼこふ君! そういうシュールなブラックジョークをネットで垂れ流すの止めてください! もおもおもおおおおお」


 ボクサーのように拳を握り締め、ボクは盛大に地団太を踏んだ。画面の向こう側という安全地帯で、のうのうと口からデマカセを垂れ流すこの男が忌々しい、呪わしい、心底憎らしい。

 なぼこふ君は激おこオナペット(←暫定)を鼻で嘲笑った―――もちろん、画面の向こう側は見えないけれど、彼がボクを腹の底から馬鹿にし、指差して冷笑している様は気配で察する。雰囲気で伝わる。文字からプンプン匂いがする。そんなの見え透いている。


「ふはっ。俺は潔い日本男児だかんな。お前みてぇに裏でコソコソ小細工なんかしねぇ。隠し事もねぇーぜ。なんでもかんでも全世界へ”どストレート”に発信してやる!」

「やめてぇぇ、もおやめておぉぉ!! もうしんで。ねぇ、なぼこふ君お願いしますしんでしんでとりあえずしんでください。しんでしんでどうかしんでください!」


 画面上に流れる文字を追いながらボクは歯ぎしりし、発狂寸前に追い込まれ、「しんでしんで」と連打した。

 もはや取り返しがつかぬクラウド上のパンドラの箱を、「しんで」一色に塗り替え、上書きし、封印すべく連打した。


「しんでしんでぢんでぢんでぢんでヂネヂネヂネヂネ」


 ボクは指がへし折れる勢いで連打した。この祈りが神へ……いや、渾身の呪いが地獄の死神へ届くよう、必死に連打した。頑張って精一杯一生懸命連打し続けた。

 なぼこふ君のボクに対する風評被害がヒドすぎる。それは、すでに第三者機関へ訴えるに足る十分なレベルまで到達していた。


 ―――おのれおのれぃぐお゛ぬ゛ぅおるえぇぇ~~なぼこふ! マジこいつ事務局へ荒らし報告しまくってアカウント停止に追いこんでやろうか。


 一体いつからこうなってしまったんだろう? 

 やたらとボクにかまい、何かと張り合って全力で叩きに来るなぼこふ君の姿勢、その熱意と貪欲さの源はなんなのか。正直ワケが分からない。彼のボクに対する粘着が尋常じゃない。ぶっちゃけ怖い。

 ボクの本棚をいちいちガサ入れせずにはいられない性分だし、毎日新規フォロワーをチェックして回る。ボクのレビューに速攻で反論をUPうぷることに、ある種の生きがいさえ見出している。


 おかげでサイトでは『ウサギ狩人なぼこふ』とか、『ラビ 殺しのロリータ』なんていうヤバイ忌み名があるくらいだ。

 ボクのことを「ムカつく」と公言するくせに、それでも週一回は必ずボクのマンションへ遊びに来ずにはいられない、不憫で奇特な異常体質である。


 無意識下における選民意識が強いというか、反知性主義者を独自の理論で完膚なきまでに叩きのめしたいタチいうか、生来のいじめっ子気質というか……何だか知らないが自意識過剰な読書家に多い、厄介な男なのだ。


「ふぉっふぉっふぉ。ね、ワシのこと呼んだ? ねぇねぇ呼んだ?」


 また厄介なヒマ人が乱入してきた。

 ≪りあ狂≫である。


「うわぁー。なんかきたわー。ぬるっと入ってきたー」なぼこふ君が言った。

「うひょひょ。『ホモの修羅場』がココだと聞いて」

「やだ、センセ言い方。きィっっしょっ!」アッキーが難色を示す、というか露骨に嫌がる。


 書評家たちは基本的に仲が悪い。

 同じフィールドで共存などありえない。ボクたちはそもそも蹴落とし合う運命なのだ。間違えてリアルで出くわそうもんなら、たちまち往来で殴り合いの喧嘩が勃発する―――相容れぬ関係、そういう宿命さだめなのだから仕方あるまい。


 よって、りあ狂も画面越しにボクたちのSAN値をゴリゴリ削ってくる。ボクらには精神攻撃や心理戦が最も有効である。


「ハァハァありがとうございます。アッキーたんの罵声、朝から美味しいです。ハァハァ」

「超きめぇ! 鳥肌立った」


 『愛書狂(ビブリオマニア)』は、7年前に開設され現在20万人の登録者数を超える、日本最大の読書サイトである。

 名前の由来は、代表作「ボヴァリー夫人」で有名なフランスの小説家フローベールの短編タイトルから名付けられた。単純に読書記録として手帳や日記のように利用する者も多いが、プロ作家やプロ書評家が別ハンドルで密かに活躍している事実も広く知られている。

 Web上では、このように連日連夜、多数の読書会やイベント、ビブリオバトルが開催されていた。


 人気書評家がUPするレビューは、ともかくネット民からの信頼性および注目度が高い。

 我々は作家以上にキャッチ―な紹介文を綴ることに慣れているし、読者の購買意欲を掻き立てる特異な文才がある。

 我々の書き記すたった1byteのコピーには即効性がある。強烈な吸引力とメッセージ性がある。ゆえにAmazonやその他媒体で大いにもてはやされ、結果として購入予約が殺到する。我々には発信力がある。


 ―――我々はこのようにして、書店や出版社とは全く異なる視点から『市場を故意に操作』している。我々は『ビブリオマニア』と呼ばれる知的集団である。


「とりま今北産業」

「センセェすみません。呼んでないです」

「呼んでねぇわ、色ボケ老人。帰れや!」

「ああんいやん。なぼこふ君がワシに冷たいぃん。邪険にしないでぇ。さびしいですしおすし」

「やめろ、70過ぎのジジイのくせに気色ワリィ。ネットで仕入れた若者言葉を無理して使う年寄りほどイタイタしいもんはねぇぜ」


 今、ぬるっと会話へ参戦している≪りあ狂≫という老人は、本サイトにおいて数千人のフォロワーを抱える超有名人である。そう、この20万人を超える巨大読書サイトで、泣く子も黙るランカートップの書評家なのだ。

 彼は一日5冊、ストイックに淡々と超難解な専門書のレビューを書き綴る。御年70歳にして現役バリバリの読み手だった。


 自称・読書家というものは、決してひとくくりにはできない。様々なタイプが存在する。「私の趣味は読書ですぅ」とか「どんなジャンルでも、活字さえあれば手当たり次第に読みますぅ」などと、恥ずかしげもなく公言しているやつらは、どうせ流行りの≪大衆文学≫にしか興味を示さない。これは事実である。間違いない。100%そう言い切れる。

 「活字中毒」などと厚顔無恥にも自称する人間の本棚マイページを覗けば、ラノベ&コミックスのタイトルがズラリ……なんてことは、悲しいかな、よくあるパターンだ。


 そんな似非エセと比べると、レビュー数堂々3万冊の≪りあ狂≫はホンモノである。サルトルの「嘔吐」に登場する、あのキテレツな独学者と大差ない。

 ついに市場には読む本が無くなったのか、彼は先月から「新解明国語辞典」やら「広辞苑」やら「和英辞典」など、辞書書評まで始めてしまった。正真正銘ほんまもんの”活字中毒”である。


 以前は確か、田中だか佐藤といったごくありふれたハンドルを適当に名乗っていた。あるときアッキーが「リアル京極堂!」と評したことから現在の名前へと改名したのである。”リアル京極堂”と”りある狂人”ではかなり隔たりがあるし、なんならまったく別モンだが、彼にとっては大した問題ではない。


 ちなみに引退前の職業は大学教授である。……そう、ボクの母校・東帝都大学でドイツ文学の教鞭をとっていた先生なのだ。本当に本気で不本意だが、彼は一応、ボクの恩師ってことになる……なっちゃう、なってしまう。

 嗚呼、世間が狭すぎて生きるのがツライ……。


「ふひょおおおお老いさらばえ、もはや死ぬ寸前のワシ! 血も涙もないカラッカラの爺の肉体に、若い子の罵声が心地ええのぉ~。朝から一発漲りますよ、こいつぁ」

「りあ狂センセ……もお……もお、お願いします。帰ってください!」


 ボクは画面に向かって手を合わせた。絶対に誰にも知られたくない。彼と自分の師弟関係なんて死んでも知られたくない。


「嗚呼、全力でワシを拒絶するラビたん! 早いとこワシにぽっくり逝って欲しいと願うラビたん! ハァハァ、ぎぃんもぉぢぃぃぃいいいいい!!……ふう。」

「おい、とっくの20年前に枯れ果ててるジジイの分際で図々しぃわ。汚らしいから早いとこその萎びたキュウリをステテコん中へ仕舞いやがれ。……ったく国家の恥ですよアンタ、生き恥なんだよ。ヌいたフリすんじゃねーぜ、くたばり損ないの呆け老害がっ!」なぼこふ君がキレる。


 彼らと一般人であるボクの違いはなんだろうか、と―――ふと考える。

 底辺読書家のボクと違って、ランキング上位を突き進む愛書狂たちは、とりあえずアウトプットの姿勢がハンパない。

 いやむしろ「アウトプット前提」で本を読むからこそ、彼らの知性&教養は日々洗練されてゆくのだ。


 日本政府の統計では、漫画や雑誌を除いた文芸書を1か月にたった5冊ばかり読めば、それだけで読書家上位7%に入るのだという。

 そんな中彼らは月平均100冊ペースでレビューを書きまくるツワモノどもだ。年間ではない、月平均100冊である。彼らは日常生活をこなしながら、ほんのちょっとした隙間時間を活用し、日に3~4冊ほど読了する。


 例えば新書だと平均ページ数は1冊約240ページだ。これをパラパラめくるスピードで処理する。捌く、という言葉が相応しい。1冊の読了にかける時間は、わずか20~30分程度である。


 そして一度読んだ本は訳者を変え、解説書を交えて考察する。何度も何度も再読する。この繰り返し作業こそ、知識量増幅の鍵なのだ。彼らは読みっぱなしでは終わらせない。作家の背景からその深淵を読み解き、己の思想・哲学の血肉とし、世界観を広げてゆく。

 そして気に入れば同じ作者の関連本を芋づる式に手繰り寄せ、読破する。


 無尽蔵なインプット&アウトプット。彼らのスペックは底が知れない。だから大抵どんな話題にでもついてこれる。守備範囲がとてつもなく広いのだ。

 ランキング底辺をうろうろする新参者のボクとは……平凡で無才なボクなんかとは大違いだ。


 ひとつ断っておきたいのは、読書をたしなむ者の存在が、世間で間違って認識されている点である。

 読書家は一般的には文芸に長けており、小説ばかり読んでいるイメージがあるかもしれないが、はっきり言ってそれは誤りである。


 真に読書をたしなむ人間は、どちらかというとリベラルアーツに強いのだ。リベラルアーツとは、文法学・修辞学・論理学・算術・幾何学・天文学・音楽といった、いわゆる自由7科のことである。つまり、一般教養に優れた知識人ってことだ。


 むしろ小説以外の専門書を読み漁って、己の教養を磨いているヒトが多い。その行為は、どちらかといえば武者修行に近い。

 具体的にいうと、書店ならばおっさんしか集まらない新書コーナーで学者の書いた哲学や経済古典をがっつり大人買いしていたり、あるいは図書館二階の研究コーナーでわざわざ図鑑を借りたり、超マニアックな学術書をノートにちまちま抜き書きしている……そんな人物を想像してほしい。

 自分の知らないBuzzバズ用語をネットで調べずにはいられない、なぶこふ君のような人間こそ、まさに典型的な雑学王である。


「ねぇなぼこふサン、男の嫉妬は見苦しいよ」

 

 アッキーが混ぜっ返す。彼はなぼこふ君が嫌いだ。まぁ、なぼこふ君を好きだという人間を、ボクは見たことないけども。


「なんだとコラ!?」

「だってラビさんのフォロワー属性が女子に偏るのは、尖りまくったアンタと違って文面から優しさやいじらしさが伝わるからっしょ? 女の子ってそういうのに敏感だかんね。ま、なぼこふサンじゃあ分かんないよね。アンタのレビューってぶっちゃけキモオタっぽいし。コメから非モテ具合が壮絶に察せられる。プギャー」

「ざけんな! ゆっとくがラビの顔は至ってシンプルな造りだぞ? 40枚シール集めたらコンビニで貰えるあのスープボウルに似てるからなっ! →(・×・)」

「ふぉっふぉっふぉ。ええのぉ~、このギスギス感。ホッブズも嫉妬の感情を重視しとるじゃろ? 思考の原点は戦争たたかいなんじゃよ。ほれ、―――『自分と対等であると思っている相手から、こちらが報いることができるより以上に大きな恩恵を受けた場合、私たちはニセの愛、実際には密かな憎悪を抱きがちである』、とな」


 りあ狂が「リヴァイアサン」をすかさず引用する。決して空気が読めないのではない、あえて読まない、読まずに突っ走るのである。

 膨大すぎる英知をインプットした成果か、彼の常識は哲学的形而上学的”無常観”の域へ到達し、世間の一般論などとっくに凌駕している。他人に好かれようとか愛されたいとか、そういう次元を遥かに超越しちゃってるのだ。

 それはニーチェの超人思想と相通ずるものがある。

 りあ狂の意識は遥か抽象度の高みにあり、無限の宇宙空間へさまよう……もはや誰ともまともにお話しできない。


 ちなみに、文学的・哲学的名言をところかまわず繰り出してくるウザさは、ビブリオマニアの特徴である。

 このままでは喧嘩が収まりそうもないので、仕方なくボクは間へ割って入った。


「アッキー。とっても残念なお知らせですが、なぼこふ君はテライケメンですよ。スタイルいいし、脚とか超長いし。……えっとねぇ、しいて言えばルックスは髭のない”とらふぁるがー・ろー”って感じかな」

「はぁ!? ラビさんマジでゆっちゃってんの、それ?」

「おいおいおい、誰が”Dの名を持つ死の外科医”だって!?」


 ノリノリで乱入する、なぼこふ君。

 根が単純なので、ちょっと褒めてやるとすぐ図に乗る。あっという間にご機嫌である。


「だがしょせん顔だけの男ですよ。……彼の人格は壊滅的です。残念ですがあとはダメですね、もう助かりません。人間的にゲスの極みなのです。血なんかきっと緑色だし、魂だって腐っているのです」

「おいラビ!?」

「ふぉっふぉっふぉ。なぼこふ(※とらふぁるがー・ろー)×アッキー(※モデル)×ラビたん(※オナペット)。この組み合わせならば、リバでも3Pでも何でもイケるッ! どんなプレイもカップリングも柔軟に対応可能。こいつぁ無限大ですね、無敵ですよありがとう。薄い本が広辞苑になりますねありがとう。涙とヨダレと鼻水が止まりませんなありがとう。ジジイに素敵な日曜の朝をありがとう。本当にホントにありがとうございます!!」

「Get out of here or kiss my ass ばるす!」

「しんでしんでしんで頼むからしんでボクの前からみんな消えていなくなって!!」

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