悪魔姫と平行世界(仮)

梓果(しちか)

プロローグ―数年後:桟芭総合病院 208号室

・・・ピッ、ピッ、ピッ

古ぼけた病室内に電子音が響き渡る。

「なあ、天音。いつまで寝てんだよ。もう3年だぞ」

優しく語り掛けても、返事はない。

「なんで」

木下春夜は、何時目覚めるか分からない少女ー水浦天音を見つめながら小さく呟いた。

「なんで・・・こんな事になったんだろうな」

自分の記憶を探り、思い浮かべる。あの、悪夢のような出来事を。

しかし、肝心の『その事』が、思い出せないのだ。

激しい頭痛に阻まれ、考えるのを止めた。

ふぅ、とため息をつき、そっと天音の髪に手を伸ばす。

長く、柔らかな髪を漉くと、すぐに掌から消えてしまう。

天音に、反応はない。

何時の間にか、春夜は涙を流していた。

好きだった。天音の、全てが。

長い髪も、白い肌も。何より、眩しい笑顔が。

どんなに強く想っても、伝えられないのなら意味はない。

もう一度髪を撫で、席を立つ。

「それじゃあ、おれ行くな。また来るから」

「・・・」

「お前のことは、おれが必ず守るから」

「・・・」

唇を噛み締め、春夜は病室を去った。


綺麗な、満月の夜だった。

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悪魔姫と平行世界(仮) 梓果(しちか) @sichika_0625

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