第27話 ルシュウ脱出する2

 やがて、次の朝を迎えた。この日の夜には、ガルムとルトは部下を率いて盗賊共を退治にゆく手はずである。それまでの間、ルトは荷車の準備に、ガルムはこの敷地の警備を調べるために忙殺された。ガルムが兵として雇った男たちは既に館の敷地を出ており、門の外で合流する手はずである。この日もまた、西の空が夕焼けで赤く染まり、ガルムとルトは長い昼間の苦労が実り、無事に三人の侵入者を領主チムガの手の者から隠し通した。

 ガルムがバンカとルシュウに窓の外を指さして短く言った。

「早うせい」

 窓から外に出て北の方向に脱出せよと言うのである。ガルムの見たところ、邸内は出発準備の兵士が慌ただしく、警備の兵はとりわけ北が手薄だということを探り当ててきたのである。バンカが僅かにネアを振り返って、窓の外へ駆け出した。ルシュウもバンカに追従した。

「神殿の裏通りでお前を下ろす。そこでバンカとルシュウが待っている」

 ルトは未だ体力が戻らず足下がふらつくネアにそう言った。一瞬、ルトの姿を見、これから起きる出来事におびえた気配があった。ただ、短い変哲もない言葉の中に、ルトの苦労人としての細やかな優しさがあり、ネアを抱き上げるときの手付きにも安定感があって不安がない。ネアは首筋をつままれた仔猫のようにおとなしく、ルトのたくましい腕に抱かれてこの別邸の裏の荷車に運ばれた。彼女に幌をかけ、その傍らに兵士の槍を並べておくと、武具の運搬中という立派に言い訳の立つ荷車になった。

「早うせい。儂の兵達は表で並んで待っておる。儂らの出番がなくなるではないか」

 どっぷり暮れた闇の中からルトを叱りつけるガルムの声が響いた。しかし、慌てる必要はなかった。ガルムたちに同行するはずのグーロンの準備が整わず、時間が無駄に経過したのである。

(時間稼ぎでもして、わざと出発を遅らせてるのか?)

 ルトはそう勘ぐったが、ガルムはそうとは気づかないらしい。グーロンがようやく出発準備を整えたのは、夜も更けて月が高く昇ってからだった。


 バンカとルシュウは、神殿の脇の路地で、チムガの屋敷の敷地からガルムが出て来るのを待っていた。ネアに先んじて館を脱出したのだが、侵入したときに比べると、兵士たちに出発のごたごたがあり、警護の兵士の数が格段に減っていて、二人は脱出に苦労はなかった。しかし、物陰に隠れ潜んでいても、隊列を整えて通り過ぎる兵士たちが殺気に満ちているのがわかった。じっと息を潜める中で、バンカはルシュウが頭をぴくりと動かして耳を澄ませる様子をみせた。待ちわびていた人物の接近に気づいたのである。バンカはルシュウの口を押さえて声を封じた。この少年が状況もわきまえず、大声で知人の名を叫んで、先に行った兵に異変を知らせてしまうかも知れないと危惧したのである。ルシュウは頭をぶるぶる振ってバンカの手を払い、迷惑そうな表情をバンカに向けた。

「話す、良くない、オレ、分かる」

 ルシュウのそんな言葉ではなく、低く抑えた声で、バンカはこの少年が状況をわきまえていることを知った。

 周りは既に濃い闇に囲まれている。十人ばかりの足並みの揃わぬ足音がバンカにも聞こえ、ガルムが二人に知らぬそぶりで通り過ぎた。バンカとルシュウは身を潜めたまま遅れて来たルトと荷車を待ち受けた。

 ルトは列から遅れ、バンカの姿を見かけると荷車を止め、掛けてある幌の中に手を入れ、ネアの腕をとって導いた。ネアはややおびえて姿を現したが、自分の足でよろめきながらも地面に立った。ルトはそれを確認して言った。

「俺たちはこれから西の区画に行く。何やら大捕りものが有るらしい。近づくな」

「西の区画?」

 バンカがそう呟いた。彼らが住むネッタの区画の方向である。その時に、異変の兆候が西の空に見えた。西の空が赤く染まってるのである。

「ルト」

 暗闇の前方から怒鳴るようにルトを呼ぶ声がする。ガルムの声である。ガルムも異変に気付いたらしい、ルトを急かす声である。ルトはガルムの声の後を追った。

「いいか、いったん街の外で隠れていろ」

 ルトはネアにそう言い残して足早に去った。


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