第14話 チムガの館

 同じ頃、ガルムとルトは招かれて領主の館にいた。その時に、ルトは思わず腹の中で叫んだ。

「オレは鍛冶屋だぜ」

 鍛冶屋の親方のガルムが領主チムガの傍らで、いかにも友人のように振る舞いつつ、辺境の地における大道場のやりくりの苦労話を聞かせているのである。もともと大道場などというものはみじんもなく、ルト自身が、貧しい鍛冶屋の親父に弟子入りしたにすぎない。宮廷の武術指南の経験を自慢するガルムのプライドを満たすために、剣の弟子という肩書きを着せられているのである。

しかし、領主チムガは機嫌良くガルムの肩を叩いて彼の努力を讃え、ガルムの杯に自ら酒を注いだ。

「今日は愉快な日になった。お主らのような剣士に巡り会えるとは」

 領主にそう声をかけられて、ガルムの感動の色を隠せない、しかし同時に武術大会参加の根回しをも期待しているのである。しかし、チムガの申し出はガルムの期待を遥かに上回ったもので、ガルムを困惑させた。チムガはガルムに肩を寄せて言った。

「儂も分をわきまえた男のつもりだ。お主ほどの男に家来になれとは言わぬ。しかし、儂の友人として助力願えまいか」

「助力、とは?」

「都に不穏な動きがある。近々、大戦があるやもしれぬ。兵を率い儂とともに戦ってはもらえまいか」

 領主のその言い回しはガルムの誇りを刺激し、ひどく感激させた。ほんの一瞬だが、この人の為なら死んでも良いとまで考えたのである。ガルムは仕官の足がかりを作るために武術大会に参加する。それが、サクサ・マルカへ行くまでもなく、こんなに恵まれた形で仕官の道が現れるとは。

「やはり、儂は運に恵まれている」

 ガルムは自らの運に感激し、領主の手を握った。

「それほどまでに、古来、剣士は己を賞賛してくれる人に命を捧げるとかもうします」

「おおっ、そうか」

「チムガ様のためならば、この身を捧げる所存にて」

「だれか」

 チムガが手を叩くと男があられて、手にした物をチムガに渡した。

「貴殿ほどのお方が、たったお二人とは。今は、儂がご助力つかまつろう」

 チムガがその袋をガルムの手に乗せた。ずっしりと重い。金貨であった。その金貨で兵を募れという。

 そこへ兵士が一人、あわただしく入ってきて、チムガに何かささやいた。その様子にガルムは金袋を懐にしまい込み、好意を謝して館を後にした。


 ガルムとルトとが姿を消すと共に、領主の表情から鷹揚さが消えた。

「それで?」

 領主は先ほどの人の良い笑顔を消して、現れた兵に冷たく言い、念を押した。

「捕らえたのだな」

「盗賊に連なると思われる連中を」

「バカめ。盗賊ではないのか」

 チムガは部下に杯を投げつけた。

「しかしながら、盗人の居場所を吐きましてございます」

 チムガはさう短く言って立ち上がった。

「見よう」


 チムガはカビ臭い階段を降りる途中で、部下から捕らえた者が四人、すでにその内一人が死んだと聞いた。皮膚や髪が焼ける臭いがし、兵士がチムガの足音に気付いて振り返って言った。

「二人目の男が、焼けた鉄で吐きましてございます」

 一人の男が寝台に縛られているが、恐怖と苦痛に顔を歪めており、年齢も良く分からない。男の横に炭で赤く焼けた棒が幾本かあり、縛られた男が、恐怖と苦痛を焼け残った方の目から涙と一緒に溢れさせて哀願した。

「もうやめてくれ」

 チムガはそのかん高い声で、男がまだ若者である事を知った。チムガは男の様子を伺うように、火床から焼けた鉄の棒を手にした。その先は尖っており、薄暗い室内で透明感を帯びるほどに赤く輝いている。

 男はそれを見て、悲鳴を上げた。

「やめろぉー」

 響いたのは少女の声である。ふんっと、チムガは品定めでもするように、部屋の隅に鎖で繋がれた囚人の中から、声の主を探し当てた。

「子どもではないか」

 チムガはそう言いつつ傍らの兵士に、捕らえる盗賊の頭数だけを揃えるつもりかと皮肉な目で睨んだ。

 少女は壁に繋がれた右手の鎖を波打たせて繰り返した。

「やめろぉ」

 少女は泣きじゃくってはいるが、その目だけは憎しみに満ちてチムガを捕らえて離さない。仲間うちでネアと呼ばれているスリの少女であった。チムガは少女を見つめたまま、尖った先を囚人の胸に突き当て、悲鳴を楽しむように聞きながら、哀れな犠牲者の胸をゆっくり貫いた。

 絶叫がこだまし、男はしばらく手足を縮めてけいれんしていたが、力が抜けて息絶えた。

「やめろよぉ」

 ネアが力無く繰り返した。

「ふん。どうせ生きてはおられぬ、長く苦しませる必要もなかろう」

 鉄の棒から立ち上る蒸気とも煙ともつかぬものがチムガの笑顔を彩って凄絶なものにした。

「鏡一枚で、何故、人を殺すの」

 ネアの声から力が抜け、少女らしい泣き声でそう言った。その言葉にチムガはぴくりと反応した。

「小娘。なぜ、盗まれた物が鏡だと知っておる?」

 妙に優しくチムガが応じ、ネアは大きな目を見開いて黙りこくった。もし、ネアたちが住む区画に鏡があると知られたら、チムガは兵士を繰り出して、ネアの仲間の生活をめちゃくちゃにするだろう。

「まあよいわ」

 チムガは笑いながら言い、ネアを含めて、部屋の隅に囚人の数を二つ、目で数えて背を向けた。兵士が残りの囚人に拷問を続けるかとチムガに許可を求めた。

「馬鹿め。お前達はものの使い方を知らぬな」

 チムガの命令をどう解釈してよいか分からぬらしい兵士に、短く具体的な命令を発した。

「広場にて奴らの腹を裂け。明日と明後日の夕刻に一人づつやれ。そうすれば奴らの仲間が現れる」

 火種が火床の中で小さくなってゆき、その濃度を増してゆく暗闇の中で少女がすすり泣いていた。

  

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