第2話 ガルムとルト1

 収税の為の最小単位の貧しい村。そういう表現が適切だろう。この時期、ムウ帝国は海を隔てた辺境の地にいくつもの植民市を置いた。植民市を核として、その周辺にいくつもの村があった。これらは総て、帝国本土に富を還元するためにあった。辺境の地の人々は本土の人々の為に生きていた。少なくとも、遙か海を隔てた本土の人々は、そう信じて疑うことを知らなかった。

 その村の一つ、海辺の植民市ビウスから東南の方向、パトスクの村。

「儂はガヤン・ガルムである」

 それがパトスクの村に流れて来た頃のガルムの口癖だった。ガルムという名に、わざわざガヤンという姓をつけて、村人たちに名乗っていたのである。

『パトスクの村の鍛冶屋は誇り高い』

 皮肉なことに、ガルムの口癖はそんな笑い話として近隣の村にも名高いのである。村人にとって、ガヤンがついていようがいまいが、ガルムはただの鍛冶屋のガルムである。

「わしは宮廷の武術指南であった」

 これもガルムの口癖である。その口癖が村人と顔を合わせる都度に飛び出し、やがて鎚をふるう合間にも飛び出すようになった。都の知識には長じていたので、人々はその口癖のかけら程度の事実はあったのかもしれぬと思いつつも、村の貧乏な鍛冶屋と都の武術指南との格差を、影であざ笑っていたのである。

作業場の横に道場を自称する柵で囲った区画があり、近所の若者を連れてきては昔話を話して聞かせたり、剣の振り方を教えたりしたが、上達するものはいなかった。教え方が下手だったせいもあり、もともと、この地には武術指南という職業には需要が無かった。

 人々は血を絞り取られるような重税にあえいでいたのである。その掛け方というのも樹木一本につき、その実幾つ、といった実務的で厳格なものである。

「そのうちに、目で物を見る都度一ゼダ、口で呼吸をするつど二ゼダ、耳で何かを聞く都度に二ゼダ、てな具合に税金がかけられるようになるぜ」

 人々は焼けくそ気味に言ったが、その冗談に笑いが途中で消えたのは、冗談が本当になりかねないという危機感によるものだ。どこの村の広場にも大抵、税の支払が滞ったという理由で、いくつかの骸が並んでおり、村人が葬ることが許されなかった。役人達は残酷なやり方で次の骸を作りだした。

 見せしめである。

 いくつかの村では一揆が起きたが、すぐさま兵士によって鎮圧され、捕らえられた人々は、殺されはしなかったが、数カ月かかって、税の支払に応じて、捕らえられた人々の体の一部が切りとられて戻ってきたという噂がたち、誰もそれを否定しなかった。

 植民市の指導者達は、積極的に殺そうとはしなかったが、それが幾ばくかの利益につながる場合は、それがどんなにわずかであろうと躊躇うことはしなかった。

 そうやって、いくつもの辺境の地で富のかけらがかき集められて、ムウの大陸に送られ

続けていた。しかし、帝国は人々を植民市にはき捨てることはしても、迎え入れることをしなかった。

 辺境の民は怨恨に帝国の名を唱えてはいたが、同時にその名は富と名誉の象徴でもあった。ガルムという男はその大陸で武術指南をしていたと称しているのだった。この男は村に流れてきたときに、既に足を引きずるように歩いていた。都にいた頃に用心棒でもしており、怪我をしたので、海を渡ったこの村で鍛冶屋に転向したのかもしれない。村の人々にとってどうでもよいことだった。

 理由はどうあれ、この村で初老に達したガルムの胸の奥底に、都に戻って一旗揚げたいという野心がくすぶっていたに違いなかった。

 そんな彼の野心を燃え上がらせたのは、都で武術大会が開催されるという情報である。

彼はその噂を旅の行商人から聞き、足が振るえるほど感動した。武術大会があり、辺境の地からも参加者を募るという。ガルムは行商人の両肩をがっしりした両手で揺さぶって言った。

「わしは運に恵まれている」

 しかし、この男の狡猾さと面白さは、腹の底で『自分は武術大会優勝者の師匠である』というシナリオを描いた点にある。

 わずかだが足が不自由になり、初老にも達した彼には武術大会を勝ち抜く自信がなかった。しかし、彼にはルトというたった一人の弟子がいる。ルトにとって迷惑なことに、彼は武術家の弟子ではなく、鍛冶屋の弟子だったということである。ただ、もともと大柄な上、重い鎚を振るって鍛えられた腕力は、剣を不回してもそれなりに迫力があった。

 ガルムはすぐさま、惜しげもなく僅かな家財道具を旅装や食料に引き替えた。それを知ったルトは不機嫌な表情を隠そうともせずに言った。

「親方、何をするんだ?」

 飯を喰いっぱぐれるのではないかと考えのだろう、その声の調子には不安と幾分怒りが隠っていた。

「都に戻るのだ」

 ガルムはそれしか言わなかったし、すでに、それしか頭になかった。

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