櫻と紫煙
月館望男
プロローグ:記憶ト櫻
『櫻に埋もれてしまいそうだね』
遠い記憶の中にいる君が。
花吹雪をまとわりつかせながら、そう呟いた事を覚えている。
『櫻の樹の下には、死体が埋まっているんだって』
――梶井だっけ? 確かにそうは云うけれど、なにも今云わなくても。
記憶を反芻しながら、僕は記憶の中の彼女にクレームを着ける。
ざぁっ
また、強い風が吹く
文字通り桜色の花弁が嵐のように吹き付けてくる。
僕は君の髪に着いたソレを取ろうと手を伸ばした。
けれど、君は離れていってしまう。
そして空を掴んだだけの僕の手をみて、くつくつと笑う。
――あの時もっと手を強く伸ばしていたら? 彼女を抱きとめていたら?
そんな意味のない反芻を繰り返す。ただ、繰り返す。
『この樹の下には、どんな人の想いが埋まっているのかな』
答えられずに終わってしまった、最後の謎かけが。
届かない距離から、投げかけられる。
君は銀色にも見える幹に手を触れながら、僕の方を覗き込むように見る。
櫻の下で蘇る記憶は、あまりにも露骨にそのときの距離を再現する。
――届かない。
『私の想いを、此処に埋めていったら、花が咲く度に来てくれる?』
無理だと云ってしまえば楽になれるはずだった。
だけど僕は
此処を遠く去っていってしまう君に
結局何も云えなかった。
――だからだろうか?
僕は、時が流れた今も、花が咲く度に此処に来てしまっている。
そして埋まっていないはずの君の想いを感じようとしている。
見上げた櫻の樹は、今はもう何処にもいない君の面影を映す。
しゃらしゃらと風に揺らしながら、甘美な感傷を僕に与える。
花吹雪が、あの時と同じように、僕を埋め尽くそうとする。
意味もなく流れた涙の証か、頬に花弁が貼りつくと、僕は独りごちる。
「だから春は嫌いなんだよ」
慣れない酒精を流し込まれて暴れ始めている胃と
揺らぎはじめた視界を抑えつけながら
どこかで、今はもういない君が、僕の滑稽さを笑ってくれる事を期待して――。
僕は桜色の絨毯を踏みしめた。
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