第5話 その五

 僕は磐神武彦。高校二年生。ごく普通の男だ。


 でも、僕の姉はあまり普通ではない。でも、決して変人ではない。


 何というか、その、とてもパワフルなのだ。


 


 ある日曜日。


 今日は幼馴染でクラスメートの都坂亜希さんと映画を見に行くことになっている。


 彼女はクラスでモテモテで、いくらでも映画に行ってくれそうな連中がたくさんいるのに、どうして僕なんかを誘うのだろう。


 そう、誘われたのだ。本当に不思議だ。


 訊いてみたいけど、怒られそうなので聞けない。


 都坂さんは、時々理由もなく不機嫌になる。


 二人で出かけるなんて憂鬱なんだけど。でも、行かないと後でまずい事になりそうだし。


 僕は、


「待ち合わせ場所に遅れるなんて、お前はそんな立場の人間じゃないのだから、早めに行きなさい!」


と姉に言われて、約束の三十分前に出かけた。


 都坂さんとは家も近いのだから、そんなに早く出なくてもいいはずなのに。


 姉の考えがわからない。


 待ち合わせは駅の噴水の前。


 当然、都坂さんはまだ来ていない。


 僕はボンヤリと噴水を見ていた。


「待った、武君?」


 都坂さんが来た。うお。


 普段着の彼女を見るのは久しぶりなので、ドキッとした。


 ちょっとスカート短過ぎだし、胸元開き過ぎな気がする。


「待ってないよ、僕も今来たところだよ」


 どんなに早く着いていても、そう答えなさいと姉に言われている。


「そう。良かった」


 ニッコリする都坂さん。良かった、今のところはご機嫌なようだ。


「行きましょ、武君」


 都坂さんは自然に僕の手を握って歩き出す。


「わ、わ、ちょ、ちょ!」


 僕は気が動転して言葉にならない。


 周囲の同世代の子達が、都坂さんと僕の不釣合いな様子を見て笑っている気がした。


 うん? 何か視線を感じるけど?


 気のせいか?


「待ってよ、委員長。そんなに慌てなくても、映画館はすぐそこだよ」


 僕は陸上部のエースでもある都坂さんの歩調に合わせるのは疲れるのだ。


「ふーん」


 何、今の笑いは。都坂さんが悪魔に見えた。


「じゃ、もっと急ごう、武君!」


 とうとう走り出した。僕は必死になって彼女に合わせた。


 


 映画館の前までわずか数百メートルくらいだけど、僕は何キロも走ったくらい疲れていた。


「着いたわよ、武君」


 満点笑顔で言う都坂さん。


「そ、そ、そ……」


 息が上がって言葉にならない。


「さ、入りましょ」


「う、うん……」


 僕は呼吸を整えながら答えた。


 あれ? また何か視線を感じるぞ。何だろう?


「ああ、待ってよ、委員長!」


「早く、武君!」


 わ、都坂さん、機嫌が悪くなって来てる。


 まずい。まずいよお。




「ねえ、もう大丈夫?」


 映画を見終わった僕達。


「う、うん」


 都坂さんはラストシーンで号泣してしまい、エンドロールが流れている間中泣き続けた。


 外に出ても、まだ嗚咽が続いている。


 よく涙がなくならないな、と思うのは失礼だろうか?


 この感じ、僕が泣かしたみたいで嫌だな。


 お? また視線を感じる。


 こっちか? 目を向けてみるけど、誰もいない。


「今日はありがとう、付き合ってくれて。それとごめんなさい、泣いちゃって」


 都坂さんは赤くなりながら言った。


 僕は別に何とも思っていないので、


「平気だよ。委員長って、涙脆いんだね。ビックリしちゃった」


と言った。


 何かいけないスイッチを押してしまったようだ。


 都坂さんが、僕を睨む。


「知らない!」


 彼女はそのまま、走り去ってしまった。


 えええ? 何? 何かまずい事言った、僕?


 未だに彼女の怒りのスイッチがわからない。


 僕は仕方なく、トボトボと歩き出した。


 そして、都坂さんの家の前を通り、自分の家に着く。


「お帰り。どうした、早かったな?」


 何故か息が上がっている姉が出迎えてくれた。


 妙に嬉しそうなのは、宝くじでも当たったのだろうか?


「委員長、怒って帰っちゃった……」


 僕はがっかりして言ったのに、


「そうか、そうか。それは残念だったな! ま、人生そういう事もあるさ!」


とポンポンと僕の肩を叩いて笑う姉が、ちょっとだけ憎らしかった。

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