彼が時間を超えた理由。

飯原アサヒ

プロローグ

 8千年という長い時間を生きる私だが、どうしても忘れられない時間がある。

 それは、私が丁度2千年を生きた頃、とある一人の人間の男とともに歩んだたった10年という短い時間である。

 彼の声や優しい表情は、目を閉じれば今でも鮮明に思い浮かべることが出来る。

 共に背を預け、戦場を駆け巡った日々は、今でも思い出すだけで年甲斐もなく胸が熱くなる。

 私の一人息子がまだ小さかった頃に、よく彼の話を眠る前にしてあげていた。彼の話は子供を寝かしつけるには少々不向きだったが、息子に彼のような男になって欲しかったので聞かせていたのだ。そのおかげか、息子は強く優しかったあの人のように立派に成長した。母として、これほど嬉しいことはない。

 髪が白んでいき、肌に皺が目立つようになってきたこの頃。彼の事を思い返す時間が増えてきたように感じる。

 まるで私の命の時間を、彼が知らせてくれているようだ。

 暖炉に薪をくべ、椅子に深く腰かけ瞳を閉じる。

 いつもなら私が見てきた彼の姿を思い浮かべるのだが、今日は少し趣向を変えてみようと思う。

 共に過ごしたあの10年。私が幸せを感じていたあの瞬間に、彼は何を想い、何を考えていたのか。

 そして、最期の瞬間、彼はーーー。

 

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