彼女が僕にこだわる理由
三浦サイラス
第1話 アイツと出会う
「本当は~あなたと分かり合い~一緒の運命を~♪」
彼の機嫌はすこぶる良かった。知らない町に引っ越してきたばかりで、まだ自分の知らない何かがあると思うと胸が躍るからだ。
時は十月上旬。残暑は消え夜は冷え込み上着無しには外出できず、昼間にもその光景が目立つようになる頃。
そんな時期、九重町(ここのえまち)に引っ越してきた深谷洋介(ふかやようすけ)は、買ったばかりの自転車(命名 カンタ二号)に乗って鼻歌を歌いながら坂を滑走していた。
風を切って進むのは気持ちよく気分が高揚して行く。洋介はだんだんと無意味に調子づいて行き、それにともない自然と自転車の速さも増していった。
「あなたの~~君の~~心の寂しさを~~拭ってあげたい~~♪ っとぉ」
知らない町を探索するというのは洋介の一番好きな趣味である。引っ越す前も小遣いが許すなら見ず知らずの駅に降り立ち、許された時間全てをその地で使う。古すぎる道路標識を見つければ可笑しいと笑い、物置にしか見えない駄菓子屋に寄れば経営者の婆さん談笑する。墓地に迷い込んだら無意味に墓石をチェックしたり、今にも壊れそうな神社を見つけたらデジカメで撮影し興奮する。
知らぬ町とは洋介にとって黄金郷のようなモノなのだ。全てが珍しく見え、その昔いた開拓者のように、また一つ発見しては洋介は喜ぶのだった。
「ヒャッハー! 今のオレは無敵だぁぁぁ!」
何がどう無敵なのは不明だが、別にそんな事は洋介にとってはどうでもいい。周囲に人もいないので、大声で何か叫びたくなっただけだった。
「まだだ! まだ終わらんよ!」
九重町とはこれから自分が住む町。その町の事を何も知らずにいるのは、探索者として許される事でない。
まだ日が暮れるまで時間はある。雨が降る様子もないので、カンタ二号はまだまだ走りたいと洋介に訴えていた。(そんな気がする)
「もっと! もっと! オレは自転車をこぎ続けねばならぬ!」
引っ越してきたばかりのせいでテンションは高く好奇心も旺盛。都合の良い妄想解釈をする洋介を止められる者は何処にも存在しない。時折、爆走する自転車に目を見開く者がおり「何だ今のは?」と訝しがられるも、洋介を止めるストッパーにはなり得ない。というか、洋介が気にしていない。
自転車は時に車を抜くようなスピードを出しながら、九重町の地を走って行く。徒歩や走るのは遅いが自転車の速さには自信があるのだ。
「ハハハハー! このまま九重町制覇とシャレこんで見るかなぁぁぁ!」
家に帰ると約束した時間は当に過ぎ去っているが、洋介は気にしていない。
携帯の電波表示は圏外になっていないので限界が来れば親から電話があるはずだ。家からやって来た道のりはわかっているので遭難者になっていないし、引っ越してきたばかりで友達がいないためその呼び出しもない。そしてすこぶる健康な洋介の身体はまだエネルギー切れを起こす様子を見せておらず、まだまだ爆走可能である。
つまり、まだまだ洋介は町探索を続けるつもりマンマンであった。
「誰も! オレを! 止める事は! できない!」
そこで洋介は九重町について重要な事実を思い出す。そして「ナンテコッタ!」と頭をかかえ奇声を上げた。
この九重町は海に面した町という事を忘れていたのである。つまり海岸や砂浜といった場所があり、「捕まえてごらんなさーい」「ウフフアハハ待ってよー」といった恋人が恋人っぽい事をする場所があるという事だ。
「いかん! そんな輩が出没するというなら、一度は見ておかなければ!」
そんなシーンは現実にあるのか無いのか(高確率で無い)洋介はたしかめるため、さらに自転車を走らせた。海の方向はだいたい解る。この町に来た時、車で海の側を通ったからだ。
洋介の気分にワクワクとウキウキの他にルンルンが追加される。海など年に一度行くか行かないかぐらいの頻度なので、普通に海岸へ行くのが楽しみなのだ。
だんだんと車と人の往来が少なくなり、やがてゼロに等しくなった。周囲は木々と道路以外何も存在しなくなっていき、洋介は道路の真ん中に出て広い車道を堪能した。
エンジン音は聞こえないのだ。車が来る様子もないし、道路を走っても問題はないだろう。
「すばらしい! 今、オレは空間を支配しているぅぅぅぅ」
ペダルが軽い。ブレーキ? そんな無粋なモノなんか必要ねぇ! オレの名は自転車野郎(アンチウォーカー)深谷洋介だ! と、言わんばかりに洋介は調子にのってスピードを出し続ける。
海へ行ったら何をするべきか。もう十月上旬だし、時間も夕方に近いので泳いでいる輩はいないだろう。誰もいない事も充分予想される。という事は、海岸で何をやっても誰にも迷惑はかけないだろう。
ついたらとりあえず砂浜を走りまくろう。自転車でも走りまくろう。座り込んで海をジッと眺めてもいいし、水平線に向かって叫ぶのもいい。
やはり「バカヤロー!」と叫ぶのがいいだろうか。定番なので他の事を叫びたい気もするが、何があるだろうか。いや、海岸と言えば謎の洞窟だから(洋介は勝手にそう思っている)洞窟探しをした方がいいのではないだろうか。あと、渓流されている船とかあったら、ちょっと乗ってみたい気もする。
「ああ! 九重町はこんなにもオレを満たしてくれている!」
町に謝辞を述べ、そんなこんなな妄想で洋介が胸と頭をいっぱいにしていると、それは起こった。
いきなり目の前に女の子が飛び出し、横切って行ったのだ。
「うわッ!?」
急ブレーキをかけ、反動で転倒しそうになる自転車を見事なバランスで倒さずに済ます。買ったばかりではあるが、カンタ二号は洋介の命令を忠実に再現し自らのダメージを最小に止めた。
洋介はホッと胸を撫で下ろす。そして、ブレーキへの感謝も忘れない。
「な、何だ?」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。犬か猫でも飛び出してきたのかと思ったが、すぐにアレは人間であったと脳は洋介に理解させる。女の子が脇目も振らずにいきなり林から飛び出して、そのまま真っ直ぐに走って行ったのだと。
「…………女の子?」
だが、何で女の子が飛び出してきたのか。それを理解する事はできなかった。
何かバーゲンでもあるのだろうか、それとも足の速さでも計測しているのだろうか、あるいは誰かから逃げているのだろうか。
しかし、この辺りにはデパートはおろかスーパーもコンビニもなく人気が皆無で家屋の一つも建っていない。足の速さを計測するなら運動場でやるだろうしやるべきだし、逃げているとするなら追っ手が姿を表す様子が無い。
そう思いながら洋介は飛び出して来た女の子が行った方へ視線を向けると、思わず我が目を疑う光景がそこにはあった。
「……は?」
女の子は相変わらず真っ直に走り続けている。それはさっきと変わりない。問題なのは、その女の子が向かっている先だった。
崖だ。女の子は一心不乱に崖へと走っていた。
「ちょ……え? マジで?」
女の子の視線は真っ直ぐ前を向いているので、この先が崖になっているのは見えているはずだ。遙か離れた場所にいる洋介ですら確認できているのだ。
なのに止まる様子が見えないという事は。
全くスピードを落とす様子が見られないという事は。
「やべッ!」
自殺しようとしている。
洋介にはそう見えた。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
洋介は再びペダルを漕ぎ始めた。全力全開で。
女の子との距離はかなりあったが、幸いというべきなのだろう。洋介は自転車に乗っている。追い抜いて自殺を食い止める事は可能だった。
「がああああああああああ!」
女の子は前しか見ていないからだろう。後ろから迫ってくる洋介に全く気づく様子はなく、変わらず崖へと全力疾走している。
周囲は静かなのに洋介がいる事に気がつかないのは、それだけ飛び降りる事に集中していると言う事なのか。何も聞こえない程一人の世界へ行っているという事なのか。
その予測は洋介の心中を一層不安にさせた。
「おい! そこのお前ッ! 何やってんだッ! やっぱ、まさかのまさかなのかッ!?」
声をかけるが反応がない。聞こえてないのか、聞こえてないフリをしているのか、女の子は止まろうとしない。このままでは崖からダイブする事間違いなく、九重町初日の深谷洋介に忘れられぬ記憶として刻まれる事だろう。
「くそッ!」
舌打ちをして一刻も早く抜くべく洋介はさらに速度を上げる。しかし、中々追いつけない。思ったよりも女の子の足は速い。思い切り風を切っているので、スカートが靡いている。ギリギリ下着が見えない程度なのはこんな時でも幸いだった。
しかし太腿の辺りまでははっきりと見えている。さらに、長い黒髪も風で見事に乱れており、本来ある髪の美しさは皆無に近かった。
「オレに気づけってのッ! つか、なんつー足の速さだよ!?」
諦めるわけにはいかない。追いつかねば、高確率で女の子は崖から飛び降りてしまうだろう。
自分が無理矢理止めるしかないのだ。この現状を見ているのは自分しかいない。女の子を助けられるのは自分だけだ。
「止まれ! 止まれって! 止まれってんだろッ!」
何度も声をかけるが、やはり反応はない。
次第に崖が近くなっていく。もうあまり距離がない。
洋介はかなり迫っていたが、なかなか女の子の前に行く事ができなかった。全力でペダルを漕いでいるのに少しずつしか近づけない。本来止めるはずだった予定地点はすでに通り過ぎており、洋介はかなり焦っていた。
このままでは本当に。
「えええいッ! ままよッ!」
女の子の横顔を見ながら覚悟を決めると、洋介は目を見開き気合いを入れた。
「とあぁぁぁぁぁッ!」
「きゃああッ!」
洋介は自転車のスピードそのまま飛び出した。
「ぐッ!」
その勢いのまま女の子を捕まえ、洋介と女の子の二人は派手に地面を転がっていった。 枯れ草を散らし土煙を上げ、思わず一瞬悲鳴が漏れる。横には広いので、崖から落ちる心配はなくやがて二人は止まった。
任務完了(ミッションコンプリート)。救う事に成功し、これで女の子が崖から落ちて自殺という心配はなくなった。
だが、主のいなくなったカンタ二号は妙に安定したまま走り続け、そのまま崖をダイブしていった。
「!?」
思わず目を見張る洋介だったがそれは避けられぬ運命だった。女の子に飛びつくと決めた時に判明していた結果だった。
カンタ二号が落ちる瞬間を洋介はその目で見た。はっきりと網膜に映り込んだ。焼き付いた。そして聞こえた気がする。
「あばよご主人。一時間四十一分三十二秒の付き合いだったが……フッ、乗ってくれてサンキウな……」
カンタ二号の最後の言葉。
崖から落ちる寸前、一瞬空を走ったカンタ二号は洋介へそう告げていた。そして、たしかに涙を流し(サドル辺り)別れを惜しんでいた。
「カンタ二号ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うるッさいッ!」
ゴスッ! と、綺麗な振動が洋介の脳内に響いた。
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