希望
「勇者様…あなたはどうか…生きていて…」
僧侶は残った魔力の全てを解き放ち、簡易魔法陣によって発動した転移魔法を使った。当たれば確実に身を切られるであろう、と勇者の一撃を見切った巨影は、また軽く尾を振りかぶる。
しかしその尾の一撃が当たる寸前に、勇者の身体はその場から忽然と姿を消していた。建物からの脱出と城下町までの転移魔法だった。本来なら魔力消費を最低限に抑えようもあるそれは、しかし四感を奪われた僧侶にとっては、致命的な魔力消費をしなければ不可能なものだった。
僧侶は室内の空気に新たな死の気配がないのを感じ取り安心すると、致命的な魔力消費による激しい疲労にて、ぐったりと眠りについた。
イケニエの少女が起きると、相変わらずまぶたを開けている感覚や、目が空気に触れる感覚はあるのに、特に何も見えなかった。何も聞こえず何の臭いもなく、口内の感覚も曖昧。あるのは爬虫類の肌のような、スベスベしたそれの感覚だけ。
だがその感覚は眠る前と少し違った。そこには温もりがあった。それでいて特に圧迫感はなかった。まるで遠慮するかのように柔らかに、硬質のウロコ状の肌が少女の身体を包んでいる感覚。
この時期のような冬の終わり頃は、少女は朝早く目が覚めてしまう事が多かったが、恐らくは朝である今、特に寒さから目が覚めた様子はなかった。少女はウロコ状の肌に指先で触れ、手のひらを沿わせてみる。
それは一瞬びくりと動いた後、そのまま特に動かずにゆったりと動いていた。手のひらからとてつもなく大きく、長い呼吸をしているのであろうと思われる、ゆったりとした動きが伝わってくる。
「あなた…なのですか…?」
少女は無意識に問いかけていた。自身の声すら聞こえないので、伝わっているのかどうかすら定かではない。
「あなたが…夜の寒さから…私を守って下さったのですか…?」
何も聞こえない。少女は特に反応がない事を気にしていなかった。
自分に視覚といった感覚がそもそもないのなら、相手が何をしてくれていても分からないだろう、そう少女は考えていた。すると硬質な、ナイフのように尖った、冷たい何かが髪に触れた。
それは優しく、まるで触れるのを怖がるかのように、髪をなでていた。おぼろげに覚えている、黒いマントの男の手つきとは違う、少し怯えるようで優しい動作。
それは雄鹿のツノのような、凄まじい大きさであった。だが少女はそれが恐らくは、自分を包んでくれているものの、爪なのだろうと理解した。触覚のみになっている少女の感覚は研ぎ澄まされており、伝わってくる怯えは恐怖の類ではないと感じた。
どちらかというと、生まれたての子猫をなでる時の手つきに近い。
(愛でて…下さっている…?)
少女は少し赤面した。思春期を過ごしていた少女にとって、恋は強い興味の対象であった。
だが家族以外の誰かを愛したり愛されたり、そういった事の経験は少女にはまだなかった。それでいて人間に家族を皆殺しにされた少女には、自身も含めた人間への強い不信感があった。
そんな中で夜中の間ずっと寒さから優しく守ってくれた。今も爪でまるで壊れるのを恐れるかのように、優しくなでてくれている。少女の中にふと、温かい感覚が芽生えた。その時だった。
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