第573話 太陽の王と悠久の乙女⑧

 静かに天を仰ぐ。

 四本角の内、前の二本が鬼火を放ち。

 アギトを開いた鋼の鬼は、大量の恒力を喰らった。

 恒力値が爆発的に増大した。

 そして、


 ――ドンッ!

 紅い鬼火で光を引いて《朱天》は跳躍した!

 瞬時に《業蛇》の頭部に移動すると、鋼の拳を叩きつける!


 さしもの怪蛇も大きく仰け反った。

 しかし、倒れるまでには至らない。

 千年樹のような尾で宙空にいる《朱天》を殴打する。《朱天》は咄嗟に両腕を交差して受け止めるが、そのまま近くのまで大樹まで吹き飛ばされた。


『――チイ!』


 ぐるりと宙空で後転。両足で大樹の幹に着地する。

 ビシリッと巨大な幹に亀裂が奔った。


「――ルカッ!」


 アッシュは、後ろに座るルカに向かって叫んだ。


「両足に力を込めて体を固定しろ! 俺にしっかり掴まっておけ! ここから先は鎧機兵の戦い方はしねえ!」


「は、はいっ!」


 ルカは言われるがままに、両足で操縦シートをしっかりと挟み込み、アッシュの腰に強くしがみついた。後方ではオルタナも固定した荷物に必死に掴んでいる。


「激しくなる! しゃべるのも禁止だ!」


 そう告げられて、ルカはコクコクと頷いた。

 アッシュは大きく息を吐いた。

 そして、


「――行くぜ!」


 ――ズガンッッ!

 雷音が轟く!

 大樹の幹にさらに大きな亀裂を刻みつつ、《朱天》は再び跳んだ。

 だが、それは《業蛇》も読んでいたようだ。

 大きく喉を膨らませる。ボコボコッとアギトの隙間から泡が立ち、直進する《朱天》に向けて《強酸の息アシッドブレス》を撃ち出した!

 対する《朱天》は掌底を地面に向かって繰り出した。

 撃ち出したのは不可視の衝撃波――《穿風》だ。その反動で《朱天》の巨躯は上空に跳ね上げられて《強酸の息アシッドブレス》を回避した。

 大きな弧を描く《朱天》。そのまま《業蛇》の遥か上空に移動する。

 怪蛇はすぐさま顔を上げて第二射の準備に入ろうとするが、それよりも《朱天》の動きの方が早かった。

 腰だめに右腕を構える。

 そして、


 ――ズズンッッ!

 凄まじい衝撃が《業蛇》の巨体を圧し潰した。

《黄道法》の放出系闘技・《大穿風》だ。

 巨大な掌の跡が大地に刻まれる。

 重力が数十倍になったような圧力に《業蛇》も地面にふれ伏せられる。

 並みの魔獣ならば、これで終わりだろう。

 だが。


「――シャアアアアアアアッ!」


 咆哮と共に《業蛇》の頭を上げた。

 さらにそこから跳躍。その姿は昇竜のごとくだ。

 アギトを開き、上空にいる《朱天》を喰らわんと迫る!


『――チィ!』


 アッシュは舌打ちし、《穿風》を使って再び宙空での軌道を変えた。

 しかし、鎌首を動かして《朱天》を追ってきた。

《穿風》での軌道修正程度では逃げ切れない速度だ。


『くそッ!』


 表情を険しくするアッシュ。

 同時に《朱天》は迫る《業蛇》のアギトの前に掌底を繰り出した。


 ――《穿風》ではない。

 使った闘技は《十盾裂破》。

 構築系の闘技であり、自分の前方に不可視の十枚の盾を構築する技だ。

 それが《業蛇》の追従を遮る。


 ――だが、一枚、二枚、五枚と。

 怪蛇のアギトは止まらない。

 不可視の盾を次々と破壊して容赦なく迫る牙。

 どうにか最後の一枚で《業蛇》の接近を止めることは出来たが、《朱天》はそのまま地面へと弾き飛ばされてしまった。


 ――ズドンッ!

 地面に叩きつけられ、操縦席が大きく揺れた。

 ルカが悲鳴も上げずアッシュに強くしがみつく。

 代わりに舌を噛むこともないオルタナが「……ギャワッ!?」と叫んでいた。

 アッシュは鋭い表情のまま、恒力を地面に叩きつけてその勢いで《朱天》を反転させて立ち上がらせる。

 だが、その直後には上空から《業蛇》のアギトが迫っていた。

 すぐさま《雷歩》を使い、後方へと退避した。

 巨大なアギトは地面に直撃する。

 地響きと共に土煙が舞い上がった。


 数秒、十数秒と時間が過ぎる。

 ズズズ、と土煙に巨大な影が映った。

 そうして土煙が晴れた時、そこには鎌首をもたげる《業蛇》の姿があった。

 巨大すぎる怪蛇と鋼の鬼は、静かに対峙する。


 そんな中、


(……最後の王獣か)


 アッシュは双眸を細めた。


(ここまで恒力を上げた《朱天》の拳でもほぼダメージなしかよ)


 もはや頑強さでは巨象以上かも知れない。

 正直、このままでは埒が明かない。

 いや、ダメージの蓄積は間違いなく《朱天》の方が早い。

 このままでは敗北は必至だ。


(あのジジイどもがどこかに潜んでいる可能性がある)


 そのため、出来れば最後の力は使いたくなかった。

 しかし、背に腹は代えられない。

 このままでは《業蛇》に殺されるだけだ。


(ジジイどもに関しては出たとこ勝負にすっかねえ)


 操縦棍を強く握りしめて、アッシュは覚悟を決める。

 今この危機を切り抜けなければ未来もない。


「……ルカ」


 アッシュは再びルカに声を掛ける。


「こっからは暑くなる。少し我慢してくれよな」


 それに対し、ルカは頬をアッシュの背中に当ててコクンと頷いた。

 しゃべってはいけないというアッシュの言いつけを守っているようだ。

 アッシュはふっと笑った。

 昨夜の大胆な彼女には驚かされたが、やはりこの子は素直な子だ。


「怖かったら後でギュッとしてやるからな。今は頑張ってくれ」


 そう告げると、ルカは一瞬ビクッと肩を震わせたが、すぐに勢いよく頷いた。

 アッシュは再び微笑む。

 そして、


「……行くぜ。相棒」


 愛機に語り掛ける。

 直後、後方の二本の角にも鬼火が灯った。

 白い鋼髪がゆらりと浮かび、《朱天》の全身の装甲が紅く発光していく。

 大地に咲く草木が上昇する気温に焼き払われた。


 変化はそれだけではない。

 両手首には、宙に浮かぶ黒い炎輪。

 そして背には、後光のごとく、さらに大きな黒炎の輪を背負う。

 黒い三つの炎輪は、黄金の火の粉を散らしていた。

 そうして《朱天》は天を仰ぐ。


 グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!


 咆哮を上げた。

 それは《業蛇》の雄たけびにも劣らないモノだった。

 真紅の鬼と化した《朱天》は、静かに拳をギシリと固めた。

 対する《業蛇》も鎌首をゆっくりと動かす。


 互いに力を収束させる。

 最後の瞬間が迫っていた――。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る