第八章 太陽の王と悠久の乙女

第566話 太陽の王と悠久の乙女①

 その夜。

 ユーリィたちは野営をすることになった。

 大樹海脱出に向けて出来るだけ急ぎたいところではある。

 しかしながら、予定外だった巨馬との戦闘に時間が取られた上、各機の損耗も大きかったため、夜間の強行軍は避けた方がいいと判断した結果だ。


 ただ、野営といってもテントを張る訳ではない。

 そこはルカが残してくれた『ハウス』を活用することになった。

ハウス』は大岩の姿で偽装しているが、元々この大樹海はすべてにおいてスケールが大きいため、大樹の傍らに設置するとさほど違和感を覚えることもなかった。

 ハックたちは初めて見る『ハウス』に目を丸くしたものだ。

 八人用なので彼らが使用するのにも定員内で済んだ。


『申し訳ありません』


 夕食時。

 ジェシーは『ハウス』のリビングで改めてユーリィたちに謝罪した。

 定員いっぱいなので一堂が揃うと流石に少し狭く感じる。


『まあ、気にすんな』


 そう言って笑ったのはハックだ。


『誰一人、大きな怪我もなければ死ぬこともなかったんだ』


『そうだな』


 別の傭兵も頷く。


『それに結果的には固有種討伐の大殊勲だ』


 ちらり、とジェシーの隣に座るサンクに目をやった。


『これで王女さまが無事ならお前さんもお咎めなしになるんじゃねえか?』


『いえ。そうはいきません』


 と、真面目なサンクはかぶりを振った。


『失態は失態ですから』


 そう返すサンクに全員が苦笑を浮かべた。


『ですが、いかなる処罰を受けたとしても皆さんには必ずお礼をいたします』


 と、サンクは続けた。


『いや、お前さんって嫁さんを二人も貰おうとするくせに真面目だよな』


『違げえねえ』


 傭兵たちは笑った。


『まあ、ともあれだ』


 そんな中で、ハックが室内を一瞥した。


『まさかこんなモンがあるとはな』


 それから苦笑を零すと、サンクを指差して。


『ここまで来れば大樹海の突破も難しくねえ。あれだけの危機だったんだ。もう愛しさが爆発しそうなのは分かるし、野暮なことも言いたくねえ。ただ、今夜、燃え上がんのは仕方がねえとしても、明日のための最低限の体力ぐらいは残しておいてくれよな』


 そう告げて、ニヤリと笑う。

 傭兵たちは楽しそうにゲラゲラと笑った。

 シャルロットは何とも言えない顔をして、ユーリィは少し呆れた表情を見せた。

 一方、指摘されたサンクは、


『い、いや、その……』


 明らかに動揺し、ジェシーは目を見開いて赤い顔をした。

 エイミーは『むむむ……』と唸っていた。

 そうして今夜は早めに全員が就寝することになった。


『とっとと済まして』


 というエイミーの強い勧めで、最初からサンクとジェシーが同室だったことにも、もう誰もツッコミを入れなかった。


 ただ、その深夜。

 ――パチリと。

 ユーリィはおもむろに目覚めた。


「…………」


 ベッドの上から体を起こす。

 窓がないため、時間は確認できないが、まだ夜なのは何となく分かった。


「…………ん」


 喉の渇きを覚えたユーリィは立ち上がり、個室を出た。

 部屋を出ればすぐにリビングだ。

 その奥にキッチンがある。が、ふと気付く。

 薄暗い照明に包まれたリビングに人影があることに。

 それが誰なのかはすぐに気付いた。


「シャルロットさん?」


 テーブルの一席に座っていたのはシャルロットだった。

 初めて見る動きやすそうな寝間着姿だ。

 ユーリィの声に、シャルロットはこちらを向いた。


「……ユーリィちゃんですか?」


「……うん」


 ユーリィは頷いた。


「眠れないの?」


「ええ。少し」


 そう返すシャルロットの手にはコップが握られていた。

 中身はただの水のようだ。ユーリィはキッチンに向かうと自分の分の水を取ってきて、そのままシャルロットの隣に座った。


 水を口にする。

 ユーリィもシャルロットもしばし沈黙した。

 そうして――。


「……私は」


 シャルロットが口を開いた。


「やはりルカさまをお守りできなかったのは私の失態だと思います」


「…………」


 ユーリィはシャルロットを見つめた。

 俯く彼女の表情が暗く見えるのは、薄暗い照明のせいだけではないだろう。


「私がもっとしっかりしていれば……」


「……シャルロットさんは」


 ユーリィは嘆息した。


「意外とへこみ続ける人?」


「…………そうです」


 シャルロットは渋面を浮かべつつ頷いた。


「少し立ち直っても一人になると思い出してしまって。またぶり返して……それの繰り返しです。昔からそんな感じでした」


「……そう」


 ユーリィは呟くと、コップをテーブルに置いた。


「よいしょ」


 続けてテーブルの上に乗る。

 唐突なユーリィの行動にシャルロットは「え?」と目を瞬かせた。

 ユーリィはテーブルの上からシャルロットの前に移動すると、彼女の首に手を回してギュッと抱きしめた。


「ユ、ユーリィちゃん?」


「アッシュの代わり」


 目を丸くするシャルロットにユーリィが告げる。


「私がへこんだ時は、アッシュはいつも抱っこしてくれるから」


「……そうですか」


 シャルロットは覇気もなくそう呟く。

 ユーリィは「むむむ」と唸った。


「やっぱり私だと効果が薄いみたい」


 そう言って少し離れると、今度はシャルロットの両頬を掴んだ。


「シャルロットさん」


「は、はい」


 ユーリィはシャルロットの瞳を覗き込んだ。

 というよりも、ジト目で睨み据えた。


「いつまでもへこみすぎ。だから、不本意だけど、アッシュが戻ってきたらいっぱい甘やかされて。幸せでネガティブ思考が吹き飛ぶぐらいに。どうも、それぐらいしないとシャルロットさんのへこみ癖は治らないみたいだから」


「……う」


 色々な意味も含んでシャルロットは言葉を詰まらせる。

 一方、ユーリィは嘆息した。


「そもそもシャルロットさんがこれ以上へこむ必要はないと思うの」


「ですが……」


「『ですが』もない」


 と、何か言おうとするシャルロットの顔を強く押し潰すユーリィ。

 一拍おいて、


「だって、たぶんルカは今、幸せいっぱいになっていると思うから」


「……え?」


 シャルロットはキョトンとした眼差しを向けた。

 一方、ユーリィはテーブルの上で正座をして。


「これも不本意だけど、何となく分かるの」


 長年の直感でこう告げる。


「きっとルカ。今頃アッシュに助けてもらって甘えているんじゃないかって」








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