第551話 それぞれの胸中②
場所は変わってエルナス湖。
愛機が待機する傍らで、ジェシーは浮かない表情で手荷物をまとめていた。
とは言え、元々移動中だったのでほとんど整っている。
単独で動くアッシュに食料を分配した時点でほぼ終わっていた。今しているのは鎧機兵の召喚器でもある短剣の手入れ。岩を椅子代わりに座り、刀身を見据えている。
出発までの手持無沙汰を誤魔化すための私物の整理だった。
「…………」
刀身に映る自分の顔。
そこにいる自分は唇を強く噛んでいた。
(……失態だ)
護衛対象である王女殿下をお守りできなかった。
王妃さまに申し開きもできないほどの失態である。
(たぶん処罰は免れない)
それに関しては受け入れている。
それだけの失態だ。
ただ心配なのはサンクのことだった。
サンクは今回の任務において隊長の立場にある。
彼は自分や妹よりも厳しい処分を受けるだろう。
(もし王女殿下の身に何かあれば……)
よくて爵位の剥奪か国外退去か。
下手をすれば処刑もあり得る。
この平和の国では滅多にない刑ではあるが、それだけ重罪だ。
(……サンク)
ジェシーはさらに強く唇を噛んだ。
せめて王女殿下の安否をご確認しなければならない。
無謀であっても、それぐらいはしなければ減刑もないだろう。
(サンクにはもうエイミーがいる)
ジェシーは瞳を閉じた。
今朝のことだ。
王女殿下が用意してくださった『
ジェシーはエイミーがサンクの部屋から出てくるところを目撃していた。
恐らく妹は昨夜、サンクと結ばれたのだろう。
彼に想いを寄せる自分としては胸が痛い。
嫉妬もある。
けれど、自分は妹ほど割り切れない。
これは自分が選んだ結末だ。
(どんな処罰を受けても、エイミーがサンクを支えるわ。なら……)
――カシャン、と。
短剣を鞘に納める。
ジェシーは立ち上がった。
愛機・《アッカル》を見上げた。
(このまま撤退してはダメだわ。必要なのは捜索した事実)
あの師匠ならば、無事王女殿下を救出してくれるかもしれない。
だが、それが失敗する可能性もある。
それを考慮すると、必要なのは殿下を捜索した実績だった。
それも命を懸けた捜索である。
そうすれば情状酌量がつき、サンクも減刑されるかもしれない。
(私は
両膝をつく愛機に乗り込み、ジェシーは自嘲した。
王女殿下の安否を案ずる気持ちはある。
だが、それ以上にジェシーの頭はサンクのことで一杯だった。
脳裏に浮かぶのは共に過ごしたこれまでの日々。
そして胸に抱くのはサンクへの想いだ。
(……私は)
ゆっくりと
一瞬視界が閉ざされるが、すぐに外の様子がモニターされる。
ジェシーは、サンクと彼の傍にいるエイミーに目をやった。
(サンク。エイミー)
操縦棍を強く握る。
「ごめん。そして幸せになってね」
そう小さく呟いて。
彼女の駆る《アッカル》は静かにその場から消えた。
………………………………。
………………………。
……そうして。
その事実に、サンクたちが気付いたのは十分後だった。
まさに出発しようと集まった時。
「ジェシーがいないだって?」
サンクは愕然としていた。
いつの間にか、ジェシーが消えていたのだ。
青ざめるが、エイミーが姉の置き手紙を見つけた。
どうやら彼女は一人で王女殿下の捜索に出たそうだ。
サンクたちには一般人を警護しつつ、ドランを脱出して欲しいとも記していた。
「……どうしよう。サンク」
姉の手紙を握りしめてエイミーが不安げに言う。
生まれた時から一緒だった姉のことだ。
エイミーには姉の目的を何となく察していた。
このまま撤退してはサンクに厳罰が下る。
それを少しでも減刑するために彼女は行動に出たのだ。
最悪、命を落とすことになってもだ。
「ジェシー。なんて馬鹿なことを……」
サンクは拳を固めた。
客観的に見れば、こんなことをしてもサンクの減刑にはならない。
むしろ逆効果だ。単独で固有種の魔獣まで潜む大樹海を捜索させるなど、サンクの統率力不足が指摘されることだろう。
ジェシーも平時ならばそういった判断が出来たはずなのだが……。
「お
エイミーが言う。
ともあれ、今はどうするかである。
サンクの心は、すでに決まっていた。
「オレはジェシーを探しに行く」
これは男としての決意だ。
惚れた女を放っておくことなど出来ない。
そして、
「エイミーたちはブラウンさんと一緒に脱出してくれ。一般の方々を頼む」
騎士としてそう告げる。
「サ、サンク……」
エイミーがサンクの腕を掴んだ。
サンクは「大丈夫だ」とニカっと笑った。
「ジェシーを連れ戻したら、オレたちもすぐに合流する」
そう告げる。が、その時。
「おいおい。騎士の兄ちゃんよ」
ハックが頭をかいて口を開いた。
「流石に合流は厳しいだろ。おい。お前ら」
ハックは団員たちに目をやった。
「隊を二つに分けんぞ。俺はこの騎士の兄ちゃんと一緒に騎士の嬢ちゃんの捜索に出る。ラック。シドラーの二人は俺に付いてきてくれ。嬢ちゃんを回収次第、俺らは俺らで大樹海を脱出する」
「……な」
サンクは目を剥いた。
「それなら私たちもそちらに移りましょう」
シャルロットが言う。その隣ではユーリィが頷いていた。
「うん。元々私たちはハシブルさんのチームだし」
「ス、スコラさん……妹さんも」
サンクは驚いた表情を見せた。
が、すぐにハッとして。
「そ、そうは行きません! オレには一般の方を守る義務があります! 同僚のために皆さんを危険に晒すなんて――」
「ああ~、あのなあ。兄ちゃん」
ハックがボリボリと頭を掻く。
「ここでお前さんを一人で行かせれば生きて帰ってくる可能性は極めて低い。あの嬢ちゃんもだ。アッシュと契約した手前、俺は一人も死なせる訳には行かねえんだよ」
そこで、ふんと鼻を鳴らす。
「隊を二つに分けてそれぞれが脱出する。それが現状での最善手だ」
「で、ですが戦力を二分するなど……」
と、サンクが言うが、ハックは「むしろ好都合だ」と言い切った。
「戦闘前提ならともかく、これは撤退だ。隊を分ければ移動速度は増す。最適な人数に分けたと考えな」
「な、ならせめてエイミーをそちらの隊に……」
「いや。それはしない方がいいな」
と、サンクの提案を遮ったのは《プラメス》の副団長だった。
「ハックたちの方は流石に混合になるが、俺たちの方は団員だけで構成した方がいい。連携の重要性なんて語るまでもねえだろ? つうかさ」
そこで彼は肩を竦めて苦笑を浮かべた。
「即断で助けに行くことを決めやがって。同僚とか気取った言い方すんな。惚れた女なんだろ? さっさと行けよ。色男」
「………え」
いきなりそんなことを指摘されてサンクは唖然とするが、よく見ると傭兵団のメンバーは全員がニヤニヤと笑っていた。
商人たちさえ、どこか優しげな眼差しを見せている。
「……皆さん」
流石に顔を赤くしてサンク。
が、彼はすぐに深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」
「ははっ」
ハックが笑う。
「お礼ならこれが終わった後、王都で一杯奢りな。もちろん騎士の嬢ちゃんも一緒だ。アッシュの奴や王女殿下も含めてな」
「……分かりました」
サンクは困った顔をしつつも頷いた。
「皆さん。どうかご無事で」
「おう。お前さんもな」
と、副団長が言う。それから彼は団長のハックと拳を重ねて。
「面倒見てやんな。ハック」
「おう。そっちも気ィつけてな」
そんなやり取りをして、商人を護衛する副団長の一団は出発した。
残されたのはサンクとエイミー。
シャルロットとユーリィ。
そしてハックと三人の団員たちだ。
「そんじゃあ、俺たちも行くか」
ハックがそう告げる。
サンクは「はい」と頷いた。
そうして奥が見えない大樹海を見据えて。
(必ず助けに行くからな。ジェシー)
かくしてここにも一人。
大切な女を取り戻すと決意した男がいたのであった。
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