第五章 それぞれの胸中
第550話 それぞれの胸中①
(……あれ?)
おもむろに。
ルカは目を覚ました。
パチリと水色の瞳を開く。
閉じたり開いたりと、瞬きを数回繰り返す。
どうやら自分はベッドの上にうつ伏せに寝ているようだ。
「………え?」
――ガバッ!
両手をついて上半身を跳ね起こした。
「ここ、どこ?」
困惑する。
周囲に目をやった。
確かに自分はベッドの上にいた。
柔らかなベッドだ。良質のシーツであることも分かる。
ベッドの他にはテーブルや椅子などもある。
しかし、周囲は奇妙だった。
何やら、木の根のようなでっぱりが壁一面にあるのだ。
その上、高い天井にはふわふわと見たことのない光源が浮遊していた。
ドアは部屋の片隅に一つだけ。
箱のような小さな部屋の入口のようだ。
ルカはベッドから立ち上がると、そのドアを開けてみた。
中はトイレだった。
当然出口ではなく少し落胆してドアを閉める。
周囲を見渡すが、やはり他にドアはない。
「……ここは?」
そう呟いたところでハッとする。
(………あ)
青ざめる。
――そうだった。
自分は大樹海にいたはずだ。
しかし、異相世界に囚われて、そこであの老紳士に負けて……。
(私、攫われた……)
ルカは遅まきながらも自分の衣服を確認した。
大樹海で着ていた
胸元が少し
少し
少しホッとしつつも、ルカはもう一度室内を確認した。
ベッド、テーブル、椅子。
家具類は上質のモノのようだが、それ以外がやはり奇妙だ。
まるで巨大な生物の腹の中にいるような錯覚を覚える。
しかし、そうではないとすぐに気付く。
ルカの身長の二倍ほどの高さの位置に通気口があったからだ。
四方の壁に一つずつ。人為的な長方形の通気口である。
「……あそこからなら」
そう呟き、ルカは壁に近づいていった、その時だった。
「おお。お目覚めになられましたか。王女殿下」
不意に背後から声を掛けられる。
ルカは、ギョッとして振り向いた。
先程まで誰もいなかったというのに、そこには今、老紳士がいた。
「あ、あなたは……」
ルカは後ずさり、喉を鳴らす。
「た、確か、ロッセンさん……」
「おお。私の名前まで憶えてくださっていたとは」
老紳士――ウォルター=ロッセンは恭しく頭を垂れた。
「光栄です。王女殿下」
「ど、どうして私を……」
「いえ。私としては王女殿下ご自身よりもあなたの騎士殿に用がありまして」
「わ、私の騎士……?」
そう告げられて思い浮かぶのはサンク=ハシブルとビレル姉妹だ。
しかし、あの三人はこの老紳士と面識がないはず。
となれば考えられるのは一人だけだった。
「か、仮面さん……アッシュさんに何をする気、ですか」
温厚な顔立ちに、精一杯の鋭さを見せてルカはウォルターを睨んだ。
ウォルターは「……ほう」と少し驚いた顔をする。
「意外と気丈な顔をされる。王族としての矜持……というよりも」
一拍おいて、ふっと笑みを零す。
「愛する男の身を案じる女の顔ですかな?」
そんなことを言われて、ルカはカアアァと顔を赤くした。
「彼と将来を共にしたいと? 彼とは閨をすでに共にされましたかな?」
続けてそんなことを尋ねてくる老紳士に、ルカはますます顔を赤くした。
しかし、彼女の口から否定の言葉は出てこない。
ウォルターは、クツクツと笑った。
「初々しいことですな。察するに閨はまだであっても、すでに彼とは恋仲といったところですか。ふむ。これは……」
あごに手をやって頷く。
「我が師も満足する回答です。彼が殿下を愛しているのは確かでしょうな。私としてはにわかに信じ難い話ではありますが、彼こそが師の語った……」
「な、何を言っているの、ですか?」
ルカは困惑した表情を見せた。
対するウォルターは肩を竦めて。
「いやなに。流石に想定外ではありましたが、我が師にとってはこの上なき吉兆でもあるということですよ」
そんなことを告げた。
ルカは眉根を寄せた。流石に気付く。
この男以外にもう一人、他の人物がいることに。
(この人の仲間……けど『師』って……)
状況は全く分からない。
もしかしたら、あの《業蛇》や大蜘蛛も彼らの仕業なのかもしれない。
(た、確かめないと……)
ルカは少しでも情報を引き出そうと考えたが、
「それでは王女殿下」
ウォルターは一礼する。
「急遽ご用意いらしたため、いささか不便な場所ではございますが、おくつろぎください。時期が来ればお迎えに上がりますので」
早々に話を終わらせよとする。
ルカは手を伸ばして「ま、待って!」と声を掛けるが、それも遅かった。
「それではごきげんよう」
そう告げて、ウォルターは消えた。
一瞬でその場から消えたのだ。
ルカは手を伸ばしたまま固まってしまった。
目の前の現象に唖然とするが、結局、何も聞き出すことが出来なかった。
「………ッ」
ルカは伸ばした手を自分の肘に当てて、きゅっと唇を噛んだ。
あの老紳士ともう一人――老紳士に『師』と呼ばれている人物は、間違いなく彼に危害を加えようとしている。
自分はそのための餌なのだ。
それだけは直感で感じ取っていた。
自分の不甲斐なさに無力感を抱きつつ、
「……仮面さん。アッシュさん……」
愛する青年の名を呟くルカだった。
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