第三章 ザ・ランペイジ

第540話 ザ・ランペイジ①

 同時刻。

 円塔都市ボレストンの最上階。

 青い空を天蓋とする場所で一人佇む人物がいた。

 黒い眼鏡に、顎髭を蓄えた風貌の男性だ。

 ボレストンの市長。トム=アイロスである。


「……………」


 トムは腕を組み、眼下を見据えていた。

 その視線の先は遥か眼下の街道。

 五十人ほどで構成される一団が馬や馬車に乗って進んでいた。


「……………」


 高所だけに強い風が吹く中、トムは未だ無言だ。

 視線をやや遠方に向ける。

 そこには大樹海の光景があった。


「……トム」


 その時、背後から声を掛けられる。

 振り向かずとも分かる。

 友人であり最も信頼する市議員のハーティ=ラマだ。


「報告するぞ」


 ハーティはトムの横に並んだ。


「先程、調査団をドランに派遣した」


「ああ」


 トムは頷き、視線を街道の一団に向けた。


「あいつらだろう? 随分と大人数になったな」


「正直、状況が全く読めんからな」


 ハーティは手に持った書類をパンと叩く。


「フライングした連中の証言はかなり胡散臭くはあるが、回収した奴らの機体の損傷は只事じゃなかったのも事実だ。なにせドランは広大だからな。《業蛇》以外の未知の魔獣がいてもおかしくない」


「完全に水を差してくれたものだ」


 腕を強く組んだまま、トムは渋面を浮かべた。


「ようやく《業蛇》がいなくなったと思えば今度は推定三十セージルの魔獣だと? そんなもの固有種クラスじゃないか」


「まだ確定した訳じゃない」


 一度トムの方を見てから、ハーティも視線を調査団に向けた。


「まずは調査だ。だが、トム」


 そこで言い淀むハーティ。


「……分かっている」


 トムは強く唇を噛んだ。


「もし本当に固有種クラスの魔獣がいるのならば、今回の大調査は中断するしかない」


 強く指先が腕に食い込む。

 ハーティも眉間に苦悶のしわを寄せた。


「……やはりそうなるか」


「……ああ」


 トムは絞り出したような声で答える。


「この事実を知ってなお続行すれば、いかに慈悲深き陛下とてお怒りになられるだろう。中断は決定だ。俺たちに出来ることと言えば……」


 願いを込めるように調査団を凝視する。


「ただの間違い。ただの懸念であること。それを祈るばかりだ」



       ◆



 ……ズズゥン。

 大樹海に地響きが轟く。

 同時に大樹が揺れて、鳥や魔獣たちがわれ先と逃げ出した。

 地響きはさらに続く。

 巨躯ゆえに時折木々が行く手を阻むことになるが、それも歯牙にもかけず歩くだけ粉砕して突き進む。

 ややあって、一体の魔獣が立ちはだかった。

 全高にしておよそ十三セージル。

 四足獣系の魔獣であり、岩のような外殻と大きな角を鼻に持つ魔獣だ。

 その姿だけで圧倒的な突進力が容易に想像できる。

 事実、その突進は城砦さえ砕いたこともあるという。

 固有種を除けば最強の一種。《尖角センカク》と呼ばれる魔獣だった。


「……グフゥ」


 息を吐き出す《尖角》。

 恐らくここら辺りを縄張りにしている個体なのだろう。

 倍以上の体格を持つ相手にも怯む様子はない。

 対する巨獣も流石に立ち止まった。

 そして、

 ――ドドドドドドドドドッ!

 振動する大地。《尖角》は猛烈な勢いで突進した!

 しかし。

 ――ブオンッ!

 巨獣が持つそれは大蛇のように動いた。

 それは角を突き上げた《尖角》の腹部を殴打し、さらには、


「……グォオッ!?」


 驚くべきことにその巨体を軽く拾い上げると、そのまま弾き飛ばした。

 両足が浮いた《尖角》は吹き飛び、次々と大樹にぶつかっては粉砕した。

 バキバキバキッと幾つもの大樹が倒れていく。

 それでも流石は最強の一種と呼ぶべきか。

 弾き飛ばされても《尖角》はまだ健在だった。

 しかし、足元はおぼつかず、完全に戦意は失ったようだ。


「……グフゥ……」


 ふらつきながらも早足で逃走していく。

 巨獣は少しの間だけ様子を見ていたが、再び進み出す。

 地響きが続く。

 それは徐々に遠ざかっていった。

 そして、その様子を見据えている者たちがいた。


『……何なんだよ、ありゃあ……』


 大樹の陰から一機の鎧機兵が姿を現す。

 さらに数機ほどが別の大樹から顔を見せた。

 王都ラズンに鎧機兵の店舗を構える一団。

 たまたまこの近くにいた一行である。

《尖角》がいることに気付き、身を潜めていたのだ。


 しかし、そこに起きたのが連続する地響き。

 緊張が高まったところに、現れたのが先程の巨獣だ。

 あまりにも格の違う化け物に、彼は息を潜めることしか出来なかった。


『……おいおい、冗談じゃねえぞ……』


 別の鎧機兵が言う。

 その中の操手は冷たい汗を流していた。


『あのクラスの《尖角》がまるで子供扱いだぞ。さっきの化けモンは固有種だろ。どう見ても……』


『……ああ。確かに固有種だ。だが……』


 別の操手が渋面を浮かべる。


『このドランは《業蛇》の縄張りだろ? なんで別の固有種がいんだよ』


 同じ地域に固有種は二体いない。

 縄張り意識が強すぎて必ず激突するからだ。

 それは平和なアティスに住む彼らにとっても常識だった。


 一行は困惑する。

 すると、その時、凄まじい雄たけびが大樹海に轟いた。

 彼らは一斉に空を見上げた。

 大樹の天蓋のため、ほとんど空は見えないのだが、わずかに鳥や飛行する魔獣たちの影が映り、逃げていることが分かる。

 彼らは無言のまま喉を鳴らした。

 そして、


『……一体、この森で何が起きてんだよ……』


 誰かがそう呟いた。

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