第七章 不変の湖

第520話 不変の湖①

 休憩を終えたアッシュたちは、再び樹海の中を進み始めた。

 森の中は相変わらず薄暗い。

 当然ながら、奥に行くほど鬱蒼としている。

 そんな中を慎重に進んだ。

 アッシュは《朱天》の操縦棍を握りながら、《万天図》を一瞥した。


「……そろそろ、拠点を決めたチームが出てきてんな」


「……そうなの?」


 少し立ち上がったユーリィが、アッシュの肩にあごを乗せて《万天図》を覗き込んだ。

 恒力値を索敵する《万天図》には無数の光点が表示されていた。


「これで分かるの?」


「ああ」


 アッシュは頷く。


「幾つかの固まった光点が動きを止めてんだろ? そろそろ開始から半日ちょい。これは拠点を設置し始めたってことだと思うぜ」


「ふ~ん」


 ユーリィは、アッシュの肩にあごを乗せたまま呟く。


「意外。もっと奥で設置すると思っていた」


「まあ、あんま奥地に設置するとリスクもあんからな」


 アッシュは苦笑を浮かべる。

 この『ドランの大樹海』に限らず、魔獣が棲むような大きな森は、奥地へ行くほど強力な魔獣が住処にしている。

 本格的な調査のためには奥地の方がいいのだろうが、戦闘力にさほど自信がないのならば、撤退も考慮して、この辺りに設置するのもありだろう。


「もしかすっと、まだ様子見で、段階をかけて奥地に行くかも知んねえけど」


「私たちはどうするの?」


「そうだな。手頃な場所を探しているんだが……と」


 アッシュは、少し強く操縦棍を握った。


「ユーリィ。ぬかるみがある。強く掴まれ」


「うん」


 アッシュの首に両手を回して、ユーリィが頷く。

 ズシンっ、と《朱天》が少し揺れた。


「こら。ユーリィ」


 アッシュはしがみつくユーリィに告げる。


「魔獣とまだ遭ってねえって言っても足場も悪いんだ。ちゃんと座っていろ」


「……やだ」


 ユーリィが拒絶した。


「折角、アッシュと二人きり。もう少し甘えたい」


 そう告げると、アッシュの背中にのしかかってくる。


「いや、あのな」


 アッシュは、嘆息した。


「場所を考えろよ。一応、ここは魔獣の巣窟なんだぞ」


「大丈夫」


 ユーリィは微笑んだ。


「アッシュが一番強いから。ここより安全な場所はない」


「そう言ってくれるのは嬉しんだが」


 アッシュは、苦笑を零した。


「それでも危険なことは危険なんだ。ちゃんと座れ」


 厳しく告げると、流石にユーリィも頷いた。


「……仕方がない」


 アッシュの後ろで腰を降ろす。


「けど、もう少し甘えてもいい機会を作って欲しい」


 ユーリィは、アッシュの腰を掴んで言う。


「私はもうアッシュの『娘』じゃない。未来の『奥さん』の一人なのだから」


「……いや、その話は……」


 はあっ、とアッシュは息を吐いた。


「二年後に決める話だからな。今はまだ心情的には『娘』だよ」


「……むう」


 ユーリィは、不満げに頬を膨らませた。


「今すぐにでもいいのに」


「……いや。あのな、ユーリィ」


 過激な台詞を言う愛娘に、アッシュは深々と嘆息した。

 すると、


「……まあ、もう確定しているからいいけど」


 ユーリィはアッシュに尋ねてきた。


「話を戻す。私たちの拠点はどうするの?」


「おう。そうだな」


 アッシュは周囲に目をやった。

 愛機のモニター越しに見える光景。巨大樹の森なので鎧機兵が進めるだけの木々の間隔はあるが、やはり視界が悪い。


「出来れば視界が良い方がいいな。こう言っちゃなんだが、俺たちの場合は広い場所の方がいい。《朱天》もそうだが、シャルの《アトス》も、ルカ嬢ちゃんの《クルスス》も広い場所の方が性能を発揮する鎧機兵だしな」


 騎士であるサンクたちも戦闘になるとしたら、広い場所の方がいいだろう。


「少し、発想を変えてみるか」


 アッシュはあごに手をやって呟く。


「いっそ、戦闘を有利にすることを優先した場所の方がいいかも知んねえ。広い場所でも異物があると、逆に魔獣を遠ざけるって例もあるしな」


 アッシュはさらに思考する。


「なら、水辺も確保しときたいな。だとすると……」


 数秒の沈黙。

 ユーリィは何も言わずにアッシュの結論を待った。

 そして、


「おし」


 アッシュは頷いた。


「決めたの?」


 ユーリィが尋ねると、アッシュは「おう」と応えた。


「まだ候補だけどな。ちょいと、シャルたちにも聞いてみるよ」


 そう告げて、拡声器をONにして後ろに続くシャルロットたちに尋ねた。

 シャルロットたちは、少し考えてから、


『その判断も良いかと思います』


『ええ。オレも拠点は広い場所の方がいいと思います』


 シャルロットとサンクが答えた。

 ルカやジェシーたちも賛同する。


『なら、ここからだとあの場所がいいな』


 アッシュは、候補に考えていた場所を皆に告げた。


『そうっすね』


 サンクの愛機・《バルゥ》が頷いた。


『あそこには、オレも一度訓練で行ったことがありますよ。確かにあそこなら条件を満たしていると思います』


 良い候補があるのなら反対する者もいない。

 目的地は決定した。


「さて」


 アッシュが、拡声器をOFFにして前を見やる。


「アッシュ! アッシュ!」


 一方、ユーリィは、瞳を輝かせていた。


「あそこに行くの?」


 思わず再び身を乗り出して、アッシュの首に両手を回した。

 その表情は、とても嬉しそうだった。


「ああ」


 アッシュは苦笑しつつも、ユーリィの頭をポンと叩いた。


「折角、ここまで来たんだしな」


「ホント!」


 純粋に喜ぶユーリィに、ふっと笑って、


「ああ。行こう」


 アッシュは、目を細めて告げた。


「あの『エルナス湖』へな」

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