第464話 反逆の騎士②

 ――ギュオンッ、と。

 鉄球が唸る。

 《パルティーナ》は頭部に襲い掛かる鉄球を、身を屈めて回避。直後に跳躍した。

 それもただの跳躍ではない。

 雷音轟く《雷歩》による跳躍だ。

 一瞬で間合いを詰めて、長尺刀を振り下ろす!


「「おおッ!」」とどよめきが上がる。観客たちも《黄道法》の闘技については知らないのだが、サーシャたちの試合などで特殊な技が存在していることには気付いていた。


 そんな中、シェーラまでが闘技を使い、驚きの声を上げた。

 しかし、

 ――ギンッ!

 《パルティーナ》が振り下ろした刃は、《クルスス》が両手で、ピンと伸ばした鉄球の鞭によって受け止められていた。


(……くッ)


 シェーラは内心で唸る。

 王女殿下にとって、シェーラが闘技を使うことは知らないはずだった。

 だからこそ、この初撃には大きな効果がある。

 出来ることならば、この不意打ちで仕留めたかったのだが、殿下は動揺することもなく攻撃はあっさりと受け止められてしまった。

 どうやら王女殿下は、おっとりした容姿と雰囲気とは違って、戦闘では一切油断をしないタイプらしい。実際のところは、ルカは自分のことを弱者だと思っているので、油断とは無縁なだけなのだが。


 いずれにせよ、初撃は凌がれた。

 シェーラは、《パルティーナ》を後方に跳躍させた。

 離れすぎない長尺刀の間合いだ。

 この距離を維持して戦闘を有利に持っていく。

 そう目論んでいた――のだが、


 ――ギュオンッ!


(――ッ!)


 不意に後方から聞こえる風切り音。

 シェーラは、咄嗟に愛機を横に跳躍させた。

 すると、その直後に鉄球が《パルティーナ》の頭部があった場所を通過した。

 鉄球は《クルスス》の前で急上昇、巨大な蛇が鎌首をもたげるように停止した。


(引き戻す動作さえないのでありますか……)


 シェーラは、冷たい汗を流した。

 命を宿さない冷徹な武器。

 そのはずの鉄球が、まるで生き物のようにゆらりと動いている。


(……これが闘技)


 《雷歩》のような基本的なものなら習得した。

 たった二つだけだが、高等技と呼べるモノも未熟ながらも会得した。

 しかし、わずかな訓練期間では、それが限界でもあった。

 闘技は途轍もなく幅が広い。少なくとも、シェーラには目の前の闘技がどれほどの技量が必要なのか分からないぐらい未知なものだった。

 それを王女殿下は容易く使いこなす。

 やはり格上の敵だった。


(……ですが)


 シェーラは、グッと唇を噛みしめる。

 心の深奥に愛しい人の笑顔を思い浮かべる。


(……アラン叔父さま)


 鼓動が少し早くなる。

 敵は強大。

 けれど、あの人の笑顔だけでここまで勇気づけられる。


『――参ります!』


 《パルティーナ》は一歩踏み込んだ。

 そして薙ぎ払いように長尺刀で斬り込んだ!

 だが、その斬撃は鉄球の鞭によって防がれた。

 しかも、初撃の時のように腕で鞭を張ったのではない。

 鉄球が自ら動き、《クルスス》を防御したのだ。その上、鉄球は《クルスス》の動きと全く関係なく加速し、《パルティーナ》に襲い掛かってくる!


『――くッ!』


 シェーラは面持ちを険しくして《パルティーナ》を動かした。

 長尺刀を構えて鉄球の軌道を逸らす。

 火花が散った。

 衝撃に歯を喰いしばるが、硬直するような隙は見せられない。すぐさま鉄球が軌道を変えて、襲い来るからだ。本当に蛇のようだった。


(――軌道が読めない!)


 死角から襲い掛かってくるため、相手の動きが読めない。

 まずは鉄球の特性を見極めなければ、押し切られてしまう。

 そう考えたシェーラは《パルティーナ》を後方に退避させようとした、その時だった。


『――やあッ!』


『――ッ!?』


 愛らしい声が響く。

 直後に機体を揺らす大きな衝撃。

 気付けば《クルスス》に胸部装甲を殴打されていた。


(し、しまった!)


 鉄球にばかり気を取られて、完全に《クルスス》自身の動きを失念していた。

 鉄球を操る所作が不要ということは、《クルスス》は自由に動けるということなのに。

 重心を大きく崩す《パルティーナ》。さらには鉄球までが肩を強打した。


『ぐ、ぐうッ!』


 肩当ての一部に大きな亀裂が入る。

 衝撃はキツイが、このままでは危険だ。

 シェーラは咄嗟に《雷歩》を使用して、安全圏まで離脱した。

 ――ガガガガッ!

 《雷歩》の速度を両足で抑えつけ、《パルティーナ》は止まった。

 矢継ぎ早な攻防に、観客たちは「「「おおおッ!」」」と声を上げた。

 会場が沸いてくる。


 しかし、シェーラはずっと冷たい汗を流していた。

 鉄球の結界に守られた《クルスス》が本当に恐ろしい。


(王女殿下……強すぎるのであります)


 自分はこれでも、それなりに名を知れた騎士だ。

 少なくとも、前回の大会では全試合において圧勝に近い活躍をして見せた。

 それが、今回の大会ではここまで圧倒されるとは――。

 やはり、ここは師に教わったあれを使うべきか……。

 シェーラは少し迷うが、かぶりを振った。


(いえ。まだシェーラはすべてを出し切った訳ではないのであります)


 ここで使うのは時期尚早だ。

 試合はこの後も続く。

 しかも王女殿下さえ凌ぐ相手もいるのだ。


 ――切り札は取っておきたい。


(ならば、今できる最善で臨むだけであります!)


 シェーラは面持ちを改めた。

 同時に《パルティーナ》が下段に長尺刀を構える。


(……シェーラは負けられないのです)


 そしてシェーラは、グッと操縦棍を握りして叫んだ。


『いざ、参ります! 殿下!』

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