第442話 美しき、闘宴の開幕➄
「いよいよ始まりましたな」
やや暗いVIPルームの一室。
ソファーに座る老紳士に、直立不動で控えるガハルド=エイシスは声を掛けた。
「ああ、いよいよだ」
杖に両手を置き、老紳士は頷く。
灰色の
――ギル=ボーガン。
セド=ボーガンの実父であり、ボーガン商会の会長を務める人物だ。
ガハルドはガラス越しに舞台を見やり、双眸を細めた。
「ご子息の新たなる一歩ですか」
「ああ、そうなる」
ギルは、再び頷いた。
「愚息を受け入れてくれた社員たちには感謝の言葉しかないな」
ギルの息子であるセド=ボーガン。
かつて彼は罪を犯した。
しかし、猛省した彼は素直に謝罪し、自分の罪を受け入れた。
その真摯な態度もあり、彼の罪には執行猶予がつき、セドはギルの指導の下、一から出直すことになったのだ。
ボーガン商会の社員たちにも、思うところはあったのだろう。
だが、それでも、彼らはセドを受け入れた。
セド=ボーガンが、誠実にやり直そうとしているのが分かったからだ。
実質的に最高責任者だった社長の座から大幅に降格し、ただの室長の一人となっても腐ることなく、精力的に働き続けた。
必死に変わろうとする意志を、社員たちも感じ取ったのである。
そうして今回迎えた大舞台。
ここで、セドは新たな商品を大々的に発表するとのことだ。
「ボーガン氏」
ガハルドは問う。
「氏は、ご子息が何を発表するのかご存じなのですか?」
「いや。知らんよ」
ギルは、かぶりを振った。
「鎧機兵に関する商品であるとしか聞いておらん。ここは、あやつの成果と試練の場と考え、あえて情報は遮断したよ。詳細は第三開発室と役員たちしか知らないことだ」
「ほう」
ガハルドは目を細めた。
「では、氏にとっても今日が初のお披露目ということですか」
「そういうことになるよ」
そう呟くギルは、どこか嬉しそうだった。
ガハルドは苦笑を零す。
「息子の晴れ舞台。少々羨ましいことです」
ギルは、ガハルドに視線を向けた。
「エイシス騎士団長には、ご子息はおられないのかね?」
「残念ながら息子はまだです。ただ、娘が一人おります」
「ほう。娘さんか……いや、すまない。忘れていたよ」
ギルは、あごに手をやった。
「君のご息女と言えば《業蛇》討伐の立役者だったな。そもそも、今回の大会には君のご息女も参加しているとか」
「ええ。まったく。やんちゃな娘です」
そろそろ花嫁修業も必要だというのに。
内心で、そう思うガハルドだった。
――と、
不意に、司会者の声が舞台から響いてきた。
それに呼応するように、観衆からも大歓声が湧き上がる。
「いよいよですな」
「ああ。いよいよだ」
二人は目を細めた。
『栄えある《夜の女神杯》も、今回で第十八回とあいなりました!』
司会者は元気に語る。
その様子を、アッシュは腕を組んで見守っていた。
「へえ~。この大会って、結構歴史があんだな」
「この国は何だかんだで三百年以上の歴史を持つからな。それぐらいの回数はあってもおかしくないだろう。それより、選手たちが入場してきたようだぞ」
そう告げて、オトハが舞台を指差した。
ズシン、ズシン……と。
鎧機兵たちが入場してくる。
「「「おおおお……」」」
巨人たちが闊歩する姿は、なかなかに壮観だ。
歓声よりも、感嘆の声が上がる。
計十六機の鎧機兵。
縦と横に整列した鎧機兵は、静かにその場で佇んだ。
「「「おおおおおおおおお―――ッッ!」」」
ここで、ようやく歓声が上がる。
アッシュは頬をかきつつ、舞台の十六機に目をやった。
その中には、アッシュがよく知る《ホルン》、《ユニコス》、《クルスス》。
懐かしさを覚えるシャルロットの《アトス》。
そしてレナの愛機の姿もあった。
「……ん?」
ふと、眉根を寄せた。
「あれ? なあ、ユーリィ」
アッシュは、一つ席の離れたユーリィに声を掛けた。
「……ふぁに?」
早速、ポップコーンを頬張っていたユーリィが尋ね返した。
アッシュは、構わず舞台の一機を指差した。
サーシャの《ホルン》並みに、白さが目立つ機体だ。
「あの鎧機兵って見覚えねえか? 何か、ミランシャんとこの白狼兵団が似たような機体だったような気がするんだが……」
アッシュに指摘されて、ユーリィもその機体に目をやる。
まじまじと注目して……。
「うん。確かに似てるかも」
と、頷いた時だった。
『――さあ! 選手の皆さん!』
司会者が腕を振って、声高に告げる。
『会場の皆さまに、その雄姿をお見せください!』
と、選手たちに望むのだが、何故か一機たりとも動かなかった。
――いや、一機だけ『ん?
全機揃って、その場で立ち尽くしていた。
『……えっと、皆さん?』
司会者が、困った顔を見せた。
『――選手の皆さん!
もう一度告げるが、やはり彼女たちは動かない。
会場も「なんだ?」「トラブルか?」と、ざわつき始める。
『……う~ん、皆さんのお気持ちも分かりますが』
司会者は、コホンと喉を鳴らした。
『このままでは埒があきません! ここは我が闘技場の新設備に頼りましょう! 会場の皆さま! 後ろのビッグモニターをご覧ください!』
言って、司会者は、後方のビッグモニターに腕を向けた。
『この新設備! ビッグモニターは鎧機兵の操縦席を映し出すことが出来るのです!』
そう告げた時、ざわついたのは、鎧機兵たちだった。
『ま、待ちなさい!』
と、声を張り上げたのはアリシアだった。
『鎧機兵の大会なのに、なんで操縦席の中まで映すのよ!』
『それはもちろん!』
司会者は、パチンと指を鳴らした。
『皆さまが今、身に着けておられる新商品の性能をお見せするためです!』
『うわあああッ!? そういうこと!? そのために設置したの!? なんで闘技場がそこまでボーガン商会に肩入れするのよ!』
『それは大切な出資者さまでありますから!』
『ま、待ってください。ここには……』
震えた声が響く。《ホルン》の中のサーシャの声だ。
彼女の愛機は丁度、隣に並んでいた《クルスス》を指差した。
『ル、ルカも……この国の王女さまも、いるんですよ……?』
『それも問題ありません!』
司会者は十六枚の紙を取り出した。
『ええ! 相手が王族の方でも契約書は有効ですから!』
『け、けど、こんな姿を人に見せるなんて……』
『……お姉ちゃん』
なお言い渋るサーシャを、ルカの《クルスス》がかぶりを振って止めた。
『私は、大丈夫だよ。仮面さんの、ためだから』
『『うぐ……』』
ある意味覚悟している妹分に、サーシャのみならずアリシアも言葉を詰まらせた。
ルカはさらに話を続ける。
『この大会を、中止させる訳には、いかないよ』
《クルスス》はサーシャやアリシアの愛機だけでなく、他の機体にも目をやった。
『皆さんも、そう思ったから、ここにいるん、ですよね?』
『……ぐ』『……殿下』『確かにそうですが……』『まあ、金貨二百枚だしな』『これを着て出場すれば金貨一枚っていう特別報酬も家計が助かりますし……』
次々と呟く選手たち。《クルスス》は頷いた。
『みんな、恥ずかしいのは、同じ、です。だったら、私が最初に……』
『ま、待ってルカ!』
サーシャが止めた。数瞬の逡巡。そうして――。
『……分かった』
サーシャは覚悟を決めた。
『先陣は、私が切るよ』
『――ありがとうございます!』
サーシャの宣言に、司会者が盛大な声で礼を言った。
『マジで感謝します! あなたは女神さまです! 個人的に初お披露目は、是非とも、是非とも、フラム選手にお願いしたいと思っておりました! レナ選手、スコラ選手。王女殿下も実に捨てがたくはありましたが!』
『え? ど、どうして私?』
サーシャは司会者に問う。と、
『それはもちろん!』
司会者は
『あなたは、もう素晴らしいの一言でありますから!』
『うぐぐ……』
サーシャは呻いた。
覚悟が揺らいでしまうが、可愛い妹分に先陣は切らせたくない。
レナなら先陣を引き受けてくれそうだが、言い出した手前、それも情けない。
(うぐゥ……)
サーシャは内心で呻きつつも、再び覚悟を引き締めた。
ここまで騒々しくすると、流石に会場も、何かがあると勘づいている。
いつのまにか静かになって、サーシャの次の挙動を見守っていた。
そうして――。
……プシュウウ、と。
白い鎧機兵の
皆が注目する中、《ホルン》の操縦席から出来てきたのはサーシャだった。
しかし、その姿が、あまりにも普段と違っていた。
銀色の髪。琥珀の瞳。美しい鼻梁。
それらは変わらない。違うのは衣装だった。
彼女は今、ここに来た時の騎士学校の制服姿ではなかった。
トレードマークであるヘルムさえ手にしていない。
サーシャが身に纏っていた服は、白を基調にした
手首と足首に輪っか状の厚み。膝と肘にもサポーターが内蔵されている
だが、特筆すべきは、その密着度だった。
厚みこそあるが、裸体のラインを再現するような
抜群のスタイルを持つサーシャだと、本当に際立っている。
豊かな胸に引き締まった腰。しなやかな太股。
そのすべてが、とんでもない色香を発していた。
サーシャの顔は真っ赤で、今にも泣き出しそうだった。
あまりのことに、シンとする会場。
そして数秒後。
ほとんどの人間が口を揃えて、こう呟いた。
「「「うわっ、めっさエロ」」」
「エロって言うなあああああああああッ!」
サーシャが、涙目で叫んだ。
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