第423話 対決③

 一方、その頃。

 場所は変わって、王城ラスセーヌ。

 椅子に座ったサクヤは、双眸を細めると、香り立つ紅茶を啜った。

 とても良い味だ。心が落ち着いてくる。


「……いかがですか? サクヤさま」


「……ん。美味しいよ。ありがとうジェシカ」


 サクヤは、紅茶を入れてくれたジェシカに、お礼を言った。

 次いで、紅茶を丸テーブルの上のソーサーに置くと、部屋の一角に目をやって「あなたたちは、いただかないの?」と尋ねる。

 この部屋は、元々はミランシャに割り当てられた部屋だった。

 なので、当然、ここにはミランシャの姿もある。


「結構よ。お茶なら、後でプロのシャルロットに入れてもらうから」


 と、ミランシャが答えた。

 彼女の隣に立つシャルロットが「承知いたしました」と頭を上げた。

 現在、この部屋には五人の姿があった。

 丸テーブルの前に座り、紅茶を楽しむサクヤと、彼女の傍に控えるジェシカ。そして彼女たちに対峙するように立つミランシャ、シャルロット、オトハの三人だ。


「それで私に何か用があるのかな?」


 サクヤは苦笑しながら、そう尋ねた。

 対し、答えたのはオトハだった。


「ああ。そうだな。《ディノ=バロウス》教団の盟主」


 それは、サクヤの持つ今の肩書だった。

 年少組のメンバーには、まだ伝えていない事実である。


「クラインに対しては、お前が私たちと同じ気持ちであることは認める。だが、その肩書に関してだけは別だ」


 オトハは、鋭い眼光でサクヤを見据えた。


「洗いざらい吐いてもらうぞ。盟主。貴様の目的は何だ?」


「……う~ん、そうだね」


 サクヤはそこで立ち上がった。


「オトハさんには、まずは謝っておこうかな」


「……なに?」


 オトハは眉根を寄せる。と、サクヤは深々と頭を下げた。


「以前、私の部下が、あなたを狙って怪我をさせたでしょう? 私としては、あなたが持つ『悪竜の尾』――『屠竜』の奪還だけでよかったんだけど、ギシンさん――私の部下は私の嫉妬とかまで忖度しちゃって、オトハさんを殺そうとまでして……」


「……ああ。あの男か」


 オトハは瞳を細めた。

 かつて、タチバナ家に伝わる御神刀・『屠竜』を奪おうとした教団の一党。

 最後は人間であることを捨ててまで、仲間を逃がした男を思い出す。


「へえ。そんなことがあったんだ」


 ミランシャが、オトハに視線を向けて尋ねる。

 オトハは「まあな」と返した。


「しかし、もしかして、あの時、フラムを巻き込んだのもお前の私情か?」


「……う」


 図星を指されて、サクヤは言葉を詰まらせる。


「うう……サーシャちゃんにも、後で謝っておくわ」


「ふん。そうしろ。だが……」


 オトハは、一拍おいて尋ねた。


「結局、お前の目的は何だったのだ? 《悪竜》の遺産でも集めているのか?」


「う~ん……それは」


 サクヤは困ったように、頬に手を当てた。


「教団の最終的な目的としては、教義にも掲げているように《悪竜》ディノ=バロウスの現世への復活よ。《悪竜》の欠片はそのための触媒なんだけど……」


「……《悪竜》は」


 その時、様子を窺っていたシャルロットが口を開いた。


「かの伝説の魔竜は、本当に実在するのですか?」


「まあ、お伽噺の怪物だものね」


 と、ミランシャも皮肉気な口調で続いた。

 彼女たちの台詞に、一応教団の所属者であるジェシカが表情を険しくする。


「……貴様ら」


 そう呟き、少しだけ前に出ようとするジェシカを、サクヤは片手で止めた。


「まあ、少し待って。ジェシカ」


「ですが、サクヤさま」


「いいから。普通ならそう思うよ。だけど」


 サクヤは、オトハたちを見つめた。

 そして一拍おいた後、はっきりと告げる。


「《悪竜》……ドラゴンさんはいるよ。だって、私がこうやって蘇ったのって、全部ドラゴンさんのおかげだもの」


「――なんだと!?」


 オトハが大きく目を瞠った。シャルロットとミランシャも息を呑む。


「私は《煉獄》でドラゴンさんに出会ったの。そしてドラゴンさんの力によって、このステラクラウンに帰還させてもらったのよ」


「……胡散臭い話だな」


 オトハは、率直に言った。


「だが、貴様が蘇ったのは事実。では《悪竜》の目的とは何だ? わざわざ貴様を蘇らせた理由は何だ? 貴様を盟主に据えて何をする気なのだ?」


 正直に言って、自分でも馬鹿馬鹿しい台詞を吐いていると思う。

 しかし、こうして、死んだはずのサクヤが生きている以上、《悪竜》は実在するものとして考えるべきだった。


 ――創生神話における滅びの魔竜。

 その目的とは一体……。


 と、身構えるオトハだったが、サクヤは、


「え、えっと……」


 何故か、とても困り果てた顔をしていた。

 オトハと、ミランシャたちも訝しげに眉をしかめた。

 サクヤは「う~ん」と唸る。そしてかなり悩んだ後に、ようやく口を開いた。


「その……ね。ドラゴンさんが私を蘇らせた――というより、消えかけていた私を助けた理由って、どうも同情とか親切心からみたいなのよ」


「「「……………は?」」」


 オトハたちは、目を丸くした。

 サクヤの説明はなお続く。


「私を盟主に据えたのだって、別に自分を復活させるための駒とかじゃなくて、私には何の後ろ盾もないから困るだろうって……」


「……おい」


 剣呑な眼差しでオトハは、サクヤを睨み据えた。


「貴様、戯言はやめろ」


「う、うそなんかじゃないよ!」


 サクヤは両手を突き出して、フルフルと揺らした。


「私が、トウヤに再会するかどうかで悩んでいた時、ドラゴンさん、私のことを心配してわざわざお見舞いに来てくれたんだけど……」


「……………おい」


「その時、別に盟主をやめてもいいって。自分は寿退位を認める派だって」


「えっと……」


 ミランシャが、極めて胡散臭そうな顔をして尋ねる。


「それって《悪竜》の話よね? かつて世界を滅ぼそうとした破壊の化身なのよね? というより、そもそも、あなたの話だと《煉獄》にいるはずの滅びの魔竜が、どうやってお見舞いに来るのよ……」


「……さらに胡散臭くなってきましたね」


 シャルロットまで懐疑的だ。いや、彼女が一番信じていないかもしれない。


「えっと、うそなんかじゃないんだけど……」


 全く信じてくれなくて、サクヤは深々と嘆息した。


「そこら辺は色々と裏技があるみたいなの。私としても驚きなんだけど。ただ、根本的にドラゴンさんは《煉獄》で長らく養生している内に、性格が大分丸くなったみたいで、もう復活にもあまり乗り気じゃないみたいなの。それどころか」


 そこで、サクヤは苦笑を零した。

 そして今の彼の姿を思い浮かべつつ、《ディノ=バロウス教団》の盟主は告げた。


「彼は彼で、今は竜生を謳歌しているみたいなのよ」

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