第416話 想いは変わらず④

「さて。まずは鎧機兵のメンテナンスを依頼しにいこうか」


 宿屋の一階。

 酒場を兼ねた食堂で、キャスリンが言った。

 丸テーブルの上では、少し遅めの朝食が空になっていた。


「……メンテンスか」


 ホークスが、コーヒーを片手に反芻する。


「確かに、連戦が続いている。反対では、ないが……」


 双眸を細めた。


「この国の……技術力は、どのぐらい……なのだ?」


 この国――名前はアティス王国というらしい――は平和の国ということで有名らしい。

 セラ大陸は鎧機兵発祥の地だが、ここは大陸とは違う離島。その上、平和を謳うような牧歌的なこの国で、戦闘用の鎧機兵のメンテナンスなど可能なのだろうか。

 寡黙な彼は、言外でそう語っていた。

 すると、キャスリンが、


「う~ん、そうだね。お~い!」


 カウンターの方に向かって声を掛けた。

 店主がグラスを磨きつつ、視線をキャスリンに向けた。


「何か御用で? お客さん」


「この辺で腕のいい鎧機兵の職人って知らないかい? 戦闘用も扱えるって人」


 キャスリンがそう尋ねると、


「戦闘用ですか? それならどこの店でも扱っていますが……そうですね」


 店主はグラスを、コツンと置いた。


「実戦的なものなら……師匠のところがいいですかね」


「「「……師匠?」」」


 黙り込んでいたレナも含めて、全員が反芻する。

 店主は苦笑を浮かべた。


「この国の有名人ですよ。とんでもなく強い職人です」


「へえ。そんな凄い職人なんすか」


 と、ダインが感心した声を上げる。


「いえ。『凄い』んじゃなくて、『強い』んですが……」


 店主は、ポリポリと頬をかいた。


「腕も悪くはないという話ですね。師匠は何でも元騎士だったとか」


「へえ~」キャスリンが興味深そうに目を細める。「どんな人なんだい?」


「そうですねえ……」


 店主は、視線を遠くした。


「一言で言うと、とにかくモテる人ですね」


「……モテるんすか?」


 ダインが眉をひそめる。店主は頷いた。


「ええ。それも美女や美少女ばかり。私が知るだけでも五人、いや六人かな? 付き合っていると噂されている女性がいますね。王女さまとの噂が事実なら七人ですかね」


「うわっ、何だい、それ……」


 キャスリンが、不快そうに顔をしかめた。

 ダインとハークスも不愉快そうだ。レナは興味もなくコーヒーを呑んでいたが。


「もしかしてあれかい? 都落ちした元騎士が田舎で好き放題にしているって奴かい?」


 キャスリンが、そう尋ねる。

 それは、辺境ではよくある話だった。

 都会ではレベルが低い扱いでも、場所が変われば高いと評価されることもある。

 あえて、自分よりもレベルが低い場所に下りて悦に入るという訳だ。

 その職人も、その類の輩かと思ったが……。


「いやいや。そうじゃないですよ」


 店主が、パタパタと手を振った。


「師匠は、結構生真面目な性格をしていますから。好き放題ってこともないですね。意外と気遣いの人ですよ。気さくで友人も多いですし。ですがまあ、仮に、あの師匠が思うがままに好き放題にしたら……」


 店主は、ブルっと体を震わせた。


「多分、国さえも落とせるんじゃないでしょうか……」


「いや、国落としって……」


 ダインは呆れた。


「それは言いすぎっすよ。どこの化け物っすか」


「はは、師匠なら、それぐらいやってのけるんじゃないかって思わせる人なんですよ。依頼とか関係なく一度会ってみるもいいですよ。彼自身が、すでにアティス王国の名物みたいになっていますから」


「ふ~ん……」


 キャスリンは、あごに指先を置いた。


「面白そうだね。その人。一度会いに行ってみようか。団長」


 と、レナに尋ねるが、


「好きにしろよ。キャスに任せるよ」


 レナは素っ気ない態度で丸投げするだけだった。落ち込んでいることもあるが、無理やりバカンスに連れてきたことで少し拗ねているようだ。

 キャスリンは苦笑した。


「分かったよ。その人もメンテナンスの候補に入れておこう。もう少し情報を集めてから決めてもいいしね」



 そうして、三十分後。

 四人は、街外れの停留所にいた。

 あの後、市街区で情報収集した結果、誰もが『師匠』の名を出したため、依頼してみようということに決めたのだ。

 四人は、田畑が広がる牧歌的な光景の中を歩いていた。


「ふむ」


 キャスリンが、皮肉気に口角を崩した。


「噂に聞くハーレム君は、こんな田舎に住んでいるんだね」


「田舎だからじゃないっすか? むしろ好き勝手できるでしょうし」


 ダインも、皮肉気に笑った。

 街で聞いた『師匠』の噂は凄いものだった。

 なにせ、その情報のほとんどが『強い』『モテる』の二つなのだから。

 ちなみに、肝心の職人としての腕に関しては、「ん? 別に悪くはねえんじゃねえ?」といった意見が多かった。


「まあ……一度、会って判断すれば、いいだろう。ここまで、名が……出ると、俺も、流石に、気になる……」


 と、ホークスが告げる。

 三人は『師匠』の店に行くことにした。レナは「好きにしろ」の一言だ。

 そうして四人は乗合馬車に乗って、街外れにまでやって来たのである。


「しっかし、本当に田舎だね。ここら辺は」


 額に手を当てて、周囲を見渡すキャスリン。

 周囲には田畑があり、家屋はまばら。遠くには街を囲む大きな壁が見える。

 まさに、絵にかいたような田舎だ。

 整地された市街区とは、全く別の街のように見える。

「こんな場所で儲かるのかね」と、キャスリンが呟いた時だった。


「――おっ! あそこみたいっすよ!」


 少し先行していたダインが叫ぶ。

 彼が指差す方向には、二階建ての店舗があった。

 周辺の他の家屋とは違う。一階が作業場ガレージになっているようだ。

 鎧機兵の店舗であることに間違いはないだろう。

 四人は、店の前にまで足を進めた。


「きっと、ここっすよ、ここ。街で言ってた元騎士がやってる店って」


 そう告げるダインに、キャスリンは皮肉気に返した。


「……はてさて。大丈夫かねえ、そんな落伍者みたいな職人で」


「まあ、こんなド田舎の国なら、どこの店だって似たようなもんっすよ。別に改造まで頼むって訳でもないっすから。きっと大丈夫っすよ」


 そう告げるダインも、少し苦笑していた。

 彼も内心では、あまり期待していないのだ。


「とりあえず、入るぞ……」


 ホークスが言う。三人は開かれた作業場ガレージ内へと歩を進めた。

 そんな中、レナだけは、何となく顔を上げた。

 そこには、この店の看板があった。

 そして――。


(……え)


 トクン、と。

 心が、震えた。

 何故なら、その看板には思いがけない名前が記載されていたからだ。


『クライン工房』


 レナが大きく目を見開く。と、


「いらっしゃい。クライン工房へようこそ」


 ドクン、と。

 今度は、激しく鼓動が高鳴った。

 あまりにも。

 それは、あまりにも懐かしい声だった。


「あ、店員さんっすか。いいっすか。鎧機兵のメンテナンスを頼みたいんすけど」


 と、ダインが応対している。

 店員であろうその青年は、にこやかな笑みを見せていた。


「ああ、任せてくれ。こう見えても鎧機兵のメンテナンスは――」


 と、そこで。

 その青年と、レナの視線は重なった。

 年齢は二十代前半か。

 黒い双眸と、毛先だけがわずかに黒い白髪が印象的な青年だ。

 身に纏っているのは白いつなぎ。やや痩身ではあるが、その肉体が恐ろしく鍛え上げられていることは、傭兵であるレナにはすぐに分かった。


(あ、ああ……)


 レナは、唖然として立ち尽くしていた。

 心臓の鼓動だけが、どんどん早くなっていく。

 髪の色が違う。身長や体格、顔立ちもあの頃とは少し違っていた。

 だけど分かる。自分には分かる。


 ――彼は、間違いなく……。


 すると、白髪の青年は少しだけ眉根を寄せた。

 彼を凝視するレナを、不思議に思ったのだろう。


「……団長?」


 その時、キャスリンが、レナに声を掛けてきた。

 けれど、レナには何も答えられない。


「ん? どうかしたんすか? 団長?」


 と、ダインも声を掛けてきた。

 ホークスも言葉にはしないが、疑問に思っているようだ。

 レナの鼓動は、もう限界まで跳ね上がっていた。

 そして――。


トウ・・……?」


 ポツリ、と彼の名を呟く。

 青年は「え……」と呟き、大きく目を瞠った。

 それは、いきなり名前を呼ばれて驚いた顔だった。

 彼の表情を見た途端、レナの瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちてきた。


「ふえええ……」


 次いで、声まで溢れ始める。

 もう、感情を抑えることが出来なかった。


「ふええええええええええええええええええええええええェェェん!」


「え?」「だ、団長?」「どうした……?」


 仲間たちがギョッとする。


「お、お客さん……?」


 青年もまた困惑していた。

 昔、あの村で過ごした時に、彼が何度も見せていた表情だ。

 レナは、もう我慢できなかった。


「トウヤああ! トウヤあああぁあ!」


 彼の名を叫んで、青年の首に飛びついた。

 青年はかなり驚いていたようだが、身長差から足が浮いてしまうレナを気遣い、腰を支えてくれた。あの日と同じように。


「うあああああ……」


 レナの瞳から、涙が溢れ出てくる。


「よかったああ! やっぱり! やっぱり生きてたんだあああ!」


 青年はまだ困惑しつつも、彼女が落ちないように抱きしめた。

 こうして。

 彼ら二人は、ようやく再会を果たしたのであった。

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