第408話 目覚める本懐④
――静寂が続く。
宙に浮かぶ《冥妖星》は、未だ沈黙していた。
ゆらり、ゆらりと動く訳でもなく。
ただ、宙に浮いている。
対する《朱天》も沈黙していた。
拳を固め、竜尾を揺らして身構えているが、自らは動かない。
初見の敵を警戒している。
それもあるが、アッシュは少し違和感を覚えていた。
(……《朱天》?)
それは、アッシュの相棒である《朱天》に対してだった。
数知れない戦場を、共に越えてきた相棒。
アッシュにとっては、自分の手足以上に信用する存在だ。
そんな相棒に、これまで抱いたことのない感覚を覚えていた。
(……何だ? これは?)
眉根を寄せる。
しかし、その要因に至る前に、戦場の火蓋は切って下ろされた。
沈黙していた《冥妖星》が、遂に動き出したのだ。
背の腕の内、二本がゆらりと動く。
左右の腕を交差させるように近づけさせていた。
(……来るか)
アッシュが警戒する。と、
「――なにッ!?」
思わず目を瞠った。
突然、《冥妖星》が眼前から姿を消したのだ。
そして後ろから感じる悪寒。
アッシュは反射的に《朱天》に竜尾を振るわせた。
――ズズンッ!
横薙ぎの一撃。
敵がいなければ空を切るが、それには強い衝撃が伴った。
『〈……む。勘が鋭いのである〉』
耳を突くオルドスの声。
――竜尾を振るった先。
《朱天》の背後には、一体いつ移動したのか、《冥妖星》の姿があった。
しかも、竜尾は直撃していなかった。
背の四本腕の一つが宙空に手をかざして、竜尾を受け止めていた。
――いや、実際には触れてもいない。竜尾は宙空で止まっていた。まるでそこに壁でもあるかのように、これ以上、《冥妖星》に近づくことが出来ない。
『――チィ』
その場から跳躍し、《朱天》を反転させるアッシュ。
同時に眉をしかめた。
(構築系の盾か?)
一瞬、そう考えるが、どうも感触が違う。
そもそも《朱天》の竜尾を凌ぐ盾を一瞬で構築するなど、オトハでも不可能だ。
それに加え、直前の瞬間移動。
あれもまた、《雷歩》や《天架》とは違う。
何の気配もなく、本当に一瞬で移動していた。
(そもそも《黄道法》じゃねえのか?)
そんな疑念を抱く。
自称でも神さまなら、自前の異能ぐらい持っていそうだ。
すると、
『〈小生は戦神ではないゆえに、あまり戦闘が得意ではないのである。ゆえに、早々と終わらせるのである〉』
そう言って、再び《冥妖星》が背中の二本の腕を交差させた。
途端、《冥妖星》の姿が消える。
『……クッ!』
アッシュは、今度は上空から悪寒を感じて上を見上げた。
そこには、メインの両腕を大きく広げた《冥妖星》の姿があった。
(何かヤべえッ!)
アッシュは《朱天》を後方に跳躍させた。
《冥妖星》が両腕を振るったのは、その直後だった。
地面に十本の亀裂が入る。
(――《飛刃》か!)
両腕の指から、恒力の刃を放った。
そう思ったが、
(――いや待て。地面の亀裂が……?)
《朱天》を身構えさせながら、眉根を寄せる。
地面に刻まれた十の亀裂。
それは、あまりにも綺麗すぎた。
綺麗にラインだけ引かれているのである。
衝撃がぶつかって刻まれる亀裂とは、明らかに違う。
(どういうこった? こいつは?)
敵の能力が読めず困惑する。と、その時だった。
「……トウヤ」
ずっと、沈黙していたサクヤが口を開く。
「何だ? サク?」
「多分、あの円筒の人、空間を操作しているよ」
そんなことを告げてくる。アッシュは目を丸くした。
「空間の操作だと?」
「うん」サクヤは頷く。「私も《穿天の間》――ちょっと特殊な場所なんだけど、そこ限定なら同じようなことが出来るの。多分はあの人は……」
一拍おくと、神妙な声で続きを語った。
「あの六本の腕で空間を操作している。背中の腕で空間の入れ替え。壁みたいに固定もしているのかな? メインの両腕で空間に断裂を生み出していると思う」
「……おいおい」
アッシュは《冥妖星》を見据えたまま、息を呑んだ。
「そんなことが出来んのかよ」
「……うん。多分、あの円筒の人は……」
サクヤは眉をひそめて告げた。
「本当に神さまなのかも。どこかここじゃない遠い世界の。空間操作は神さまなら当然の能力だって、以前、ドラゴンさんが教えてくれたし……」
「……いや、お前、そのドラゴンさんと、どんだけ仲が良いんだよ」
「ううん、彼とはあまり会話をしたことはないよ。けど、《穿天の間》に居ると、彼のそういった感じの知識も伝わってくるの」
と、サクヤが答えるが、アッシュは何とも言えない表情を見せた。
サクヤが言う『ドラゴンさん』の正体が薄々分かるだけ、少し冷や汗が出てくる。
どうも、アッシュの幼馴染は、少し見ない間に神話の世界を旅してきたようだ。
創世神話が大好きなユーリィとは、話が合いそうだ。
(まあ、それは後でまた聞くか)
アッシュは、操縦棍を握り直す。
「空間操作か。無茶苦茶だな。どうすっか……」
恐らくだが、あの《冥妖星》という機体は、他の《九妖星》とは、根本的にコンセプトが違うのだろう。ほとんど戦闘の役に立たないように思える四本の補助アームに、スリムさを重視した軽装甲。従来の鎧機兵とは似ても似つかない。
あれは鎧機兵としての戦闘能力は破棄し、円筒魔神の異能を補助・強化することをコンセプトにしているのだ。
果たして、どう対処すべきなのか。
流石に攻めあぐねていると、
『〈……む?〉』
宙空に浮いていた――いや、固定されていた《冥妖星》が地面に降り立ち、オルドスそっくりに頭を傾けた。
『〈もしかして、小生の能力に気付いたのであるか?〉』
『…………』
アッシュは無言だ。
『〈ふむ。我が花嫁は「
と、オルドスは勝手に納得する。
『〈けれど、知ったところでどうしようもないのである〉』
言って、メインの右腕を振り下ろした。
同時に《朱天》は《雷歩》を使って真横に跳躍する。
地面に五本の亀裂が刻みつけられた。
『〈動くでない、のである。小生とて、花嫁は傷つけたくはない。その鎧機兵の四肢だけを斬り落とすのである〉』
そう告げて、今度は両腕を使って空間の断裂を繰り出す。
その姿は、まるで合奏の指揮者のようだった。
両腕の動きには、優雅ささえも窺える。
だが、アッシュの方は冷たい汗を流していた。
防御不可の斬撃。
それが縦横無尽、無造作に繰り出されるのだ。
同じ場所に止まっておれず、ただ回避を続けるしかない。
『――くそッ!』
このままではジリ貧だ。
アッシュは《冥妖星》の隙を見計らって《朱天》に間合いを詰めさせた。
必殺の拳を繰り出す――が、
『〈甘いのである〉』
《冥妖星》は背中の二本の腕を交差させて、空間転移をした。
鋼の拳は空を穿つ。
一方、上空に空間転移した《冥妖星》はメインの両腕を振り上げた。
『〈上手く四肢を斬るので動くな、のである〉』
そう宣告する。
アッシュは舌打ちして、《朱天》を前に跳躍させようとした。
が、その時だった。
「――トウヤ!」
サクヤが叫んだ。
彼の背中にしがみついて上げた、アッシュの身を案じる声。
彼女の柔らかさと、温もりを確かに伝わってくる。
幻影や幻想でもない。
現実の彼女の温もりが。
――ドクンッ、と。
わずかにだが、《朱天》の全身が震えた。
直後、アッシュは理解する。
相棒に抱いていた違和感の正体に気付いたのだ。
(……ああ、そういうことかよ)
アッシュは、ふっと苦笑を零す。
――刹那の時。
アッシュは感じ取っていた。
脈打つように輝く《星導石》。
大きく膨れ上がり、軋む人工筋肉。
操鋼糸、鋼子骨格を通じて、全身に余すことなく伝わる恒力。
かつてないほどに、《朱天》に力が満ちている。
それこそが、違和感の正体だったのだ。
相棒が絶好調すぎるのである。
(そういうことだったのか、《朱天》)
アッシュは、双眸を細めた。
――かつて、アッシュは、ルカにこんなことを言った。
すべての道具には『本懐』がある、と。
道具は意味もなく生み出されることはない。必ず造り手の目的が反映されるものだ。
その結果、形が決まり、機能が決まり、道具と成す。
それは、《朱天》とて例外ではなかった。
――では、《朱天》の『本懐』とはなんなのか?
《朱天》の存在意義。
それは《黄金の聖骸主》と成ったサクヤを止める――いや、殺すことだ。
そのためだけに、《朱天》は戦い続けてきたのだ。
幾度となく破壊されても立ち上がり、進化をし続けてきたのである。
――そう。すべてはサクヤを殺すために。
それが《朱天》の『目的』だった。
だが、それは『目的』であって、果たして《朱天》の『本懐』だったのだろうか?
アッシュは、本当にサクヤの死を望んでいたのだろうか?
あの日、愛しい少女を失った少年は、何を願ったのだろうか……。
(ああ、そうだよな。俺は……)
ようやく、アッシュは自分の願いを理解した。
心の奥深くにずっと封じ込めていた、本当の願い。
それこそが《朱天》の『本懐』だったのだ。
だからこそ――。
グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!
閉ざされていたアギトを開き、《朱天》が咆哮を上げた。
躍動する全身の人工筋肉。竜尾が雄々しく大地を打ち付ける。
『さあ! 行こうぜ! 相棒!』
アッシュが吠える!
そして《朱天》は頭上に拳を振り上げた!
天さえも穿つ鋼の拳は、迷いなく突き進んで――。
――パキィィン……。
とても、とても澄んだ世界に響かせた。
『〈………え?〉』
オルドスが、間の抜けた声を零す。
一拍の間を空けて。
『〈く、空間の断裂を、拳圧で砕いたのであるか!?〉』
流石に絶句する。
すかざすそこへ、《朱天》は《穿風》を放った。
宙に居た《冥妖星》は、咄嗟に避けることも出来ず弾き飛ばされた。
グルグルグルと回転し、そのまま地面に落下する。
『〈ぬ、ぬう……〉』
思わず呻くオルドスに、
――ズズンッ、と。
大地を踏みして《朱天》は近づいていく。
『〈そ、そなたは……〉』
オルドスは《冥妖星》を立ち上がらせて、アッシュに問う。
『〈一体、何者であるか……?〉』
『知るか、ボケ』
しかし、アッシュの返答は素っ気ない。
「……怒ってる時のトウヤって、本当に荒っぽくって素っ気ないよね」
と、背中のサクヤが少し呆れたように呟く。
アッシュは苦笑を浮かべた。今すぐにでも彼女を抱きしめたい衝動に駆られるが、そこはグッと抑えて、代わりに自分の腰に手を回す彼女の手に触れた。
遠い過去に失ったはずの彼女の手。
守ると誓っていたサクヤの手だ。
「まあ、サクがそう言うのなら、答えてやっか」
アッシュは皮肉気に笑った。
そして、オルドスに告げる。
『俺の名はアッシュ=クラインだ。クライン工房の店主をやってる。以上だ』
もはや二つ名も名乗らない。
――いや、あの二つ名にはもう意味もない。
アッシュは、すでに彼女の《葬り手》ではないのだから。
『さて。円筒さんよ』
アッシュは獰猛に笑う。
『てめえの出番はもう終わりだ。俺にはもっと大切な時間があるんでな。これ以上、てめえと付き合ってやるほど暇じゃねえんだ』
――ギシリ、と。
《朱天》が、鋼の拳を鳴らした。
同時に四本の角に、紅い鬼火が揺らめいて灯る。
そうして、《朱天》の全身は、紅い光に包まれていった。
その光景に、オルドスは驚愕する。
『〈そ、そなた、その姿は……〉』
――真紅の鬼。
その姿は、オルドスも情報として知っている。
だから、オルドスが驚いたのは別の所だ。
『〈な、なんであるか? その炎は?〉』
真紅に変貌した《朱天》。
だが、その姿は、普段と違うものだった。
――黒い炎。
宙に浮かぶ黒い炎輪が、両手首に。
そして背には、さらに大きな黒炎の輪を背負っていたのだ。
三つの炎輪は、黄金の火の粉を散らしていた。
『……あン?』
アッシュは、不思議そうに相棒の手首に目をやった。
確かに黒い炎輪が、両手首を覆っている。
『……何だこりゃあ?』
首を傾げるが、すぐにフンと鼻を鳴らした。
『まっ、いっか。《朱天》は絶好調だし、何かが発火しただけだろ』
『いえ、あのね、トウヤ』
サクヤが呆れたように言う。
『普通、発火しても黒い炎なんて出ないよ?』
『何か不純物でも混じって煙ってんじゃねえか? ゴミとか。ま、些細なことだろ』
そう言って、アッシュは気にしない。
そんな二人のやり取りにオルドスは絶句するだけだ。
『まあ、いずれにせよだ』
――ゴオンッ!
黒い炎輪を背負う真紅の《朱天》は、両の拳をぶつけた。
そして、
『てめえにはもう退場してもらうぜ。ここらで一気に終わらせてもらう』
アッシュは、勝利宣言をした。
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